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政権に萎縮するNHKと、「停波」恫喝に盾つけないTV界の惨状

2月8日、高市総務大臣の口から飛び出し大きな話題となった「停波発言」。ところがこの「言論の自由」の根幹に関わるような問題発言を、「NHKはまったく報じなかった」と批判するのはメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者・新 恭さん。そしてその裏には、安倍政権の意向が大きく影響していると指摘しています。

「停波」の恫喝に盾つけないテレビ界の惨状

夏の参院選をひかえ、安倍首相はNHKの籾井会長に見切りをつける腹づもり…そんな噂が永田町界隈を飛び交っている。NHK子会社や、さいたま放送局などでの不祥事続き。このさい籾井1人に責任をかぶせて叩き出してしまえということか。沖縄県と見せかけの和解をするなど、選挙に勝つためならどんなトゲ抜きでもする安倍官邸のこと、ありえなくはない。むろん籾井にすれば、納得のいかない話だろう。総理の機嫌を損なわないよう、恣意的な人事を通じて制作現場に睨みをきかせているつもりである。

一方、官邸側から見ると、舌禍のたえない籾井が居座るのは、火薬を抱えたまま選挙の季節に向かうようなもの。なにも危うい籾井でなくとも、意に沿う人間はいる。現に、今の放送総局長、板野裕爾(専務理事)などは、官邸、経団連の思し召しに沿うよう、NHKの報道内容をコントロールしている。籾井がいなくても政権に不都合なニュースを流さないような体制がすでに、できあがっているのだ。安保法制に反対する学生たちを中心とした大規模なデモ活動でさえほとんど報じなかったのはその証拠だ。NHKばかり観ている人は世の中の動きを知らないままになる。

2月8日の衆院予算委員会で、高市総務大臣が「政治的に公平でなければ電波を停止する」という趣旨の重大発言をしたことについても、NHKは筆者の知る限り、1秒たりとも報じていない。NHKの報道が社会の実相をきちんと伝えていると固く信じている人は、高市発言をめぐる世の中の論議の輪に加わることさえできないのだ。だから当然、この発言に怒った著名なジャーナリストたちが抗議の声をあげた事実も、NHKの電波上では無かったことにされている

元凶はもちろん、安倍首相である。経営委員会が会長を任命するといっても形だけで、実際には安倍がNHKを意のままに操るため送り込んだのが籾井だ。その男が、安倍と同じくらいジコチューで怒りっぽく知性のかけらもないため、経営委員たちもあきれはてているという。

ところで、高市の発言は、NHKというより、むしろ民放を意識したものである。12月3日の当メルマガでも取り上げたおどろおどろしい意見広告が発端だった。「放送法遵守を求める視聴者の会」を名乗る右派知識人がTBS「NEWS23」の岸井成格を個人攻撃するド派手な意見広告を産経(11月14日)と読売(11月15日)に掲載した。

政治に関心がないのかと思っていた日本の学生たちが全国各地で「戦争法案反対」のデモに立ち上がった歴史的なニュースを最も熱心に伝えた民放キー局の番組は「NEWS23」だった。その番組中に岸井キャスターが「メディアとしても(安保法案の)廃案に向けて声をずっと上げ続けるべきだ」と発言したことを、意見広告の主たちは問題視した。「政治的に公平であること」を定めた放送法第4条に違反しているというのが、
彼らの主張である。

この団体の行動はそれだけでは終わらなかった。11月27日、高市総務大臣に次のような公開質問状を出したのだ。

放送法第4条の政治的公平性については、平成19年の総務大臣答弁で「1つの番組ではなく放送事業者の番組全体を見て判断する」との見解が示されている。これに従うなら、2015年9月16日の「NEWS23」という単独の番組が不公平でも、直ちに「放送法に違反している」とは言えない。しかし、この総務大臣見解そのものが不適切ではないか。視聴者は、ある局の報道番組全体を見ることはできない。1つの番組内で公平性に配慮しようと努めるのは、放送事業者の責務だ。

これに対して高市総務大臣は次のような回答を返した。

1つの番組のみでも…国論を二分する政治課題について一方の政治的見解を取り上げず、他の見解のみを支持する内容を相当の時間にわたり繰り返す番組を放送するように…不偏不党から逸脱していると認められる極端な場合、「政治的に公平」を確保しているとは認められない。

高市は意見広告を出した団体の考えに同調し、1つの番組だけでも、放送法違反と判断できる場合がある旨の回答をしたと考えられる。これは明らかに「放送事業者の番組全体を見て」という従来の総務大臣見解を覆した文面だ。

2月8日の衆院予算委員会でこの問題が取り上げられた。元総務省官僚で放送法に詳しい民主党の奥野総一郎はまず「従来の総務大臣答弁を変更するのか」と追及した。高市は、公開質問状への回答文と同じ内容を述べたうえで、従来の総務大臣答弁と変わることはなく補充的に「1つの番組のみでもありうる」という見解を付け加えただけだ、と釈明した。

