イスラエルやブラジルなどで国政選挙が行われる一方、米国の中間選挙を前に緊迫の度合いを増す国際情勢。トランプ政権によるイランへの軍事行動が取り沙汰される中、選挙後の展開を見据えた各国の駆け引きが活発化していますが、識者はこうした動きをどう見ているのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦が読み解く国際情勢の裏側戦略インテリジェンス・レポート』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、各国の選挙結果と米国の対イラン政策が国際交渉に及ぼす影響を分析。さらに武力行使と対話の間で揺れる中東情勢の行方を探っています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:「選挙の後」に置かれた約束-宙づりの議会、人道の窓、そして相手の後ろ盾を訪ねる外交
「選挙の後」に置かれた約束-宙づりの議会、人道の窓、そして相手の後ろ盾を訪ねる外交
10月27日、火曜日の未明、ウクライナ南部ヘルソン州のドニプロ川の左岸にある町オレシュキで、銃声が止まりました。ロシアが占領するこの町に取り残された住民を逃がし、食料と薬を届けるための、一時的な戦闘の停止です。
仲介役として名乗り出たのは、外交官でも国連でもなく、米国のメラニア・トランプ大統領夫人でした。もっとも、ローマ教皇も事前に停戦を働きかけており、誰がどこまで仲介したのかは、外からは見えていません。
そして、キーウ・インディペンデント紙によれば、停止が始まったその数分後、ロシアは首都キーウを含むウクライナの別の地域に弾道ミサイルを撃ち込んでいます。同じ日、イスラエルでは総選挙の投票が行われ、イランのペゼシュキアン大統領はモスクワでプーチン大統領と向き合っていました。そして米国では、トランプ大統領が記者団に、中間選挙の後にイランを攻撃するのかと問われ、「それは言えない」「何でもあり得る」と答えています。
今週、ブラジル、セルビア、イスラエルの三つの国で投票箱が開かれました。票は数えられても、政治の決着はまだついていません。ブラジルでは敗れた候補が結果を認めないまま国外に出て、イスラエルではどちらの陣営も過半数に届かず、セルビアでは親ロシアの政権を倒した新しい勢力が、組閣を前に、それでも対ロシアの制裁には加わらないと言っています。
そして、まだ投票が終わっていない米国の中間選挙が、ほかのすべての交渉の時計を止めています。イランへの攻撃の再開をめぐる報道も、ロシア産の軽油を積んだタンカーの到着も、米ロとウクライナの三者協議の再開も、すべてが「11月3日の後」に置かれているのです。
前号で私は、約束を守らせるはずの国が、約束そのものを売り物にし始めているとお伝えしました。
【関連】プーチンが持ちかけた三者会談にトランプと習近平は乗るか?国際交渉人が危惧する“席のない国”の頭越しで決められる新秩序の中身
今週は、その売り物の値段が、一つの選挙の結果に連動していることが見えてきました。
「選挙の後に置かれた約束は、選挙の前に交わされたどんな約束よりも重く、そして脆い」
今号では、決着しなかった選挙、選挙の後を見越した中東の神経戦、人道の窓から始まったウクライナの和平の動き、そして日本に跳ね返る問いを、順に読み解いていきます。
この記事の著者・島田久仁彦さんの新創刊メルマガ
1.決着しない選挙
【1-1. イスラエル-宙づりの議会】
10月27日のイスラエルの総選挙は、2023年10月7日のハマスの奇襲の後、初めての国政選挙でした。中央選挙管理委員会の発表によれば、兵士などの「二重封筒」の票の集計が進み、開票率が97.3%に達した29日午後2時55分(日本時間同日午後9時55分)の時点で、ネタニヤフ首相の陣営が53議席、アイゼンコット元参謀総長の陣営が48議席、アラブ系の2党が合わせて19議席となっています。定数120の議会で過半数に必要な61議席には、どちらの陣営も届いていません。
