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クーデターは序章。トルコ軍の「反乱」が世界にもたらす4つの懸念

7月14日から15日かけてに発生したトルコの「クーデター未遂」事件。16日には反乱軍は制圧され、現在トルコのエルドアン政権は、反乱に関与した可能性があるとして軍・司法関係者を多数拘束するなど、弾圧の動きを強めています。これを受けて、メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では、今回の騒動は「未だに謎だらけ」であるとし、今後の影響を具体的に予測するのは難しいと解説。その上で、今回の「反乱」はトルコだけの問題ではおさまらず、より大きな問題に発展するかもしれない「4つの懸念点」を挙げています。

トルコ軍の反乱を考える

失敗したにしても、行動の目的が政権奪取であったことを重く見て、「クーデター未遂」というべきだという考え方もありますが、ここでは「反乱」ということにします。いずれにしても7月14日から15日にかけて発生したトルコ軍の一部の行動に関しては、未だに謎だらけという印象があります。まず大きな問題は「誰が仕掛けのか?」という点です。

まず事件発生の直後(16日配信の私のJMMでは間に合わずに残念なことをしましたが)からエルドアン政権が言い続けている、イスラム穏健派の宗教学者フェトフラー・ギュレン師が「黒幕」なのかという問題があります。ギュレン師の思想ですが、女性の社会参加を認めるなどスンニー派の宗教解釈の中では最も穏健で寛容な考え方であるわけで、「建国者」ケマル・アタチュルク以来の近代トルコが掲げる「世俗国家」という考え方とも整合性のある思想であると言っても構わないと思います。

では、そのギュレン師とその運動が、一時は提携関係にあったエルドアン政権と決裂したのかというと、一般的には政権の「汚職疑惑」を同師が批判したからと言われていますが、それは「きっかけ」に過ぎず、恐らくは「EU加盟」に積極的であったなど開明的なギュレン師の路線と、エルドアン路線の間に齟齬が生まれたからと見ることもできます。

一方で、結果から見ると政治的に勝利したのはエルドアン政権であり、これで反対派を一掃するだけでなく、国内の中道派の世論も掌握できたわけです。

そうなると、話ができすぎているということも言えるわけで、そこに自作自演説というのが生まれる理由があるわけです。

この疑問に関しては、恐らく全ての当事者が「合意」するような形で答えが一つになることはないと思います。異常な勢いで進んでいる「クーデター支持派の逮捕」というのが、単なる「見せしめ」だけでなく「口封じ」という可能性も捨てられない中、とにかく真相は「ヤブの中」、つまり同名の黒澤映画のように見方によって異なる真相があり、そのどれかは決められないということになるのだと思います。

そんなわけで、事実は当分の間は解明されない可能性があるのですが、問題は、エルドアン政権が、アメリカに亡命しているギュレン師の引き渡しを要求しているという問題です。

現在、ギュレン師は、ペンシルベニア州のセイラースバーグという場所に住んでいます。このセイラースバーグというのは、実は町でも村でもなく、2つの町にまたがった「地区」です。ペンシルベニア州の北東部にある「ポコノ山地」という高原地帯の入り口にある閑静な山間部のコミュニティで、一つの「私的なブランド」としてセイラースバーグという名前になっているのです。

私の住んでいるプリンストンからは車で1時間半程度という感じで、ニューヨーク州の北部などに抜ける際には、良く通るところなのですが、本当に静かで綺麗なところです。言ってみれば、ポコノが軽井沢なら、セイラースバーグは松井田とか下仁田という感じでしょうか。都会からは離れた山地ですが、高級住宅地、あるいは別荘地として知られています。

面白いのは、このセイラースバーグにはヒンドゥー教の改革運動である、アリーヤ・サマージの寺院もあるのです。そもそも、アメリカというのは、旧大陸で迫害を受けた清教徒(ピューリタン)が建国したわけですが、その中でもこのペンシルベニア州というのは、特に「信教の自由」を徹底するという考え方でできています。

ですから、ドイツのルター派の中で近代文明を否定したり、徹底した博愛主義を唱えたりしたことで迫害を受けた「アーミッシュ」のコミュニティが今でも残っていたりします。そうした風土がアーリア・サマージの拠点となった背景にあるのでしょうし、亡命地としてギュレン師がここを選んだのも同じ理由だと思います。

そう考えると、アメリカがギュレン師をエルドアン政権に引き渡すということは、可能性としては低いと思います。ギュレン師はそうした計算も含めて、この地に居を定めているとも考えられます。

