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ざわつく北朝鮮。「ハリボテ」ミサイルを侮れないこれだけの理由

年明けの1月6日、北朝鮮は「初の水爆実験に成功した」と発表し、世界中に不安を与えました。さらに28日、韓国政府関係者は北朝鮮が近々、長距離弾道ミサイルの発射準備に入った兆候があることを明らかにしています。軍事アナリストの小川和久さんは、メルマガ『NEWSを疑え!』の中で、北朝鮮が見せかけのミサイルを数年後に実用化してきた過去に触れ、「決して侮ってはいけない」と警告。北朝鮮の今後の国家戦略についても詳しく解説しています。

北朝鮮「水爆」実験の読み方

北朝鮮は2016年1月6日正午(日本時間午後0時半)、朝鮮中央通信の特別重大報道を通じて「初の水爆実験を成功裏に実施した」と発表しました。今回は、この問題をどう考えればよいか聞かせてください。

小川:「北朝鮮国営の朝鮮中央テレビは、政府声明として水爆実験で『小型化された水素爆弾の威力を科学的に証明した。水素爆弾まで保有した核保有国の列に堂々と立つことになった』などと強調し、『米国をはじめとする敵対勢力からの核の脅威に対する自衛措置だ』と実験を正当化しました」

「発表に先立つ6日午前10時30分頃には北朝鮮北東部両江道《リャンガンド》付近でマグニチュード4.3の地震があった、と韓国気象庁が発表。この地震波は日本の気象庁もとらえており、菅義偉官房長官は午前中の記者会見で北朝鮮が核実験を行った可能性があると述べました。同日、安倍晋三首相が発表した声明と、北朝鮮の特別重大報道を伝える朝日新聞記事のリンクを貼っておきます」

内閣総理大臣声明(平成28年1月6日 首相官邸サイト)

北朝鮮が「初の水爆実験に成功」と発表 特別重大報道で(朝日新聞)

小川:「当日夜、テレビ朝日『報道ステーション』に呼ばれた私は、こんな話をしました。一つは、安全保障の世界に『「安心してよい」という言葉はない』ということです。だから、日本は北朝鮮を決して侮ることなく、平和な状況をつくり出すために不断の営みを続けなければならない。ただし、マスメディアを含めて少なからぬ人が、すぐにも北朝鮮が水爆弾頭のミサイルを撃ち込んでくるかのような見方をしているのは違う。慌てふためいて大騒ぎする必要などない、ということですね」

「もう一つ強調したのは、北朝鮮はアメリカ研修組まできちんと活用しながら戦略的な動きを進めている。北朝鮮は、すぐにブチ切れて予測不能な事態を引き起こす国家でもないし、金正恩もそんな指導者でもない、ということです。そんな北朝鮮の戦略において、水爆がどんな位置づけにあるのか。私たちはここを冷静に見据えていかなければいけません。

水爆とはどんな兵器か

:私たちは水爆について、原爆よりも格段に威力が大きいという以外よく知りません。北朝鮮の戦略を解説する前に、そもそも水爆とはどんな兵器かを教えてください。

小川:「原爆も水爆も同じ核兵器ですが、両者は膨大なエネルギーを生み出す原理が異なります。原爆(原子爆弾)は、ウラン235やプルトニウム239などの核分裂反応によるエネルギーを利用した爆弾です。これに対して水爆水素爆弾)は、水素の同位体である重水素や三重水素(トリチウム)の核融合反応によるエネルギーを利用した爆弾です」

「あらゆる物質をつくる原子は、原子核とその周囲にある電子(電気的にはマイナス)からできています。原子核は、さらに陽子(電気的にはプラス)と中性子(電荷がない=電気的にプラスでもマイナスでもない)からなっており、異なる物質では陽子や中性子の数が違います」