政党別では、ネタニヤフ首相のリクードが27議席で第1党を保ち、アイゼンコット氏の中道政党ヤシャルが21議席、ベネット元首相とラピド元首相が組んだベヤハドが12議席で続きました。
与党の側では、極右のオツマ・イェフディートと超正統派の統一トーラー・ユダヤ教が各7議席、宗教シオニズムと超正統派のシャスが各6議席です。
野党の側では、民主党が8議席、イスラエル我が家が7議席、アラブ系では合同リストが11議席、ラアムが8議席となっています。
50万票を超えるとみられた二重封筒の票は、28日の深夜から集計が始まっています。イスラエルの報道機関イネットは、兵士の票が多い二重封筒の票によって、アラブ系や超正統派の政党の比重がやや下がる可能性を指摘していました。
実際には、28日の時点から陣営の間の議席は一つも動かず、陣営の中で、リクードとシャス、ラアムと合同リストの間で1議席ずつが入れ替わるにとどまりました。陣営の間の大勢は、ほぼ固まったと見てよいでしょう。
最終の議席は、残りの票の確認を経て、11月4日までに公式に公表される予定です。アルジャジーラによれば、ヘルツォグ大統領はその公表を受けて、来週から各党の党首との協議に入ります。
投票が締め切られた直後、イスラエルの主なテレビ局の出口調査は、アイゼンコット氏の陣営のわずかな優位を示していました。しかし、開票が進むにつれ、ネタニヤフ首相の陣営が上回る形に変わっています。
今回の選挙で最も目を引いたのは、アラブ系の政党の躍進です。解散前の10議席から19議席へとほぼ倍増し、タイムズ・オブ・イスラエル紙によれば、これまでの最多の15議席を大きく上回りました。
ネタニヤフ首相は投票日の夜、アラブ系の地域の投票率の高さを、選挙を「盗む」動きだと主張する動画を公開しています。
中央選挙管理委員会は、投票日の昼の時点で、ほかの政党から寄せられた苦情に対し、組織的な不正の兆候は見られないと説明していました。それでもリクードは、アラブ系の政党による選挙の「窃盗」の証拠を、警察、国内の治安機関シンベト、中央選挙管理委員会に提出するとしています。
英国のユダヤ系の新聞ジューイッシュ・クロニクルは、この「盗まれた選挙」という言い回しが、トランプ大統領のものを借りたものだと指摘しました。ネタニヤフ首相は、右派の陣営に「決定的な多数」があると述べ、「反シオニストの」アラブ系政党を含む政権を作ることは「考えられない」と警告しています。
一方のアイゼンコット氏は、予測どおりなら「責任あるシオニストの多数派」の勝利だと述べ、すべての国民に兵役を課す政権を作ると約束しました。ヘルツォグ大統領は28日、再選挙を避けるためにあらゆる努力をするよう各党に求めています。
この記事の著者・島田久仁彦さんの新創刊メルマガ
【1-2.キャスティングボートを握った19議席】
ネタニヤフ首相の陣営には8議席、アイゼンコット氏の陣営には13議席が足りません。そして、その差を埋められる位置にいるのが、アラブ系の2党です。アラブ系政党ラアムのアッバス党首は、両方の陣営から接触があったと明かし、実現できるならアイゼンコット氏の連立への参加を検討すると述べています。
もう一つのアラブ系の政党の連合である合同リストは、さらに踏み込みました。合同リストを率いるティビ議員は28日、トルコの通信社アナドルに寄せた声明で、アラブ系の市民の「大量の投票」は合同リストにとって歴史的な成果であり、合同リストは「それなしには変化があり得ない決定的な勢力」であることを証明したと述べています。
そのうえで、アイゼンコット氏らの「変化の陣営」に手を差し伸べ、ネタニヤフ首相と極右のベングビール国家安全保障相の政権を退陣に追い込むと表明しました。その第一歩として、ネタニヤフ首相に近いオハナ国会議長の解任を挙げています。
同じ合同リストのジャバリーン議員も、ユダヤ人とアラブ人の協力を呼びかけ、民主党を率いるゴラン氏は、「120まで数えられる」として、アラブ系の政党も含めた変化の政権を作るよう求めました。
一方のアイゼンコット氏は、野党の最大政党の党首を陣営の首相候補にすべきだと主張していますが、陣営の中での合意はまだ発表されていません。閣僚を出さずに、外から政権を支える形も取りざたされ始めました。
