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韓国が異例の配慮。産経前ソウル支局長の無罪を各紙はどう報じたか?

韓国・朴槿恵大統領の男女関係をめぐる噂を含む記事をネットに掲載したとして在宅起訴された、産経新聞の加藤達也前ソウル支局長の判決公判が12月17日にあり、ソウル中央地裁は、コラムの公益性を認定し、前支局長に無罪の判決を言い渡しました。この判決直前、韓国外交省が裁判所に異例の「配慮」を求めていたことも明らかになっています。言論の自由、報道の自由を揺るがしかねない今回の一連の騒動と判決について、産経以外の大手新聞はどのように報じたのでしょうか。メルマガ『uttiiの電子版ウォッチ』の著者でジャーナリストの内田誠さんは、大手4紙それぞれの報道から、各紙の立ち位置や意図を詳細に読み解いています。

各紙は、産経前ソウル支局長無罪判決をどう報じたか

◆1面トップの見出しから……。

《朝日》…「産経前ソウル支局長 無罪」
《読売》…「産経前支局長に無罪」
《毎日》…「長周期 揺れ幅3~6メートル」
《東京》…「関連企業 落札率99%超」「原子力機構業務 ほぼ独占」

◆解説面の見出しから……。

《朝日》…「日韓 無罪の力学」
《読売》…「韓国「政治決着」狙う」
《毎日》…「超高層 被害見通せず」
《東京》…「子育て支援 弱く」「「1億総活躍」の社会保障」

*《朝日》と《読売》は産経前ソウル支局長が裁判で無罪になった件を大きく報じています。《毎日》は若干控え目で1面トップを外しました。《東京》は社会面の記事がメインで、あとは国際面と社説という扱い。

◆今日のテーマは……。

ということで、今日は「各紙は、産経前ソウル支局長無罪判決をどう報じたか」です。

基本的な報道内容

韓国の朴槿恵大統領男女関係をめぐる噂を含む記事をネット上に掲載したとして、名誉毀損罪在宅起訴されていた産経新聞加藤達也前ソウル支局長判決公判があり、ソウル中央地裁は「記事に不適切な点はあるが、大統領を誹謗するのが目的とは認められない」として、無罪を言い渡した。

判決は、朴大統領がセウォル号事故の当日男性と会っていたとのについて「虚偽と認定、私人としての朴大統領の社会的評価を阻害し、名誉を毀損したとした。他方、「政府と国家の監視、批判を担う言論・報道の自由は十分に保証されなければならない」として、大統領の行動公的な関心事であり、韓国での関心事を日本に伝えるのが記事の目的であるから、誹謗には当たらないと判示。

また地裁は判決に先立ち、韓国外務省法務省に対し、「日韓国交正常化五十年であることなどを考慮し善処を望む」という日本側の要望を伝えていたことを明らかにした。

ヤケに力の入った韓国批判

【朝日】は1面の記事に加えて、2面の解説記事「時時刻刻」、16面社説、37面には判決要旨を載せている。

1面記事に付けられた「解説」は、「起訴、韓国の民主主義に傷との見出し。書いているのは東岡徹記者。産経の支局長が記事に「うわさ」を書いたことを犯罪と見なして刑事罰を科すのかと疑問を呈す。そして、韓国の法制上、被害者である大統領が早期に「処罰を望まない」と表明すれば起訴はなかったのに、そうせず、後になってから韓国外務省に日本側の要請を伝えさせる形で、事実上、大統領の意思を伝えたことを考えれば、最初から起訴しないよう求めておくべきだったと主張する。結論は「韓国の民主主義と日韓関係が負った傷は深い」とするもの。