「重い原子のうち不安定なもの(具体的には核分裂性物質と呼ばれるウラン235やプルトニウム239)が中性子を吸収すると、一定の割合で核分裂を起こすとともに中性子を放出します。この中性子が別の核分裂性物質の原子核に吸収されると連鎖反応が起こり、同時に大量の熱を出します。この『核分裂反応』が原爆の基本原理です。原子力発電の原理も同じで、原子炉の中では原爆と同じ反応がゆっくり少しずつ起こっています」

「軽い原子である水素の原子核(陽子)などは、きわめて高温高圧の状況下で、別の原子核と融合してより重い核になり、同時に大量の熱を出します。この『核融合反応』が水爆の基本原理です。太陽が燃えている原理も同じで、恒星の内部では水素同士が融合してヘリウムがつくられています」

「原子爆弾は、核分裂が連鎖的に進むと同時に爆発が起こり、核分裂性物質を飛散させてしまいますから、ウラン235やプルトニウム239の量をいくら増やしても、爆弾のエネルギーは500キロトンほどが限界です(広島原爆の33倍、長崎原爆の23倍)。しかし、核融合反応は物質を追加すればするほどエネルギーを大きくできます。そこでアメリカは、原爆を手にしたソ連に対抗するため水爆の開発に乗り出し、1952年11月に人類初の水爆実験を成功させました。1954年、静岡県焼津市のマグロ漁船『第五福竜丸』の乗組員23人が被曝したのはアメリカが太平洋のビキニ環礁で実験した水爆でした」

人類初の水爆実験のキノコ雲(マーシャル諸島
エニウェトク環礁、包括的核実験禁止条約機関所蔵)

「重水素や三重水素(これらは常温では気体なので、実際にはリチウムと化合させて固化した重水素化リチウムを使う)の核融合には、超高温・超高圧が必要ですから、起爆装置として原爆を使います」

水爆の威力原爆とはケタが違います。人類史上最大の水爆は、ソ連が製造して1961年10月30日に核実験した『ツァーリ・ボンバ』(『爆弾の皇帝』という意味)。これは100メガトン級のものの出力を50メガトンに抑えて爆発させましたが、威力は広島に落とされた原爆『リトルボーイ』の実に3300倍。第二次世界大戦中に全世界で使われた総爆薬量の10倍の威力があったといいます」

「爆発によるキノコ雲は高さ60キロ、幅30~40キロもあったとされ、一次放射線の致死範囲(500レム)は半径6.6キロ、爆風による殺傷範囲は23キロ、致命的な火傷を負う熱線が届いた範囲は実に58キロに及んだともいわれています。爆発の衝撃波は地球を3周しました。あまりにも威力が大きすぎ、同様の水爆が再びつくられることはありませんでした」

水爆は技術的にハードルが高いだけでなく、小型化しても威力が大きすぎ、事実上、使えない核兵器の代名詞のようになっています。メガトン級の水爆は、各国が核開発の重要なステップとして手がけるけれども、ミサイルや爆弾の命中精度の低さを補うためのもので、今は中国しか配備していません」

実験は本当に成功したのか

:今回北朝鮮が爆発させたのは本当に水爆だったのか、という見方があります。これについては?

小川:「今回の実験で観測された地震の波形は、過去3回(2006年10月、09年5月、13年2月)とよく似ており、地震の規模もマグニチュード4程度とだいたい同じでした。水爆ならばもっと大きな爆発になるはずということから、北朝鮮は水爆実験の振りをしている(原爆だったものを水爆と言い張っている)のではないか、あるいは水爆実験だとしても失敗したのではないか、という見方があります」

「アメリカではホワイトハウスのアーネスト報道官が『初期の分析はこの実験が成功したという北朝鮮の主張とは符合しない』と述べたほか、韓国情報機関の国家情報院も爆発の規模を3回目の核実験よりも小さい6~7キロトンと報告しています」

「原爆から水爆への開発プロセスで技術的に難しいのは、まず原爆の実用化、とくにミサイルの弾頭に積むための小型化です。つまり濃縮ウラン型(広島型)ではないプルトニウム型(長崎型)を開発しなければならず、このハードルが高いのです」