ところが、アイゼンコット氏の陣営の中にも、壁があります。陣営の右側に位置するベネット元首相とリーベルマン元国防相は、アラブ系の政党に頼ることを否定しているのです。米TIME誌の取材に、アイゼンコット氏は連立の相手に四つの条件を示していました。
- イスラエルをユダヤ人の民主国家と認めること
- 独立宣言の原則を守ること
- すべての国民が兵役か社会奉仕の義務を負うこと
- そしてハマスをテロ組織とみなし解体を求めること
です。同誌によれば、この最後の条件を、まだどのアラブ系の政党も受け入れていません。数の上では過半数に手が届くのに、条件が合わず手を結べない状態です。
私は調停の現場で、このような状態を何度も見てきました。数を足せば合意が成り立つのに、互いの「譲れない一線」が重なっているために、誰も最初の一歩を踏み出せないのです。
こうしたとき、よく使われるのが、正式な連立ではなく、個別の政策ごとに協力を約束する「閣外協力」という部分的な合意です。全体に合意できないなら、合意できる部分だけを先に切り出すという考え方で、交渉の言葉で言えば、問題を小さく分けて扱う「分割」の技法です。
ただし、部分的な合意には、部分的な正統性しかありません。ネタニヤフ首相の側は、アラブ系の政党の協力で成り立つ政権を「反シオニストに支えられた政権」と攻撃し続けるでしょう。
アイゼンコット氏は、ネタニヤフ首相との「挙国一致」の政権には、いかなる状況でも加わらないとTIME誌に明言しています。さらにアルジャジーラによれば、アイゼンコット氏は、アラブ系の政党の外からの支えに頼る少数の政権も否定しました。
合同リストの側も、政権を外から支えることはあっても、政権には加わらないとしています。閣外協力という部分的な合意の道も、入り口で狭まっています。
そうなると、残る道はさらに限られます。
- ネタニヤフ首相が退くことを条件にしたリクードとの大連立か
- どちらかの陣営からの切り崩しか
- 組閣の失敗を経た再選挙
です。分析の専門家の間には、アイゼンコット氏を含む挙国一致の政権の可能性を指摘する声もありますが、ネタニヤフ首相が首相の座にこだわる限り、その道は閉ざされたままです。
再選挙になれば、ネタニヤフ首相は新しい政権ができるまで暫定の首相として職にとどまります。選挙で過半数を取れなくても、相手が組閣に失敗すれば権力を保てるという構図は、ネタニヤフ首相にとって最も強い交渉の札、つまりBATNAになっています。
この記事の著者・島田久仁彦さんの新創刊メルマガ
【1-3.「包囲の心理」という見えない争点】
今回参照したTIME誌の長い記事は、アイゼンコット氏という人物を通して、この選挙のもう一つの争点を描いていました。記事は、飾り気のない同氏の事務所の机の脇に置かれた、息子の写真から書き起こされています。
2023年12月、予備役の衛生兵としてガザで戦っていた息子のガル氏は、戦闘で命を落としました。その2カ月前、ハマスの奇襲から4日後に、アイゼンコット氏はネタニヤフ首相に請われて戦時内閣に加わっていました。2015年から2019年まで、ネタニヤフ首相の下でイスラエル軍の参謀総長を務めた人物が、今度は政敵として首相の隣に座ったのです。
息子の葬儀の3日後、同氏は再び戦時内閣の席に戻りました。しかし、人質の解放を軍事作戦より優先すべきだという主張は受け入れられず、同氏は2024年6月に政府を去りました。
同氏がネタニヤフ首相の最大の問題として挙げるのは、イスラエル社会を「我々と彼ら」に分け、終わりのない戦いの空気を保ち続ける政治の手法です。同氏はそれを、社会にとっての「毒」と呼んでいます。国民は戦争の終わりを望んでいるのに、指導者は危機が続くことで自らの立場を保っている、という見立てです。
交渉の理論では、依頼する側と任される側の利益がずれるこの状態を「プリンシパル・エージェント問題」と呼びます。
国民という依頼人が終わりを望んでも、任された指導者が終わらせないことに利益を見いだしていれば、戦争は終わりません。