東岡記者他2人で書いている「時時刻刻」は、判決に至るドキュメント、問題となった記事の要旨他。後半は「日本、関係改善に期待感」との中見出しで、この無罪判決を機に、慰安婦問題での交渉にも弾みが付くことを日本側が期待しているとの内容。

uttiiの眼

まあ、噂を書いたくらいで起訴するのかという疑問は分からないではない。だが、「韓国の民主主義と日韓関係が負った傷は深い」というのは些か力の入りすぎではないか。そこまで書くなら、この「うわさ」なるものが、朝鮮日報の記事の読み違えから生じた産経記者による妄想に発している点を指摘しないでどうするのかと思う。

2014年11月21日付けの「週刊金曜日」は、琉球大学名誉教授・高嶋伸欣氏によるメディアウォッチングという連載記事の中で、興味深い事実を伝えている。毎日新聞の元ソウル特派員で、早稲田大学教授の韓国通、重村智計氏が雑誌『WiLL』に書いた「朝鮮半島通信」のなかで、驚くような事を明らかにしている。重村氏は、加藤氏が引き合いに出した朝鮮日報の記事は、大統領の元秘書と大統領実弟との利権疑惑を指摘したものであり、その関係で「大統領が“空白の時間”に『秘線(秘密の相手)』とともにいた、とのうわさがつくられた」というものだったと指摘。要は、「記事の趣旨と語彙を前支局長は間違えた」ということだった。

利権疑惑を男女疑惑に読み違えた産経の記事をみて、逆に韓国内の大統領批判メディアが飛びつき、大騒ぎになったということのようだ。つまり、産経が「火元」と受け取られてしまったわけで、大統領が起訴をためらわなかった理由はそこにもあったと考えるべきだろう。もちろん、起訴してしまった大統領側がそのことによって自縄自縛に陥ってしまったことはまた別の問題として存在する。「起訴する値打ちもない記事で、記者を訴えるようなことは全く得策ではないし、道理もないことを知るべきだ。

産経とは一線を画す姿勢…

【読売】も1面トップ。関連は3、8、9、38の各面。注目記事は9面の論点スペシャル。北海学園大学教授の韓永学氏、前駐韓大使の武藤正敏氏、青山学院大学教授の大石泰彦氏の三人が、それぞれの立場から興味深い話をしている。それぞれ別の記者が聞き取りをしたもの。

韓国のメディア事情に詳しい韓永学氏は、朴槿恵政権下で「政府機関公職者中傷したとして報道関係者一般人捜査を受けたり提訴されたりしたケースは、市民団体の調査で今年8月までに22件」に上り、しかもほとんどが政権側の負け戦」なのだという。要は、メディアの萎縮効果を狙っての行動らしい。政権側は特にネットに神経質で、検察が名誉毀損の専門チームを編成した翌月に支局長が起訴されたという。他方、前支局長による取材のいい加減さについて警鐘を鳴らした上、「報道機関は複数の情報源に十分な取材を行った上で、ひるまず果敢に報じる姿勢を堅持してほしい。正確性の高い報道は、日本の人々が韓国について正しい理解をするために大きな意義がある」と結んでいる。

武藤前大使は、日韓関係難しくしているのはいつの時代も両国の国民感情であり、この裁判日本の嫌韓感情高めることにつながっていた、とする。そしてこの判決で、韓国が日韓関係を改善したいと真剣に考えていることが明らかになったとする。

大石氏はメディア倫理が専門。全体に亘って、産経前支局長取材姿勢に対する強烈な疑問が突きつけられている。「外電インターネット上の噂話を集めるだけでは、真のジャーナリズムではない」と断言。必要な取材を怠ったのは明らかであり、教訓を残したとする。

uttiiの眼

情報という意味でも、ものの味方という意味でも、《読売》の「論点スペシャル」は非常に有益韓国内のメディア状況が相当に憂慮すべき状態にあること、前支局長のコラムジャーナリズムとして極めて大きな問題を抱えたものであったことなどがよく分かる。

さらに、8面の記事にはまた興味深い内容が載せられている。韓国国内では、産経新聞は「日本国内の嫌韓反韓世論を主導し、絶えず韓国を刺激するメディアと捉えられていること、今回の裁判を巡っては「(前支局長を)言論の自由の守護者英雄にしてしまった」として、政府の過剰反応を批判する論調が目立っていた、という。やはり、「相手にする値打ちもない」記事に過剰反応してしまったということのようだ。