「どこまで小型化できたかは別にして、北朝鮮が水爆実験なるものを公表した時点で、少なくとも実用段階にある原爆を持っていることはたしかでしょう。しかし、起爆装置の原爆で超高温・超高圧をつくり出す水爆では、重水素や三重水素を核融合させるタイミングが100万分の1秒単位とされ、かなりの技術力を必要とします。北朝鮮がその段階に至っていない可能性は、視野に入れておく必要がありますね」

北朝鮮の核兵器技術は、もともとは旧ソ連の技術です。もっとも旧ソ連の核科学者やミサイル技術者にはロシア人もいればウクライナ人もいます。ですから混乱の続くウクライナあたりから科学者や技術者が入った可能性があります。また、ソ連崩壊段階の核兵器やミサイルの設計図、各種データ、材料などが北朝鮮に流れ込んでいるかもしれません」

:大気中に出た放射性物質から水爆と判定することはできるのですか?

小川:「原爆由来ではないトリチウムなどが検出されれば可能です。しかし、地下のかなり深い密閉空間で爆発させていますから、放射性物質を確認できたとしても時間がかかります。包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)が3回目の実験を核爆発と確認したのは、実験から55日後でした。確認するのに充分な量が大気中に出るかどうかもはっきりしません。いずれにせよ、過去の実験では放射性物質を確認するために日本、アメリカ、ロシア、イギリスの航空機が飛びました。今回も日米ロが飛ばしています」

航空自衛隊のC-130輸送機による希ガス収集
(1月6日、防衛省サイト)

「ここで注意が必要なのは、かつて北朝鮮は、何かをやった振りしたり、あるいはやったという噂が流れたり、あるいは張りぼての弾道ミサイルを軍事パレードに出してきたりという場合でも、3年後や5年後に、それを着実に実用化してきた過去があることです。だから決して侮ってはいけません。彼らは明確な目標を掲げて歩みを進めているのです」 

北朝鮮の国家戦略はしたたか

:北朝鮮の核実験は今回で4回目、金正恩体制下では2回目です。北朝鮮の国家戦略における原爆や水爆の位置づけを解説してください。水爆実験に成功したと言い張る北朝鮮は、ようするにアメリカに振り向いてほしいのですか?

小川:「北朝鮮の国家戦略はこうです。まず北朝鮮は、核兵器と弾道ミサイルの開発を、何があってもやめません。今回の実験強行も明確な国連安全保障理事会決議違反ですから、国際社会はこぞって北朝鮮を強く非難し、日米はじめ各国が制裁を強化します」

「しかし、北朝鮮が受ける制裁は経済的な制裁だけです。韓国は国境地帯の大音量宣伝を再開し、アメリカは戦略爆撃機B-52を飛ばしましたが、北朝鮮が核実験を理由に軍事的な攻撃を受けることはないのです。経済制裁に加えて、国際的な孤立がいっそう深まりますが、明確な国家的な目標があれば、経済制裁や国際的孤立には耐えることができます」

「だから、金正恩の北朝鮮は、大量破壊兵器疑惑で戦争に引きずり込まれたフセインのイラクとは違い、堂々と核実験をやっています。ロシアも中国も、北朝鮮の動きを決して好ましいとは思っていませんが、アメリカその他が核実験を理由として北朝鮮を軍事的に攻撃しようとすれば必ず止めるでしょう」

「以上のような判断のもと、北朝鮮は核兵器と弾道ミサイルの開発を進めています。そして、やがてアメリカ東海岸に到達する核ミサイルを手にすれば、そろそろ北朝鮮を核保有国として認め、扱ってもいいのではないか、という機運が生まれてくる可能性は少なくありません」