同氏は、首相に就けば14日以内に、10月7日の失敗についての国家調査委員会を作り、自らの参謀総長の時代も調べの対象にすると約束しています。
パレスチナ国家には反対しつつ、改革されたパレスチナ自治政府に自治を担わせる「分離」を掲げ、ガザについてはトランプ大統領の20項目の和平計画を支持する立場です。さらに、米国からの軍事援助に頼る状態から、5年から10年かけて抜け出すという構想まで示しています。
もっとも、こうした政策が実現するかどうかは、先ほどの議席の算術次第です。議席の数字だけで人々の心の内までは測れませんが、選挙の結果は、イスラエルの社会が、包囲の心理から抜け出したいという思いと、それでも強い指導者に守られたいという思いの間で揺れ、どちらの側も多数をつくれずにいることを映しています。
この記事の著者・島田久仁彦さんの新創刊メルマガ
【1-4.ヘブロンの検問所と「1967年以来」の作戦】
選挙の4日前の23日、ヨルダン川西岸の南部ヘブロンの近くの検問所で、銃撃事件が起きました。拳銃と自動小銃を持ったパレスチナ人の男2人が発砲し、イスラエル軍が2人を射殺しました。米アル・モニターやAP通信によれば、この銃撃でイスラエル兵2人も命を落としています。負傷者の数は、初期の報道の3人から後の報道の5人まで、伝える時点によって差があります。
ネタニヤフ首相は、ハマスが民間人を狙った大規模な攻撃を計画していたと非難し、ヘブロンを封鎖し、西岸の全域を閉ざす準備を軍に命じました。さらに、カッツ国防相とともに、1967年の第3次中東戦争以来の規模となる大がかりな作戦を検討していると述べています。
その第一歩として、襲撃した者の出身の地区に部隊を入れ、住民を退避させたうえで一軒ずつ捜索するとしました。選挙の直前に指導者が「1967年以来の規模の作戦」を口にするのは、アイゼンコット氏の言う「包囲の心理」を、そのまま形にしたような場面です。
前号で私は、西岸のタイベで欧州の外交官の一行が入植者に襲われた事件をお伝えしました。西岸では、入植者による暴力と、パレスチナ人による攻撃と、軍の作戦が、互いを理由にして連鎖しています。
この連鎖を断つ鍵の一つは、アイゼンコット氏が掲げる「違法な前哨地の撤去」と「過激な入植者の取り締まり」ですが、それを実行できる政権が生まれるかどうかは、先ほどの議席の算術の中で決まります。
この記事の著者・島田久仁彦さんの新創刊メルマガ
【1-5.ブラジル-認めない敗者、受け入れる米国】
10月25日のブラジル大統領選の決選投票では、高等選挙裁判所の発表で、ルラ大統領が有効投票の51.79%を得て、48.21%のフラビオ・ボルソナーロ上院議員を破りました。
ブラジルの英字ニュースサイト、リオ・タイムズによれば、差は約440万票で、第1回の投票で首位だったボルソナーロ氏を、ルラ大統領が逆転した形です。前号でお伝えした直前の世論調査は、いずれも誤差の範囲での接戦を示していました。
ボルソナーロ氏は敗北を認めず、根拠を示さないまま不正を主張しています。米CBSによれば、ブラジルの最高裁は、選挙の当日に出した非公開の命令で、同氏に通常の旅券と外交旅券を差し出すよう求めていました。しかし、同氏と家族は27日にブラジルを出て、アルゼンチンとエクアドルを経由し、28日の朝に米国のマイアミに到着しました。
本人は「ブラジルから逃げたのではない」としていますが、米国務省の高官は、同氏と家族に米国の査証を出すと明らかにしています。
同氏は投票の当日の夜、選挙の無効を求めて法的な手段をとると支持者に語っていました。理由に挙げたのは、ルラ大統領の弁護士を務めた経歴を持つ最高裁のザニン判事が、投票の締め切りの時刻を延ばしたことです。延長は双方の陣営が求めていたもので、高等選挙裁判所の長官は、延長は結果に影響していないとしています。
トランプ大統領は根拠を示さずに選挙が「不正」だったとほのめかし、同氏の米国入りは「構わない」と述べました。ルラ大統領は、この出国を「恥ずべきこと」と呼んでいます。同氏の父のジャイール・ボルソナーロ前大統領は、2022年の選挙の後のクーデター未遂の罪で、懲役27年の判決を受けて自宅軟禁の下にあります。
