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キリンの赤字は深刻ではなかった。決算書を分析して見えた前向きな数字

上場以来初の赤字転落となるキリンホールディングス。老舗企業が560億円もの赤字を出したというニュースは日本中に衝撃を与えましたが、『ビジネスマン必読!1日3分で身につけるMBA講座』では同社の決算書を分析した上で、今回の赤字は深刻な問題ではないと断言しています。その根拠とは?

キリンの赤字転落の深刻度は? 決算書から読み解く

さて、今回の「1日3分MBA講座」は、上場以来初めて赤字に転落するキリンの財務分析を行ってみましょう。

2015年12月期の決算で560億円の最終赤字に転落する見込みのキリンの経営は果たしてどのくらいの危険度なのでしょうか?

5つの利益のどの段階で赤字に転落したかを分析する

まずは、今回キリンが利益のどの段階で赤字を計上したのか確認してみましょう。利益とひとことで言っても、5つの種類があるのはご存知でしょうか? ここで簡単に説明していきましょう。

まずは、最も基本的な利益として「売上総利益」と呼ばれるものがあります。別名「粗利」とも呼ばれています。この「売上総利益」は、売上高から売上原価を引いて求められます。

たとえば、キリンの場合、商品であるビールを生産するにはホップなどの材料が必要となりますが、このビールの売上からホップといった原材料費などの原価を差し引いたものが「売上総利益」になるのです。

続いては、「営業利益」です。「営業利益」は、「売上総利益」から販管費を差し引いて求められます。販管費とは、人件費やオフィスの賃料など事業を行う上で必要な費用であり、それゆえこの「営業利益」は本業の儲けを表すことになります。

そして、3番目の利益は「経常利益」です。経常利益は、営業利益に財務的な収支を加味して計算されます。

たとえば、ある企業の本業の利益を示す「営業利益」が100億円で、その年に銀行に預けていた預金に対して1億円の利息が付き、逆に銀行から借り入れていた融資に対して10億円の利息を支払ったとしましょう。このような場合、「経常利益」は、「営業利益」の100億円に1億円の預金利息を足し、10億円の支払利息を差し引いて91億円になるというわけです。

続いて4番目の利益は「税引前当期利益」になります。この「税引前当期利益」は、「経常利益」からその期に発生した特別の損益を加味して計算します。

特別な損益とは、たとえば所有していた株式を売却して多額の利益を得た場合や、所有不動産を売却した際に損失が発生した時など、その時だけに発生する損益のことです。このような1回限りの損益を特別損益として計上することにより、通常の事業活動の損益と切り離して把握することができるようになるというわけです。

そして、最後の利益は「当期純利益」と呼ばれるものです。この「当期純利益」は、「税引前当期利益」から企業の支払った税金を差し引いて求めます。企業にとって、この「当期純利益」が、最終利益となるのです。

このように5つの利益の分類を踏まえて、キリンの今回の赤字を分析してみると、「経常利益」までは黒字で、「税引前当期利益の段階で赤字に転落したことがわかります。つまり、キリンは今期に特別な要因が発生した影響で大きな損失が発生し、赤字に陥ってしまったということなのです。

≪※参照:キリンの2015年12月期下方修正発表内容≫
<キリン>  売上高   営業利益   経常利益  当期純利益
従来予想 2兆2千億円 1300億円  1190億円   580億円
修正予想 2兆2千億円 1220億円  1190億円  △560億円 

赤字の原因は何か?

それでは、キリンが赤字に転落する原因はいったい何なのでしょうか?

キリンは12月21日の下方修正の発表で、ブラジルの子会社の業績不振で、減損損失が発生したことを明らかにしています。つまり、海外投資の失敗で損失が出てしまったということなのです。

キリンは2011年におよそ3千億円を投じてブラジルのビール大手のスキンカリオール社を買収しています。ブラジルはビール販売量で中国、米国に次ぐ世界3位の巨大なマーケットであり、スキンカリオールは当時、ブラジルで世界最大手のアンハイザー・ブッシュ・インベブに次ぐシェア2位を確保していたのです。

キリンはこの買収により、世界第3位のマーケットでの存在感を一気に高め、グローバルでの高い成長を実現していく戦略を描いていたというわけです。

ところが、現実にはキリンの思惑通りに事は運びませんでした。2013年からブラジル経済は減速を始め、ビール市場もマイナスに転じてしまったのです。

スキンカリオールから買収後社名変更をしたブラジルキリンは、縮小していく市場の中で競争が激化し、急激に販売量が減少していきます。そして、2015年には最終的に174億円もの巨額の営業赤字に転落する見込みになったのです。

このような業績不振に陥ったブラジルキリンの企業価値は、当初の買収価格の3千億円には当然見合わず、企業価値を評価し直した結果、およそ1140億円の価値の毀損が判明したために、資産価値を1140億円減じる一方で、評価損として同額を計上し、最終的に赤字決算に転落したというのが、今回の経緯といえます。

今回の赤字が深刻な問題ではない理由とは?

今回キリンは1949年の上場以来初めて赤字を計上することになりましたが、決算書を分析すると、あまり心配する必要はないと思われます。

その理由として、次のようなポイントが挙げられるでしょう。

1.今回の赤字は特別な事情によるものであり、継続的なものでない

前述したように、今回のキリンの赤字は海外の買収企業の企業価値の洗い替えで発生したものであり、一時的なものです。今後の事業に継続的なマイナスの影響を与えるものではないため、そんなに深刻なものではないといっても過言ではないのです。

2.赤字といってもキャッシュの流出はない

通常、赤字というと赤字を補填するために現金が流出していくというイメージがありますが、今回の赤字では現金の流出はありません。資産の目減りによる形式的な赤字であり、560億円の最終赤字といっても、その分の資金手当てをする必要はないのです。

3.業績は順調である

キリンの直近の2015年第3四半期の決算短信を分析すると、前年同期比、売上で1.4%増、営業利益は26.6%増、経常利益は38.4%増、そして当期純利益は149.5%増と非常に堅調なことがわかります。

確かに赤字に転落するのは、好ましい状況ではありませんが、今回のキリンが思い切って上場以来初の赤字決算を行う背景には、業績が堅調な今こそ早期に「負の遺産と決別し、失敗を先送りすることなく、アグレッシブに前を目指していくという強い意志が込められていると思われます。

その意味で、今回の決算は財務の健全化を図る「前向きな赤字といっても過言ではないでしょう。

「上場以来初の赤字」というショッキングな歴史を敢えて刻むことによって、経営陣はもちろんのこと全社員に対して、失敗すればいかにキリンといえども赤字に転落するという危機感を植え付け、もう二度と同じ過ちは繰り返さないと誓う意味もあったのではないでしょうか。

image by: LunaseeStudios / Shutterstock.com

 

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テレビ東京『WBS』への出演など、マスメディアで活躍するMBAホルダー・安部徹也が、経営戦略やマーケティングなどビジネススクールで学ぶ最先端の理論を、わかり易く解説する無料のMBAメルマガ。
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