そこで、奥野は核心に切り込んだ。

「大臣には電波法76条にもとづき放送を止める権限(停波)がある。個別の番組の内容について、それは起こりうるか」

奥野が「停波」に言及したのには具体的な理由がある。自民党情報通信戦略調査会が昨年4月17日、報道番組の内容についてNHKとテレビ朝日の幹部を呼びつけて事情聴取したさい、同調査会の川崎二郎会長が「放送法ではテレビ局に対して停波の権限もある」と記者団に語ったことだ。呼びつけること自体、番組制作への不当な介入だが、そのうえに「停波の恫喝までおこなったのである。

まともな政治家なら、「停波」などと軽々しく口にできるものではない。もし「停波」で放送ができない間に、大災害など緊急事態が起きたら、どう責任をとるというのだろうか。まして、総務省が思慮分別のない自民党議員の発言に同調することなど、以前だと考えられなかった。奥野は「高市ならひょっとして」と思ったのだろう。

岸井のケースが当てはまるかどうかは別として、奥野に対する高市の答弁は「停波」の可能性を否定するものではなかった。

「民主党政権時代から放送法4条は倫理規定ではなく法規範だと答弁している。放送事業者が極端なことをして、改善を要請しても繰り返されるという場合に、何の対応もしないとは、お約束できない。違反した場合には罰則規定があり、将来に渡ってそれがあり得ないと言うことはできない

奥野は毎日新聞の取材にこうコメントしている。

「役人なら、ああいう答弁は書きません。放送法違反で停波することはないか、という私の質問には『仮定の質問にはお答えできません』と答えるのが普通。しかし高市さんは紙を見ることなく自分の言葉で答弁していた」

高市は公開質問状への回答と同じように、あえて持論を通したということだろう。放送法とか電波法とかいうと小難しいが、要するに政権側からテレビ局への脅しである。その立ち回りに一役買ったのが、意見広告を出した右派知識人たちであり、広告の資金は安倍晋三、高市早苗ともに関係の深い極右団体「日本会議」から出ているといわれている。

以上のような仕掛けで、衆参ダブルの可能性もささやかれる国政選挙に向けて、テレビメディアに圧力をかけてくる安倍政権の姿勢に、まともなジャーナリストが反発しないわけがない。抗議の声明を出したのは田原総一朗、鳥越俊太郎、岸井成格、大谷昭宏、金平茂紀、青木理、田勢康弘。いずれもテレビで活躍するベテラン言論人だ。

欠席の田勢を除く6人は記者会見に顔をそろえ、「私たちは怒っています」と書かれた横断幕を掲げた。安倍官邸や自民党の反応が怖いのか、社の上層部の気持ちを忖度してか、政権批判さえ思うに任せないマスメディアの現状に、それぞれが強い不満をぶちまけた。

「日本の報道についての懸念はむしろ海外のメディアで強くなっている。日本のメディアは自粛が過ぎると海外メディアは思っている」(岸井)

「高市総務大臣の発言は恥ずかしい。こういう発言をしたら、ただちに全テレビ局の全番組が抗議をすべきだ」(田原)

政治権力は、国民に真実を知らさず、権力を維持するのに都合がいいように、世論を誘導するものである。メディアが政権の意向を恐れ、十分に批判することを回避したなら、国民は情報欠乏のまま言いなりになっていなければならない。メディアはたえず政権に厳しい目を向け、問題点があれば、確たる情報に基づいて批判するべきだ。それこそが放送法第4条の「政治的公平」ではないか。国境なき記者団が選定する「報道の自由度ランキング」(2015年)で韓国に次ぐ61位に甘んじているこの国の言論状況はそうとうに深刻である。

この席上で鳥越は、高市総務大臣の経歴詐称を問題にした。彼女がかつてテレビ番組に評論家ぶって登場できたのは、今も用いている元米国議会立法調査員という肩書のゆえである。

実は米国議会に立法調査員などという職種はない。高市が総務大臣に就任した2014年9月3日、同志社大大学院の教授だった浅野健一(メディア学)がNHKに次のような文書をFAX送信して、高市の経歴についての訂正を求めている。

NHK総合テレビのニュースで、総務相になった高市早苗さんのプロフィールを映像付きで紹介する中で、「松下政経塾を出て、アメリカ連邦議会で勤務した後、…」と放送しました。高市さんが米連邦議会で勤務したという放送内容は、明らかに誤っていると私は思います。高市氏は米議会でリベラルな一議員のアルバイトスタッフでした。国政政治家、とりわけ閣僚の経歴は正確でなければなりません。放送法に則り、ただちに訂正ください。

NHKが放送法に則って総務大臣の経歴を訂正することはなかった。おそらく、高市の事務所に問い合わせることもしていないだろう。

口利き屋、ゴマすり屋、売名屋、パワハラ屋…にぎにぎしい動物農場に、ハッタリ屋の大臣も加わって、真面目に生きるふつうの国民はますます馬鹿を見るばかりだ。

彼らを野放しにする自縄自縛の大メディア、何とかならないものか。

image by: MAG2 NEWS編集部

 

国家権力&メディア一刀両断』 より一部抜粋

著者/新 恭(あらた きょう)
記者クラブを通した官とメディアの共同体がこの国の情報空間を歪めている。その実態を抉り出し、新聞記事の細部に宿る官製情報のウソを暴くとともに、官とメディアの構造改革を提言したい。
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