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日本が報道しないTPP条項で米国議会が紛糾

TPP交渉の席で日本に激しい譲歩を迫り続けているアメリカ。当然「TPP全面賛成国」だと思いきや…。無料メルマガ『三橋貴明の「新」日本経済新聞』によると、アメリカ国内では、議会や知識人の間で激しい賛否論争が繰り広げられているんだそうです。そこから見えてくる「TPPの本当の危険」とは?

アメリカでも激しい論争。TPPの「本当の危険」とは?

TPPを巡って、アメリカ政治の動きが慌ただしくなっています。TPA(大統領貿易促進権限)法案は、5月22日に上院を可決。一時休会明けの6月から下院での審議が始まりますが、難航が予想されています。

●米上院、貿易法案を可決 TPP後押し、下院へ

上院では為替条項の導入を求めた修正案が反対多数で否決されましたが、下院の情勢は不透明です。別の記事によると、為替条項は下院でも提出される模様。票読みは最後まで難しく、ぎりぎりまで攻防が続けられるようです。

●TPA法案上院可決:焦点は下院に TPP合意に不可欠

TPPの評価は、識者の間でも分かれています。賛成派が自由貿易のメリットをさかんに強調しているのに対し、反対派はTPPの経済的メリットがさほど大きくないこと、また知的財産やISDS(国家対投資家の紛争解決)条項のもつ危険性を主張しています。その内容は、少し前に日本で行われた論争によく似ています。

例えば経済学者のマンキューは、自由貿易に賛成するのは経済学者として当然だとした上で、それに反対するのは民衆の「外国嫌い」や「反市場心理」に由来する非合理的な態度と切り捨てています。

Economists Actually Agree on This: The Wisdom of Free Trade

他方、同じく経済学者のクルーグマンは、TPPを自由貿易のメリットという観点から評価するのは無理筋だとして、2つの理由を挙げています。

Trade and Trust

まず、自由貿易は戦後70年でほとんど実現しているということ。特に関税面では、加盟国の平均関税率は6.8%と低い水準にあり、これは為替のちょっとした変化で吹き飛んでしまうほどのものでしかありません。

The Conscience of a Liberal

第2に、TPPは「貿易」協定ではないということ。すでに低い関税が撤廃されたとしても、この協定の真の主役は知的財産やISDSであり、これらがアメリカ人の真の利益になるかどうかは分からないとしています。

例えば薬の特許が延長されれば製薬会社は儲かりますが、消費者にとっては負担が重くなるだけです。また、薬価の高止まりは途上国の貧困層に致命的な打撃を与えかねません。

>>次ページ 上院議員がISIDに猛反対する理由は?

ISDSについては、今年2月に上院議員のエリザベス・ウォーレンのワシントン・ポスト紙への投稿が話題になりました。

The Trans-Pacific Partnership clause everyone should oppose

内容は、巨大企業が政府を相手に巨額の賠償金を、それも国内法ではなく国際仲裁機関を通じて提訴できる仕組みは、主権国家への重大な侵害となるというもの。もし企業が不十分な法システムを持つ国に投資したいなら、ISDSではなく保険で対応すべきだとしています。

ウォーレンは、先進国相手の貿易協定にISDSを組み込んだ場合、アメリカ政府が訴えられる事案が多発すると警告を発しています。日本では、アメリカ企業による濫訴が懸念されていますが、アメリカでは日豪の大企業からの提訴を恐れているというのは、興味深い対照です。

クルーグマンは、ウォーレンの見方に賛同して「TPPはアメリカ政府に政策の変更や大きな調整を強いるかもしれない」と述べています。これは杞憂ではありません。最近、カナダの蔵相がNAFTA協定違反だとしてボルガー・ルールを槍玉に挙げました。日本ではあまり報じられていませんが、アメリカでは大きな問題になっているようです。

ボルカールールでカナダ国債の免除要請、貿易協定に違反=財務相

TPPも、巨大企業に法外な権限を与えることで、ウォール街改革を遅らせたり骨抜きにする可能性があります。この懸念は、アメリカにとってだけでなく日本にとっても重要と言えるでしょう。外国銀行によって提訴される可能性があると、金融規制を強化しようとしても当局が二の足を踏む可能性があるからです。

同様の指摘は他にも多数あることを考えると、やはり知的財産とISDSは相当に問題含みです。日本では関税、特に農業関税の撤廃ばかりに注目が集まりますが、本当の危険は関税以外の分野にあると言わざるを得ません。

米国版TPP論争は、下院での決議が近づくにつれて激しさを増すものと思われます。日本はどうでしょうか。関税面では、日本は譲歩を重ねまくっているようですし、知的財産やISDSで激しく抵抗したという形跡もありません。世論の関心も、数年前までの盛り上がりは何だったのかというくらい、失われているように見えます。

TPPは、本当に日本の長期的国益に適うものなのか。新しい情報を踏まえて、もう一度、トータルな検証が必要です。

image by:Wikimedia Commons

柴山桂太@京都大学准教授

『三橋貴明の「新」日本経済新聞』より
経済評論家・三橋貴明が責任編集長を務める日刊メルマガ。三橋貴明、藤井聡(京都大学大学院教授)、柴山桂太(滋賀大学准教授)、施光恒(九州大学准教授)、などの執筆陣たちが、日本経済、世界経済の真相をメッタ斬り!日本と世界の「今」と「裏」を知り、明日をつかむスーパー日刊経済新聞!
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