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中国高速鉄道はなぜ信頼されないのか? 車両設計にある大きな矛盾

建設費の安さが決め手となり世界各国からの受注をものにした中国製の高速鉄道。しかし、その安全性を疑問視する声も上がっています。メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では、鉄道についても造詣が深い冷泉さんが、あらゆる角度から中国製新幹線の安全性を徹底的に検証しています。

中国製新幹線の安全性は大丈夫か?

中国製の「高速鉄道」は中国国内でのネットワークを拡大しつつ、世界各国への輸出も始まっています。そもそもは、日本と欧州から技術供与を受けて始まったプロジェクトであり、自前の技術として消化する時間もそれほどなかったことから心配な点もあるわけですが、では、技術的にはどんな点に注意して見ていったらいいのでしょうか?

まず最も心配な点は、ATC自動列車制御装置のシステムと運用で、2011年に温州市で起きた衝突事故などは、こちらがキチンとしていなかったということの証明であるわけです。ただ、システムとその運用に関しては、中国の場合は厳格な秘密主義を取っているので、調査のしようがないということがあります。

また、温州市の事故を見てみると鉄道の運行管理の基礎である「閉塞(列車のいる区間には入ってはいけない)」という概念がキチンと理解されているか怪しい現状もあるわけです。そもそも事故原因の調査に関して全く不誠実な姿勢も見せていたわけであり、そうなると、高速鉄道というよりも社会のしくみ価値観行動様式といったレベルの問題があるとも言えます。

ではハードウエアについては、どうでしょう?

まず車両です。中国の高速鉄道は、日本の「E2系」をベースにしたもの、ドイツのシーメンスからのもの、フランスのアルストムのモデルがベースのもの、カナダのボンバルディアのモデルがベースのものがあるわけで、それを独自に次世代に発展させていたりしています。

どういう「発展」をさせているのかというと、高速化です。基本設計はオリジナルのままでモーターを強くし、ギヤ比を変えて300キロとか、350キロでの営業運転を可能にしているわけです。例えば、日本のE2系の場合は、日本国内仕様の営業最高速度は275キロですが、その派生型である中国のCRH2や、CRH380は350キロとか380キロ運転という仕様です。

この高速化ですが、オリジナルのモデルよりも高速で走らせることですぐに問題が出るということはないと思います。日欧ともに原型モデルの空力特性は相当に詰めてあるはずですし、車体の強度などを考えても問題はないと思います。無理に350キロで走らせることで、車体が浮き上がって脱線するとか、部品が脱落するという可能性は少ないでしょう。

350キロの世界になると、パンタグラフと架線の間では乾燥時でも相当なスパークが起きますが、これも新幹線の屋根が耐火性になっているので、火花が飛び散って燃えるということはないと思います。

問題はブレーキです。

日欧のオリジナルと、中国仕様の大きな違いは「接触式ブレーキ常用するという点です。日本や欧州の高速鉄道の場合は、現在は「接触式ブレーキ」の使用をできるだけ避けるような設計になっています。

その方法は2つあって、1つはブレーキをかける場合には、モーターを発電機にすることでブレーキ力を得るという方法で、そこでできた電気は架線に戻すという省エネ思想です。これは「回生ブレーキ」というものです。

もう1つは、反対に電気を使って強力な電磁石を作り出し、レールとの間で抵抗力を発生させたり、車輪についたディスクの回りに電磁的な抵抗力を作ったりするもので「渦電流式ブレーキ」と言われるものです。

日本は、一時期300系や700系などで渦電流式を採用していたこともありますが、現在の最新モデルの場合は常用ブレーキのほとんどは「回生ブレーキ」になっています。普通に走っているときは、回生ブレーキでほとんどの制動力を得る一方で、地震などの緊急時には強力な非常用の接触式ブレーキで止めるという思想です。一方で欧州では、回生と渦電流式の併用が主流で、現在では接触式を止めて、渦電流式を標準にする動きとなっています。

ところが、中国の場合は「回生+電気制御空気ブレーキ」というのが標準仕様で、全ての高速鉄道がそうなっています。悪い設計ではないと思います。ただ、問題は「回生ブレーキが十分に使われているかという問題です。回生ブレーキというのは、確かにブレーキをかけると発電した電気を架線に戻すのですが、その場合に近くに走っている電車がないとか、ない場合に変電所を介して周囲に電気が配れる体制が採られていないと作動しません。

つまりブレーキが効かなくなるのです。その場合は、オリジナルのE2もそうですが、中国の高速鉄道の場合は「電磁式空気ブレーキ」を使うようになっています。別に運転手が判断しなくても、回生ブレーキと一体制御になっていて回生が効かないと自動的に空気ブレーキをかけるようになっています。

ただ、日本の場合は新幹線の運行密度が高いですし、変電所も多く設置しているので震災などの場合を除くと回生ブレーキが効かないということは朝晩以外は少ないのです。ところが、中国の場合は密度の高い路線もあれば、ない路線もあるでしょうし、更に第三国に輸出した場合は様々なケースが考えられます。

そこで空気ブレーキを頻繁に使うことになると思うのですが、その場合はディスクとパッドの点検保守、そして空気圧による作動装置の確認と保守ということを、しっかりやらなくてはなりません。そこがいい加減で、ディスクにヒビが入っていたりすると、緊急制動が効かないといったトラブルが起きて事故の原因になります。

それ以前の問題になりますが、運行頻度の少ない、従って架線に電気を返しても行き場のないような路線で350キロを出して、そこから接触式の空気ブレーキで制動をかけるというのは、オリジナルの車両の設計思想からは無理があるように思います。

ですから、そうした「閑散線区でも使うかもしれない」けれども「日常的に350キロ出して、そこから制動をかける」という使い方の場合は、より信頼度の高い非接触式の渦電流式の方が適していると思うのですが、中国の高速鉄道の場合は使われていません。そこが大きなアキレス腱だと思います。

では、線路などの設備に関してどうかというと、問題は高架橋と盛土部だと思います。日本の場合は地震国ですし、過去の震災で経験した破壊の事例から積み上げて、耐震対策を徹底しています。

例えば高架柱の場合は鉄筋を強化するとか、盛土部には斜めにコンクリの柱を補強のためにブチ込んであるとか、とにかく見えないところに大きな対策がしてあります。熊本地震の時も、九州新幹線には震度7の直下型地震を受けた箇所がありましたが、回送電車が脱線しただけで、構造物の損傷は「防音壁が落ちただけでした。

こうした「高価な工事」は、例えば活断層のないところでは、必要ないかもしれません。ですが、仮に活断層のあるところであれば絶対に必要です。時速200キロとか300キロという高速で走っている際に、高架橋が崩壊したり、盛土が崩れたりしたら大惨事になるからです。

 

『冷泉彰彦のプリンストン通信』より一部抜粋
著者/冷泉彰彦
東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは毎月第1~第4火曜日配信。
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