アメリカは、北朝鮮を核保有国として認めないと言い続けていますが、同じように認めない姿勢だったのに結局は認めたインドの例があります。だから、北朝鮮が核とミサイル以外の動きで国際的な脅威とは見なされないような、まともな国に脱皮していけば、核保有国として認められることがあり得るのです。そのとき北朝鮮はインドと同じ立場に立つことができるわけで、第1のステップとしてこれを目標にしているのです」

「国際的に核保有国として扱われるということは、つまり核抑止力を備えたということですね。そうなると、巨大な軍隊を持って抑止力を維持する必要はなくなります。そこで金正恩は軍部に働きかけ、軍縮に踏み切ることもできます。軍が持っている既得権益は、新たな経済建設のなかでよりよいものを提供していけば、軍部の反発も抑えることができるでしょう」

「こうして軍事的な負担を軽くし、経済建設を進めようというのが北朝鮮の戦略であり目標で、このことははっきりしています。そのなかで水爆の開発は、小型化した起爆装置としての原爆が必須ですから、水爆実験は実用化された段階の原爆を保有していることの証明にもなり得るのです。このように、水爆実験は使うことができる核兵器(原爆)を手に入れるうえでも通らなければならないステップの一つ、という位置づけなのです。むろん、原爆と比べて破壊力が格段に大きい水爆は、使用を前提とした原爆と同じ破壊力を求める場合にも、はるかに小型軽量にすることができますから、弾道ミサイルに搭載するうえでも望ましいことは言うまでもありません。技術的な困難さはありますが、その面からも水爆の開発を進めていることも忘れてはなりません」

「北朝鮮は、経済建設のモデルとして、第二次大戦後のアメリカや中国を見据えています。核を持つことで通常軍備の負担を軽くし、経済建設を成功させたアイゼンハワー大統領のアメリカ、そして、それをマネした中国に向けて、歩みを進めているのです。これについては、おなじみ西恭之氏(静岡県立大学特任助教)がメルマガで触れてきたとおりです」

金正恩という指導者は、一般的には、いつブチ切れるかわからない世間知らずな若造で、身内や側近を残酷な方法で処刑している、と見られています。実際、2013年12月12日には叔父(金日成の娘で金正日の実妹である金敬姫の夫)で後見人的な存在だった張成沢を国家転覆陰謀行為で、2015年4月30日には玄永哲・人民武力部長(国防相)を反逆罪で処刑しました」

「しかし、金正恩の立場で考えてみれば、軍幹部や身内の長老などからナメられたり軽んじられたりすることは、彼にとっては命すらも失いかねない脅威なのです。そこで、たまには一罰百戒ということで、見せしめに処刑して権力基盤を固める必要があるわけです」

「一方で金正恩体制は、祖父・金日成や父・金正日の体制と比べると、きわめて西欧的、合理的といえます。北朝鮮の国づくりは、年間1000人と言われる欧米研修組のテクノクラートが進めていると考えられます。研修先の大部分はアメリカですが、そのアメリカの立場で眺めると、かつて研修生として受け入れてITなり先端技術なりを教えたことのあるテクノクラートの動きを通じて、北朝鮮の戦略的動向を把握することができるのです」

「また、アメリカの同盟国のイギリスやオーストラリアは北朝鮮と国交がありますから、その外交ルートを使ったシグナルの交換や情報収集も可能なのです。アメリカは、これらの情報をトータルとして眺めながら対北朝鮮戦略を考えているのです。分野によっては、アメリカは中国よりも情報を持っているフシすらあると考えてよいでしょう」

「こうした北朝鮮の国家戦略を踏まえれば、水爆実験に成功したという彼らの主張を前にしても、いまにも戦争が始まるかのように浮き足立ったり、バタバタ大騒ぎする必要はないでしょう。日本は、防衛力と法制度の整備や同盟関係の強化など、自国の安全のために必要なことを着実に実行していけばよいのです」

(聞き手と構成・坂本 衛)

 

 

NEWSを疑え!』より一部抜粋

著者/小川和久
地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。一流ビジネスマンとして世界を相手に勝とうとすれば、メルマガが扱っている分野は外せない。
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