前回「舞台に咲く京都の春。『都をどり』で日本の魅力を堪能する」で「都をどり」の魅力を存分にお伝えしましたが、今回の無料メルマガ『おもしろい京都案内』でご紹介する「京おどり」も負けてはいません。美しさに親しみやすさも加わった芸舞妓たちの舞に、あなたも虜になること間違いなしです。
宮川町「京おどり」
京おどりは宮川町歌舞練場で毎年4月第1土曜日~第3日曜日に開催される若柳(わかやぎ)流の舞踊公演です。京都5花街で行われる他の舞踊公演は旧字体の(を)で「をどり」と表記されます。でも京おどりだけは新字体の(お)が用いられています。
昔、日本では旧字体が一般的で他の花街ではその名残もあって表記をそのまま「をどり」としています。平仮名の(を)は50音の最後の文字です。そのため芸の上達のために日々精進している芸舞妓さんにとって謙虚さを表しているとも言われています。
宮川町は南座のすぐ南側の祇園界隈にあるのでもともと芝居小屋との縁が深い街として栄えました。花街だけではなく多くの人にも親しみやすく感じてもらえるようにと新字体の(お)を表記するようになったとも言われています。
宮川町は江戸初期から歌舞伎の祖、出雲阿国(いずものおくに)の小屋をはじめ、数々の芝居小屋が建ち並ぶ場所でした。そしてそこに出演する役者や、観劇する客のための宿が増えていったことが現在の宮川町の礎となっています。そのため宮川町は歌舞伎発祥の地とも言われています。
宮川町の紋章は三つ輪です。芸妓育成機関の女紅場が府立になった時に寺社、町家、花街が合流して学校施設になった記念とされています。色々な人達から支えられ親しまれてきた歴史が三つ輪の紋章や新字体を使った「京おどり」という仮名づかいに表れているようです。
さて、2016年(今年)の演目は春爛漫花道行の全九景です。毎年八景までの物語の内容や景色はその都度変わるのですが、最後の第九景の感動のフィナーレは「宮川音頭」です。
他の花街のをどりと同じく一等茶券付4,800円の茶券付きのチケットを購入すると目の前で舞妓さんによるお点前を見ることが出来ます。舞妓さんが椅子に座ってテーブルの上でお点前をする立礼式(りゅうれいしき)の様子を見ながらお菓子と抹茶を頂くことが出来ます。
宮川町のお饅頭は鶴屋吉信さんのものが運ばれてきます。運が良ければお点前を披露した舞妓さん自ら運んできたものを頂けるかも知れません。団子皿は記念品として持ち帰ることが出来ます。非売品なので貴重な思い出の品となります。
京おどりのハイライトは何と言ってもフィナーレの総踊り「宮川音頭」です。個人的にはこの世にこれ以上の光景はないという表現しか出てきません。祇園甲部の華やかな都をどりも美しさや華やかさでは引けを取らないですが宮川町の京おどりには艶やかさがあり情緒を感じます。目の前で観てしまうとその日は何も出来なくなってしまうぐらい残像が残って感傷的になってしまいます。だから観に行く時は私には覚悟を要します。
宮川音頭
1
町も野山も花ざかり
京の都に春が来た
花の都に春が来 た
花は宮川 花は宮川
ヨーイ ヨーイ ヨイ京おどり
2
鴨も千鳥がささやいた
あなた恋しとささやいた
仇(あだ)な目元に春の風
恋は宮川 恋は宮川
ヨーイ ヨーイ ヨイ京おどり
3
ふりも拍子も艶やかに
舞の都に春が来た
扇もつ手に春がきた
花は宮川 花は宮川
ヨーイ ヨーイ ヨイ京おどり
4
明けりゃ河原は花がすみ
夕べ見た夢恋の夢
むねにたたんだ二人連れ
花は宮川 花は宮川
ヨーイ ヨーイ ヨイ京おどり
5
国へみやげは都紅
納豆八つ橋みすや針
すぐきしばづけ五色豆
みやげばなしは みやげばなしは
ヨーイ ヨーイ ヨイ京おどり
このように「宮川音頭」は5番まであるのですが、最後の5番だけは芸舞妓さん全員が歌いながら舞います。途中から舞の動きが曲が転調したあとに早くなるのですが色とりどりの艶やかな着物が動く姿がひときわキレイなのです。色とりどりの西陣織の帯や京友禅の着物の中に織り込まれている金糸銀糸が照明に照らされて輝いて見えます。
