中国と北朝鮮を結ぶ新たな道路橋が開通し、両国間の物流や経済交流の拡大が期待されています。一方、国境を越えた人や物の往来が活発になることは、安全保障上の新たな課題につながる可能性もあります。メルマガ『宮塚利雄の朝鮮半島ゼミ「中朝国境から朝鮮半島を管見する!」』では、著者で宮塚コリア研究所代表の宮塚利雄さんが、新鴨緑江大橋の開通が持つ意味を、筆者自身の中国・北朝鮮国境での調査経験を交えながら紹介し、国境をめぐる情勢と橋の開通がもたらす影響について考察します。
北朝鮮の中国、ロシア国境に道路橋開通は「もろ刃の剣」
先週の初め、中国・丹東の定点観測者から久しぶりに連絡があった。「宮塚さん、あの橋がいよいよ開通することになったよ。(開通まで)長かったね。税関の知り合いから聞いた話だから間違いないよ。ただし、この話はマスコミには内緒だよ」と。あの橋とは今月15日に開通した、中国・東北部遼寧省と北朝鮮北西部・新義州を結ぶ「中朝鴨緑江大橋(新鴨緑江大橋)のことである。
中朝国境にはこの新橋から約10?上流に架かる「中朝友誼橋」があるが、老朽化や1車線しかないなどの問題を抱えていただけに、今回の新橋の開通は長年待ち望まれていたものである。というのも、中朝の貿易は中国税関総署長によると、26年1~7月の中朝貿易総額は17億3613万ドル(約2700億円)と前年同期比約18.6倍になっている。この新橋は全長3?で片側2車線の道路がある。
この橋は2014年には完成していた。私がこの新橋を見たのは2012年の頃だったか。北朝鮮に1991年に二度入国して以来、その後は入国禁止となりやむを得ず北朝鮮観察のため、中国側からの中朝国境踏査で北朝鮮を観察してきた。
中朝国境と言えば普通は中朝国境に聳える白頭山を中心に、西側を流れる約600?の鴨緑江の河口と東側を流れる豆満江約500?の河口付近までを言うが、私は鴨緑江の河口からはるかに離れた黄海上に浮かぶ、北朝鮮最西端の緋緞島(ピダンソム)を二度も調査していたが、その調査の二度目だったと思うが、この緋緞島に近づく中国の小型の観光船を怪しく思った北朝鮮側の監視船が私の乗った観光船(船には案内人は同乗を拒否し、船長と私の二人だった)を監視し始め、中国側に船の番号のようなものを連絡し、所有者を割り出しているようだった。
このため、丹東・新義州間の観光コース以外に、このコースを外れて遠く緋緞島まで行くことを躊躇していた。船長は「やばい、早く帰ろう」と再三催促してきた。このため、1回目はゆっくり島を観察できたのに、この時は島に近づくことなく、島影を見ただけで船首を港の方に向けて、それこそ脱兎のごとく全力疾走で港に帰って来た。
この記事の著者・宮塚利雄さんのメルマガ
出航する時に丹東付近の洋上の所定の観光コース以外に出るときには届け出るようになっており、私も所定の手続き(パスポート番号などを明記)はしていたが、船長は「緋緞島まで行きたい」というと、「あそこまでは危険だからいけない。もし行きたいなら料金は高いぞ」と、法外な料金を提示してきた。
案内人と船長は中国語でしばらく費用の交渉をしていたが、船長も法外とまではいかないが、それなりの収入なのでしぶしぶ船を出すことになった。
船長は緋緞島のことは話で聞いているようだったが、実際に行ったことはなかった。
その証拠に、船長は緋緞島一歩手前の薪島付近に来て、「あれが緋緞島だ。もういいだろう、帰ろう」という。
私は「あの島は緋緞島ではない。薪島だ。以前にも緋緞島には行っているから、緋緞島のことはよく知っている」と言うと、しぶしぶ船をさらに黄海上を進めたが、緋緞島に近づくとすぐに船首を変えて港に帰って来た。
港に帰ってきてから、案内人は「どうでしたか、緋緞島はゆっくり見られましたか」と、とぼけたような話をしてきた。
案内人とは日本語で船長とは朝鮮語での会話で、案内人は船長とは中国語で話していた。
私がやや不満足そうな顔をしているのを察知した案内人は、「宮塚さん、そういえばこの近くに新しい橋が建設されているのを知っていますか。今からその工事現場を見に行きますか」というので、二つ返事に「行きましょう」と言った。
新橋の建設工事現場まで車で駆けつけた。橋脚などは出来上がっていたが工事半ばという状況だった。橋の架設現場などを見物する人などはいなかった。
そんな中で橋の袂付近まで行って写真をぱちぱちと撮っていた私を目ざとく見つけた中国の公安らしき人物がやってきて「なんでここで写真を撮っているんだ。目的は何だ。何者だ」とものすごい剣幕で怒鳴り始めた。今にもカメラを取り上げんばかりだった。
案内人は私との旅行でこのような場面に出くわしているので、冷静さを装いながら「この人は日本の大学の先生で、単なる観光客ですよ。橋に興味があるようです」と答えたが、公安らしき人物は「工事中の橋の写真を何枚も撮っているようだが、別に珍しくないじゃないか。フィルムを寄こせ」と迫って来た。
そこで私はこの人物に「確かに橋の写真は珍しくないが、私は鴨緑江に架かる橋には興味があって、実は丹東と新義州間に架かっている2つの橋は、日本の土木建築会社の間組という会社が造ったんだ。
私はこの会社の「百年史編纂室」にもいて橋のことには興味がある。そういえば新義州の駅舎もこの間組が建てたものだよ」などと、間組がやった工事のことをあれこれ話し始めると、うんざりとしたのか私の顔を見て「分かった。早く行け」と吐き捨てるように言った。
私と案内人は次の目的地の水豊ダムに向かったが、途中の検問所に私たちのことが連絡が行っていたのか、私たちの車を見つけるやすぐに検問所の者が車に近づいてきた。
この項、次号に続く。
この記事の著者・宮塚利雄さんのメルマガ
image by: Shutterstock.com