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精神病院がない国、イタリア。なぜ日本でも同じことができないのか?

ジャーナリスト、事業家、社会活動家など様々な立場で国内外の現場を見てきた記者の引地達也さんが発行するメルマガ 『ジャーナリスティックなやさしい未来』。今回は、日本の「精神保健」に対する理解の低さに苦言を呈しています。1978年にイタリアで実際に起こった精神保健の改革運動に関する実話を基に制作されたイタリア映画「人生ここにあり」と、その背景にあったイタリアの社会背景を紹介。なぜ日本では、このような運動が起きないのか、その理由について分析しています。

イタリアでできて、日本でできない精神保健の問題

精神保健の世界に身を置いてみると、社会保障制度の不備、という現実的な問題が詳らかに見えるようになると同時に、その背景を考えると、一般社会で精神保健に対する理解が広がっていないという「社会の質」のような問題に直面する。どうしたらよいのか、と一般の方々が受け入れやすい切り口を探してみるが、同じ問題意識を持つ仲間もあれやこれやと頭をひねっても社会への決定打はなかなか難しい。

その中にあって、イタリア映画「人生ここにあり」(2008年)は切り口としてはかなり切れ味のある内容だ。

これは精神保健をテーマにしつつも、痛快で爽やかなでほろ苦い映画として抜群の啓蒙作用を持つ。楽観主義のラテン文化を背景にした人生賛歌に生命の輝きを痛快に見せつけられ、それが映画の枕詞となっている「人生はエンターテイメント」だと言い切る爽やかさとなり、ほろ苦さともなる。この感情を刺激するのは、イタリアの精神保健を取り巻く環境の変革期を描いた苦悩の実話だからこそで、この変革は日本の精神保健の世界とは大分違う。

精神疾患に関わる人には常識ではあるが、それはイタリアの凄さであり日本でなぜできないのだろうか、と考えてしまう。

映画の概略はアマゾンの紹介を引用する。

「合言葉は“やればできるさ!”。世界で初めて精神病院を廃止した国で始まった元患者たちの挑戦にイタリア全土が笑って泣いた!世界中に〈希望〉と〈元気〉を届ける、愛と笑いに溢れた人間讃歌エンターテイメント」。

さらに引用は続く。

「世界で初めて精神病院をなくした国─イタリアで起こった実話を基に映画化」として「1978年、イタリアでは、バザリア法の制定によって、次々に精神病院が閉鎖された。『自由こそ治療だ!』という画期的な考え方から、それまで病院に閉じ込められ、人としての扱いを受けていなかった患者たちを、一般社会で生活させるため、地域にもどしたのだ。本作は、そんな時代に起こった実話を基に、舞台を1983年のミラノに設定して誕生した。」

映画の宣伝だから少々大げさな文体だが、コピーライターの感動ぶりも伝わってきそうで、これも爽やかな印象。

「精神病院」を廃止した、とあるのは、正確に言えば「精神病院を生み出す社会制度の変革」とされ、この基本の法律が紹介文にもある通称「バザリア法」。正確には法180号である。

バザリアとは改革の中心人物である精神科医の名前。1971年に彼は改革の現場となった北イタリアに位置するトリエステのサン・ジョヴァンニ精神病院で改革に着手した。この病院では当時入院患者1182人中、90%以上が強制入院の環境。

バザリアはまず、医師と患者が主従であった関係を、医師と患者は「協同者」と位置づけた。その上で治療に関してミーティングを積極的に行い、それをオープンにし、ショック療法や身体拘束具の使用禁止、パーティの開催、患者新聞の発行、男女混合病棟の実現、街への自由外出と金銭所持を認める、などで、大きく言えば、患者の権利獲得、そして病院職員の意識改革、同時に周辺への啓蒙であった。
これが法律へと結実するのである。

この時代背景にはイタリアの労働運動がある。労働者が結束し権力や資本と立ち向かい権利を獲得する風土である。バザリアの取組みが法制化されたのも、労働者がこの権利獲得の動きに呼応したから。

この精神医療の改革運動は「トリエステの改革」もしくは「精神病院の廃絶」をキーワードとして日本にも伝わっているものの、日本での模倣者は多くはない。北海道・浦河の「べてるの家」は、この考えに近く、地域と障がい者が垣根なく暮らす風土を作ってきたが、この運動の中心にいる向谷地生良さんは医師ではなく、ソーシャルワーカーである。彼が孤軍奮闘し、風土を変えてきた。

日本で医師が改革するには、制約があるのかもしれない。ならば、私のような非医師であるからできることがあるはず、と考えて、就労移行支援事業所でも出来ることを少し実践してきた。この実践を本欄でさらに紹介しながら、精神保健領域での社会への理解の輪を広げようと考えている。

image by: Shutterstock

 

メルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』より一部抜粋

著者/引地達也
記者として、事業家として、社会活動家として、国内外の現場を歩いてきた視点で、世の中をやさしい視点で描きます。誰もが気持よくなれるやさしいジャーナリスムを目指して。
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