前列で並んで舞う舞妓さんの振袖とだらりの帯が隣り同士でバタバタと音を立ててぶつかるのが前の席だと聞こえてきます。か弱い少女が数十キロの重さの衣装を身にまとい一生懸命舞う姿。その姿は厳しい稽古を積んできた努力の証を感じる年に一度の光景でもあります。
そして舞のスピードの変化もさることながら、5番の歌詞がとても心に響くものとなっています。ご覧頂いた通り4番までは宮川町やすぐ近くを流れる鴨川など京都の景色や花街の様子を歌っています。でも5番は京おどりを観た観客へ向けて歌っている詩になっています。
都紅はかつては京都でしか売っていなかったぐらい貴重な口紅です。納豆は大徳寺納豆で納豆を乾燥させた京都の特産品です。八つ橋は江戸時代の琴の名士・八橋検校(けんぎょう)の墓所・金戒光明寺の門前菓子屋が琴の形をとって作った有名なお菓子です。みすや針は御所内で御簾(みす)の内側で秘密裏に作るようにとまで言われた精巧な針です。今でも三条河原町にある老舗針店「みすや」の針です。昔は服は女性が夜なべして作るものでそれには良質な針が欠かせない時代でそれがあったのは織物が発達した京都だったそうです。すぐきは上賀茂で栽培されるカブの一種でしばづけ、千枚漬けと合わせて京都の三大漬物のひとつです。五色豆はまさに色とりどりのお豆さんで夷(えびす)川にある老舗豆政の由緒ある御菓子です。
短い歌詞の中で京都には高級品から美味しい物まで沢山のお土産があることをこれでもかというぐらい紹介しています。でも歌の最後にそれにも増して地元に帰ったら是非身内の人達に聞かせてあげて欲しいと強調しているもの。みやげばなしは、みやげばなしは「京おどり」だと強調しているのです。目の前で観ないとその感動は伝わらないので無理がありますが、その想いも込めて一生懸命に舞う彼女達の姿がとても感動的なのです。
宮川町の由来
さて、鴨川沿いのこの辺りの地名を宮川町にしたことには由来があります。毎年恒例7月10日に行われる祇園祭の神事のひとつの神輿洗(みこしあらい)式というのがあります。八坂神社の神様たちの魂が神幸祭の巡行の時に祀られる神輿を清めるため、毎年7月10日と28日に四条大橋の上で行われます。
神幸祭は7月17日夕刻から夜にかけて、神輿3基が八坂神社から四条寺町の御旅所へ渡御する重要な祭礼儀式です。また還幸祭はその1週間後の7月24日、御旅所から神泉苑や三条又旅社(またたびしゃ)等を経て八坂神社に還幸する儀式です。
これらの神事の前後である7月10日と28日に、御祭神を乗せる神輿を洗い清めるため、行われる神事が神輿洗式です。神輿洗式当日の7月10日の朝には、四条大橋に斎竹(いみたけ)が立てられ、鴨川から水が汲み上げられます。そしてその後、その場所でお祓いをし清められた水が夜の神輿洗に使われるのです。
このことから神事が行われる四条大橋から松原橋までの間のほんの200~300メートルほどの鴨川流域のことを「宮川」と呼ぶのです。宮川町はこの四条大橋から松原橋までの間を鴨川と並行に南北に走る道で鴨川より東に一筋入った通りです。宮とは祇園社(八坂神社)のことを指し、古来から祇園祭の時期に八坂神社の神輿を洗い清めたことに由来すると伝えられています。それが現在も「宮川町」という地名を残し花街として栄え続けている所以なのです。
今年中にとは言わないまでも一生のうちに一度は観に行ってみて下さい。日本人として生まれてきたことをどれほど幸せに感じることかと思います。
いかがでしたか? 京都は日本人の知識と教養の宝庫です。これからもそのほんの一部でも皆さまにお伝え出来ればと思っています。
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