政治裁判

【毎日】は1面の左肩に少し小さい扱いで基本情報。関連は、2面と社会面。8面には判決要旨。

2面の記事も大きくはない。見出しは「韓国司法 政治色濃く」「異例の政府文書読み上げ」。判決公判の冒頭、裁判長が韓国外務省から出された文書を読み上げることがあった。内容は、「日本各界の人から大局的に見て善処を求められている。12月18日が韓日基本条約発効50周年であることなどを勘案し、こうした要請を真摯に考慮してほしい」という内容だった。形としては、日本側の要請を、韓国外務省が伝えたとするもの。

uttiiの眼

確かに、裁判長外務省の文書冒頭で読み上げるというのは、一種異様な光景と言わなければならない。明らかに、この裁判には政治的な力が働いたということを、むしろ、圧力を掛けた側積極的にアピールしているような趣さえある。毎日が「政治色が濃い裁判」とするこの有り様を、私も、余りに「非常識」だと思う。

だが、これをもって、「三権分立が機能していない」、したがって民主主義ではない、などと大上段から批判するのもどうかと思う。日本の裁判所行政権(=政府から独立していると本気で信じている人ほとんどいまい。砂川事件の昔から、近年の「一票の格差」裁判に至るまで、形を変えつつ続いてきた「統治行為論」の隆盛をみれば、裁判所の多数意見のホンネが、「行政権への隷従」を是認するところにあるのは歴然だ。あまりに恥ずかしくて、とてもではないが、「韓国は民主主義国ではない!」と叫ぶ気など起こらない

2面記事には、近年、韓国で増えている、メディアを名誉毀損で訴える事件について、その具体名が列挙されている。《読売》の韓永学氏のインタビューで出てきた内容が、さらに具体的に書かれている。その中には、セウォル号事故のさいの大統領の弔問は「演出」だったと報道したキリスト教放送や、元側近男性が政権人事に介入したと報じた世界日報が上げられているが、男女関係云々は見当たらない。産経のケースは、韓国政府名誉毀損で訴えた中でももっとも品のないケースだったということになるのかもしれない。

悪意を持って狙い撃ちしたのは誰?

【東京】は社会面がこのテーマのメイン。あとは国際面と社説。社会面記事の後半には、判決後に記者会見した加藤前支局長が、「産経新聞記者悪意をもって狙い撃ちしたのではないか」と発言、判決には受け入れがたい判断も含まれていると不満を訴えたことを記している。

uttiiの眼

加藤氏が「悪意を持って狙い撃ちした」というのは、類似の訴訟が頻発していることを考えると当たっていないのかもしれない。それに、仮に「狙い撃ち」だったとした場合、韓国政府からみれば、「産経は“札付き”」だから許さないということに他ならず、狙い撃ちされたのは韓国政府の方だと言いたいだろう。

社説のなかで注目すべきところは以下の部分。「ソウル駐在だった加藤氏は、うわさを引用するなら相応の表現をする慎重さが必要だったのではないか。それでも、国際的なジャーナリスト団体や欧米の政府も訴追を強く非難した。報道の自由刑事罰押さえ込もうとすること危惧したからだ」という。「国際的なジャーナリスト団体」とは「国境なき記者団」などのことだろう。この短いフレーズ今回の事件の意味表現されていると思う。

image by: Wikimedia Commons

 

uttiiの電子版ウォッチ』2015/12/18号より一部抜粋

著者/内田誠(ジャーナリスト)
朝日、読売、毎日、東京の各紙朝刊(電子版)を比較し、一面を中心に隠されたラインを読み解きます。月曜日から金曜日までは可能な限り早く、土曜日は夜までにその週のまとめをお届け。これさえ読んでおけば「偏向報道」に惑わされずに済みます。
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