探偵という仕事には、「隠された事実を見つけ出し、できる限り多くの情報を集める」というイメージがあります。しかし、実際の調査では、何を調べるかと同じくらい、何を調べないかという判断が重要になります。今回のメルマガ『探偵の視点』では、著者で現役探偵の後藤啓佑さんが、探偵として10年の経験を重ねる中でたどり着いた「調べないこと」の意味と、そこにある調査の倫理について考えます。
“やらないこと”ができる探偵
探偵の仕事について話していると、「依頼を受けたら、その人のことをどこまで調べるんですか?」と聞かれることがあります。
結論から言えば、調査の目的によって変わります。
探偵だからといって、対象者の情報を片っ端から集めればいいわけではありません。
むしろ大切なのは、「何を調べるのか」と同時に、「何を調べないのか」を決めることです。
例えば、企業から採用予定者について調査の相談を受けたとします。
企業が確認したいのは、提出されている経歴に大きな偽りがないか、過去の勤務先で重大なトラブルを起こしていないか、採用予定の役職を任せても問題がない人物なのか、といった部分です。
特に、会社のお金を扱う立場や、重要な顧客情報に触れる立場、組織の意思決定に関わる立場であれば、採用後のトラブルが会社全体に与える影響は小さくありません。
そのため、採用判断に必要な範囲で人物や経歴を確認することには、大きな意味があると思います。
しかし、調査を進めていると、その目的とは直接関係のない情報が見えてくることもあります。
家族との関係や交際相手の存在、思想や信条、健康上の事情、私生活で抱えている悩みなどです。
調査の途中で偶然わかってしまうこともあれば、もう少し踏み込めば確認できそうなこともあります。
探偵としては、「ここから先も調べようと思えば調べられるな」という場面ですね。
ですが「調べることができる」ということと、「調べていい」ということは、まったく別の話です。
採用予定者が休日に誰と過ごしているのか。
どのような家庭環境で育ったのか。
本人や家族が、どのような悩みを抱えているのか。
それらが採用する職務と関係のないものであれば、企業側が知る必要はありません。
探偵側も、興味本位で調査を広げたり、報告書のページ数を増やすためにプライバシーを暴いたりするべきではないと思っています。
調べられるものを全部調べて、「こんなことまでわかりました!」と報告すれば、探偵としてはすごそうに見えるかもしれません。
しかし、こういった本来の目的に必要のない情報まで依頼者に渡してしまえば、それが先入観や偏見を生み、本来とは違う判断につながる可能性もあります。
一度知ってしまった情報を、「今のは忘れてください」と言って、完全になかったことにするのは難しいですからね。
だからこそ、僕たちは調査を始める前に「この調査で、何を確認したいのか」「その情報を、どのような判断に使うのか」という目的を明確にしておく必要があります。
そして、目的を達成できる範囲まで調査したら、それ以上は踏み込まない。
仮に追加で調べられる可能性があったとしても、必要性がなければやらない。
僕は、この「できるけれど、やらない」という判断も、探偵の重要な仕事の一つだと考えています。
(実はこの考え方に明確に辿り着いたのは、探偵を10年やってからですが。。。)
探偵というと、隠された事実を徹底的に暴く仕事だと思われがちです。
もちろん、問題を解決するために、深く踏み込まなければならない場面はあります。
ただ、何でもかんでも暴けばいいわけではありません。
調査対象者にも生活があり、誰にでも知られたくないことや、守られるべき領域がある。
依頼者の「もっと知りたい」という気持ちに、どこまでも応えることが正しいとは限りません。
調査の技術を持っているからこそ、その技術をどこまで使うのかを慎重に判断する。
「何を明らかにしたか」だけではなく、「何を明らかにしなかったか」。
案外、そういうところに、その探偵事務所の倫理観が表れるのではないでしょうか。
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