旅券の提出を命じられる中で選挙に敗れた候補が国外に出て、それを大国が受け入れるという構図は、選挙をめぐる争いを国境の外へと持ち出すものです。命令がどこまで守られたのか、出国が法的に問題ないものだったのかは、公開された情報だけでは判断できません。米国とブラジルの関係は、これまでの関税をめぐる対立に加えて、敗れた候補への査証の発給と出国の経緯という新しい火種を抱えることになりました。
ルラ大統領の4期目は、グローバルサウスの声を束ねる外交を続けると見られており、11月にトルコで開かれる国連の気候変動の会議(COP31)でも、ブラジルは前回の議長国として重みを持ち続けます。
この記事の著者・島田久仁彦さんの新創刊メルマガ
【1-6.セルビア-「反ロシア」ではなく「反腐敗」】
同じ25日、旧ユーゴスラビアのセルビアでは、前倒しの議会選挙が行われました。2012年から政権を担ってきたセルビア進歩党を率いるブチッチ前大統領が敗北を認め、学生が主導する抗議運動の流れをくむ「学生リスト」が勝利しました。
セルビア政府の発表によれば、共和国選挙管理委員会が26日に示した暫定の結果では、定数250の議会で学生リストが52.71%の票を得て140議席、ブチッチ氏の「統一セルビア」は39.17%で104議席でした。
投票した人は約430万人で、投票率は69%前後と報じられていますが、ロイター通信は約70%で、ユーゴスラビアの解体以来最も高い水準だと伝えており、確定の数字は選挙管理委員会の最終の発表を待つ必要があります。
ブチッチ氏は9月27日に大統領を辞め、首相の候補としてこの選挙に臨んでいました。2012年から続いた与党の支配は終わる見通しですが、新しい政権の発足は、議会の招集と組閣の手続きを経て決まります。
抗議運動のきっかけは、2024年に北部ノヴィ・サドの駅で屋根のひさしが崩れ落ち、16人が亡くなった事故でした。人々の怒りは、事故の背後にあると見られた汚職に向かいました。
ロシアのペスコフ大統領報道官は26日、ブチッチ氏の貢献を評価したうえで、新しい勢力に「ロシアとの協力がセルビアの利益になると理解するよう期待する」と述べました。産経新聞は、ロシアが4月のハンガリーのオルバン前首相の敗北に続き、欧州での重要な協力相手をまた一人失ったと伝えています。
ロイター通信によれば、学生リストは選挙戦の中で、欧米が主導する対ロシアの制裁には加わらないと表明していました。ブチッチ氏は、自らが敗れれば新政権がロシアへの制裁に踏み切ると主張し、敗北の後も、来年3月か4月には制裁が科されるだろうと述べていますが、学生リストの幹部は、制裁は科さないという立場を改めて示しています。
少なくとも選挙戦で前面に出たのは、ロシアへの姿勢ではなく、汚職と統治への怒りでした。それでもロシアにとって痛手であることに変わりはありません。指導者個人とのつながりに頼った影響力は、民意の変化によって一夜にして失われ得るということが、ハンガリーに続いてもう一度示されたからです。
この記事の著者・島田久仁彦さんの新創刊メルマガ
2.「選挙の後」に向けた神経戦-米国、イラン、そして湾岸
【2-1.短く、激しい作戦】
中東では、今週、「選挙の後」という言葉が、あらゆる動きの前提になりました。米ニューヨーク・タイムズ紙は21日、米当局者らの話として、米国とイスラエルの軍が、11月3日の中間選挙の後にイランへの攻撃を再開するための詳しい計画を作ったと報じました。
イスラエルの報道機関イネットが伝えたその内容によれば、核施設、エネルギー施設、ミサイルとドローンの戦力が標的として挙がり、一部の米当局者は、3日間の攻撃でイランの経済に打撃を与えれば、交渉で譲歩を引き出せると見ているとされます。ただし同紙は、トランプ大統領が実際に攻撃を承認するかは分からないとしています。