さて、そうなるとエルドアン政権とアメリカの間は冷え込むことが考えられます。また、今回の一連のドラマの結果として、政権への権力集中が顕著となっていることには欧州からも反発が強く出ています。特に、「反乱側のメンバー」を大量に拘束した上で、「民意の求めがあれば」死刑の復活も辞さずという大統領の姿勢は、「EU加盟の可能性を最終的に放棄するもの」という受け止めもあるわけです。それどころか、NATOからの「追放」という可能性も一部の報道では出てきています。

この動きですが、まだ始まったばかりであり「反乱派の粛清」がどこまで行くのか、「ギュレン師」の処遇はどうなるのか、そして米国やEUとの関係はどこまで悪化するのかといった変動要素があるわけで、具体的な予測を立てるのは難しいと思います。

ですが、この問題を取り囲んでいる「大きな状況」を見てみることから、とりあえずのアウトラインを考えることはできそうです。4点指摘しておきたいと思います。

1点目は、アメリカからの見方です。仮にこのまま、エルドアン政権が「ロシア、シリア」との枢軸を強めるようですと、エジプトのシシ政権に続いて、中東の「穏健親米国」、それも大きな2つの国を相手陣営へ渡すということになります。EU加盟の一歩手前まで来た民主国家が独裁に接近するわけで、そうなれば、これは大失態としか言いようがありません。オバマの油断であり、何よりもスーザン・ライス(外交補佐官)やサマンサ・パワー(国連大使)の失政ということになるように思います。

その場合ですが、与野党の勢力関係からすれば「トランプが怒り、ヒラリーがオバマとライスを擁護する」という構図になりそうですが、イデオロギー的には、そこは反対で「トランプは強権のエルドアンと話をつけるほうが簡単」という考え方だし「ISISなどは強権的な『あっち』の政治家に任せる」という方針になるかもしれません。そうなるとヒラリーのほうが「強いヒラリー」として、「中東の民主化」的なことに危険な関与を行う可能性があります。

非常に大胆な予測をするのであれば、(話半分として聞いていただいて結構なのですが)仮にエルドアン政権のクルド系への弾圧、クルディスタン地域への軍事プレッシャーがある「許容できるレベル」を超えていった場合に、ヒラリーは、夫の次代にやったコソボ紛争の再現をクルディスタンでやるのではないか、そんな可能性を感じます。

ロシアとトルコが組んでいる状態で、そこからクルドを助けるために、ヒラリーとNATOが動くという可能性です。その場合には、イランの「無害化」という強烈な工作、そしてイスラエル=パレスチナ和平という積年の課題とのセットということもあり得ます。要するにオスマンやツァーリの亡霊を叩きのめすことで、この大きな地域の安定をということです。

考えてみれば、トルコがNATOにとって重要な加盟国であるのは「イラン」への警戒と言うことが大きいわけですが、仮に「トルコを失う」代わりに「イランを無害化」できて、それでサウジとイスラエルがハッピーになれば、地域全体は安定化します。少々大胆なシナリオですが、可能性としてゼロではないように思います。

2点目は、欧州がどうなるかという問題です。今回の事件の結果として、トルコがより強権国家になることに対しては、欧州では2つの見方が交じっているようです。一つは、そういうことなら、難民の流入に思い切りブレーキをかけて、ギリシャとブルガリアとトルコの国境に「カベ」でも作って、人の流れを制限するという考え方です。

一方で、ドイツのように巨大なトルコ系人口を抱える国では、そうした「遮断」はできないので、あくまでトルコを「開かれた国に」というメッセージを送り続けるしかありません。その辺で、欧州の中での立場の違いが浮き彫りになる可能性もあります。

3点目は、ISILのテロの問題です。先日のアタチュルク空港連続爆破事件に見られるように、トルコはISILの活動による被害者に他なりません。確かにISILを叩くと言いながら、西側が注意していないとクルドを叩いているトルコの動きは、西側には「目障り」ですが、ISILのテロを見据えて、その対策を考える際には西側として「トルコとはもう親しい関係ではない」という割り切り方はそうは簡単にはできないはずです。

4点目は経済です。トルコは先進国ではありませんが、欧州に対する大量生産基地として、そして観光業なども含めた人と金の行き来の対象として、西側の経済と深くつながっています。その大きさと重要性ということでは、エジプトやイランとは次元が異なります。1番目や2番目の話とは矛盾しますが、この経済の関係ということで、西側はトルコを切れないし、トルコはもっと西側との関係を切れないという事情は、一つのファクターとして見ておいた方がいいと思います。

いずれにしても、注視を続けなくてはなりません。

image by: Drop of Light / Shutterstock.com

 

『冷泉彰彦のプリンストン通信』より一部抜粋
著者/冷泉彰彦
東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは毎月第1~第4火曜日配信。
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