続いて米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、米国が複数の湾岸の同盟国に、選挙の後の「短く激しい」作戦に備えるよう伝えたと報じました。ホワイトハウスは、「機微な軍事計画」についての論評を控えています。
トランプ大統領は25日、米FOXニュースに、イランとの合意か、イランに「とどめを刺す」行動かを考えていると語り、同じ日に「今日は攻撃しない」とも述べていました。
イスラエルのタイムズ・オブ・イスラエル紙の27日の分析によれば、トランプ大統領は空母セオドア・ルーズベルトの打撃群と、強襲揚陸艦マキン・アイランドを中心とする約1万人の海兵隊を中東に向かわせており、11月下旬には3隻の空母がイランの周辺にそろう見通しです。
同紙は、攻撃の標的として、エネルギー施設、ミサイルとドローンの戦力に加え、遠心分離機と濃縮ウランが置かれていると米国とイスラエルがみる、イラン中部ナタンズ近くの地下施設「ピックアックス山」を挙げています。
トランプ大統領は27日、イランは合意を望んでいるが、「選挙か何かを待っているのかもしれない」と述べ、選挙の後の攻撃については「何でもあり得る」と答えました。
ロイター通信は28日、米国の対イランの戦費が470億ドルを超え、国防総省の7月の見積もりを25%以上上回ったと、内部の数字をもとに報じています。そのうち290億ドル超が弾薬の補充に充てられており、前号でお伝えした「盾の算術」が、米国の財布をも削っていることがうかがえます。
クルド系のメディア、クルディスタン24によれば、イラン軍の統合参謀本部の議長であるアブドッラーヒ氏は24日、米国の軍艦が湾岸の海域に入ることを「いかなる状況でも」許さないと述べました。これは一つの報道機関が伝えたもので、ほかでは確認できていません。
インドの週刊誌ザ・ウィークによれば、イランの議員の一部からは、攻撃を受ければ核兵器不拡散条約(NPT)に基づく協力を止めるべきだという声も出ているとされます。
海の上でも、緊張は続いています。英国の海事機関UKMTOは29日、オマーンのハサブの北約9海里で船が燃えていると伝え、イランの革命防衛隊は、イランが認めていない「南の航路」を通ろうとしたタンカー3隻が機雷に触れて炎上したと主張しましたが、火災の原因、船の名前、乗組員の安否は確認されていません。
米国の側でも、足元の揺れが表に出ました。米CBSによれば、ヘグセス国防長官は28日、統合参謀本部で戦略と計画と政策を担うシルビア中将を、イランとの戦争に関する機密を漏らした疑いで解任しましたが、漏えいの事実関係は明らかになっていません。攻撃の計画が報じられる同じ週に、軍の戦略と計画を担う将官が外されたことになります。
イラン側では、交渉で物事を決める複数の決定権者(バックテーブル)の間で意思疎通ができていないのか、意図的に足並みを乱しているのかが見えません。
米イラン間の緊張緩和は、一筋縄ではいきそうにありません。
この記事の著者・島田久仁彦さんの新創刊メルマガ
【2-2.選挙の日程が、武力行使の日程になるとき】
私が今週最も懸念しているのは、この「選挙の後」という言葉そのものです。前号で私は、期限を切った約束は、相手にその期限までの行動の自由を与えるとお伝えしました。トランプ大統領が見せてきた「選挙の前は撃たない」という姿勢は、裏を返せば、「選挙の後には撃つかもしれない」という予告になっています。
予告された攻撃は、相手に準備の時間を与えます。イランは、前号でお伝えしたとおり兵器づくりに通じた人物を国防相に据え、今週は周辺国との対話の窓を広げ、海峡で切れる札を並べ続けています。
米国は、自らのコミットメント、つまり行動の約束の信憑性を高めようとするあまり、相手にその約束への備えを促してしまっています。しかも、攻撃の時期が国内の選挙の日程に結びつけられていることは、相手から見れば、その攻撃が安全保障ではなく国内政治の論理で決まっているという印象を与えます。
そう受け止めた相手は、譲歩よりも「時間を稼ぐ」ことを選びやすくなります。選挙の結果次第で、相手の大統領の立場が弱まるかもしれないからです。トランプ大統領が「イランは選挙を待っているのかもしれない」と語ったことは、皮肉にも、この構図を自ら認めたものに聞こえます。
この記事の著者・島田久仁彦さんの新創刊メルマガ
【2-3.相手の後ろ盾を訪ねる外交】
10月26日、サウジアラビアのハーリド国防相、パキスタンのムニール陸軍参謀長、トルコのカルン国家情報機構長官の3人が、そろってイランの首都・テヘランを訪れ、ペゼシュキアン大統領と会いました。三つの国は、8月にサウジアラビアが結んだ集団防衛の取り決め「メッカ共同防衛協定」の加盟国です。
カタールの衛星テレビ局アルジャジーラは、ここ数カ月にテヘランで開かれた中でも最も注目度の高い対話の一つだと伝えています。イランの国営メディアによれば、4カ国は平和と安全保障の協力について対話を続けることで一致しました。サウジアラビアの外務省は、訪問の目的を、緊張を和らげ、カタールとパキスタンが進める米国とイランの間の仲介を支えることだと説明しています。
この訪問の意味を、私は「相手の後ろ盾を訪ねる外交」と呼びたいと思います。サウジアラビアは今、イエメンのフーシ派からのミサイルとドローンの攻撃にさらされ続けている国です。そのフーシ派の最大の後ろ盾がイランです。軍事でフーシ派を抑え込めないのであれば、その後ろ盾を通じて抑えてもらうしかない、という判断です。
前号でお伝えしたとおり、メッカ協定の国々は、サウジアラビアの防衛には出るが、イエメンでの攻撃には加わらないという線を引いています。盾は差し出しても、矛は差し出さない国々が、そろって相手の後ろ盾の首都に足を運んだことは、軍事の選択肢が細っていることの裏返しでもあります。サウジアラビアは、交渉が決裂した場合の代わりの手(BATNA)が弱いため、相手の後ろ盾を経由する間接的なレバレッジに頼っています。
アルジャジーラによれば、訪問を主導したとされるパキスタンのムニール陸軍参謀長は、前の週にもサウジアラビアとイランを訪れていました。そのパキスタンは、米国によるイランの封鎖が続く中で、イランとの陸路の国境貿易を制限してもいます。イランに対話の手を差し伸べつつ、米国の封鎖にも足並みをそろえるという二重の立ち位置が、パキスタンを仲介者として使える存在にしています。
国際危機グループのヴァエズ氏は、アルジャジーラに、この訪問は「銃声が再び鳴り響く前に、妥協を望む側に天秤を傾けようとする試み」だと評しました。同時に同氏は、米国とイランの溝を埋める信頼できる案を持っていかなければ、「善意以上のものは得られない」とも指摘しました。
英国の王立国際問題研究所(チャタムハウス)のヴァキール氏は、イエメンについては限られた了解の余地があるかもしれないが、フーシ派には独自の計算があり、イランの影響力は絶対ではないと見ています。
私も、ここに最大の落とし穴があると考えています。イランとフーシ派の関係は、命じれば従うという主従の関係ではありません。依頼人と代理人の結びつきが緩いほど、依頼人が交わした約束を代理人が守る保証は薄くなります。イランが「フーシ派を抑える」と約束したとしても、フーシ派がそれを守るかどうかは別の問題です。
実際、訪問の当日もその後も、フーシ派はサウジアラビアの東西を結ぶ石油のパイプラインや東部の製油所への攻撃を主張し続けています。27日の夜には、サウジアラビア主導の連合軍が、西部の都市ターイフに向けて撃たれた弾道ミサイルを迎え撃ったと発表しました。もっとも、フーシ派の主張の多くは、サウジアラビアの当局が確認しておらず、確かめられたものではありません――(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦が読み解く国際情勢の裏側戦略インテリジェンス・レポート』2026年10月30日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録の上、10月分のバックナンバーをお求め下さい)
この記事の著者・島田久仁彦さんの新創刊メルマガ
image by: The White House - Home | Facebook