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犬猿のトルコとロシアが電撃和解せざるを得なかった「大人の事情」

8月9日、ロシアのサンクトペテルブルクを訪れたトルコのエルドアン大統領はプーチン大統領と会談、昨年のロシア機撃墜事件で最悪となっていた両国関係を修復することで一致し、事実上の和解を果たしました。無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者・北野幸伯さんは、この裏にはロシア・トルコ両国の「やむにやまれぬ事情」があると分析しています。

プーチンとエルドアンはなぜ和解したのか?

少し前になりますが、ロシアのサンクトペテルブルグに、トルコのエルドアン大統領がやってきました。もちろん、「プーチンに会うため」です。

ロシアとトルコの関係は、トルコ軍が昨年11月、ロシア軍機を撃墜したことで、最悪になっていた。ところが今回の訪問で、一転「仲直り」となりました。

ロシアとトルコ、関係修復で一致 撃墜後初めて首脳会談

AFP=時事8月10日(水)12時19分配信

 

【AFP=時事】ロシアのウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領とトルコのレジェプ・タイップ・エルドアン(Recep Tayyip Erdogan)大統領は9日、サンクトペテルブルク(Saint Petersburg)で会談した。

 

昨年11月のトルコ軍によるロシア軍機の撃墜後、両首脳が直接会談したのは初めてで、撃墜を機に悪化した両国関係を修復することで一致した。

なぜ、和解???

協力と対立、複雑だったロシア、トルコ関係

ロシアとトルコの関係は、複雑でした。両国は、特に「シリア問題」で対立しています。

ロシアは、シリアの反欧米・親ロアサド政権を支持、支援している。アサド政権を助けるために、ISや反アサド派をバンバン空爆していました(今もしている)。一方、トルコは、欧米やサウジアラビアなどと共に、反アサド。ここで、ロシアとトルコは対立している。

しかし、去年まで、両国関係はそれほど悪くありませんでした。ロシア人にとってトルコといえば、観光」です。ロシア人は、自国のリゾート(たとえばオリンピックがあったソチなど)より、「安くてサービスの質がいい」ということで、トルコに行くことを好んでいました。私も、トルコのリゾート都市アンタルヤに行ったことがあります。どこを見てもロシア人だらけでした。

プーチン、エルドアンの「悪事」を暴露する

さて、ロシアとトルコの関係は、いつ悪化したのでしょうか?

2015年9月、ロシアは、「IS空爆を開始しました。ロシアの目的は、シリアのアサド政権を守ることですから、真剣。アメリカと有志連合が手をつけなかったISの石油インフラをドンドン爆撃、破壊していきます。

そして、プーチンは、トルコ・アンタルヤで開催されたG20で、「爆弾発言」をし、世界を驚かせました。ISに資金を提供している国が、「G20加盟国を含め40か国に上る」というのです。朝日新聞デジタル2015年11月17日。

プーチン氏は、ISによる原油の販売について、ロシアの偵察衛星が撮影した画像をG20の会議の場で示した上で、どのような規模で行われているかを説明したという。

これは要するに、「トルコのエルドアンがISから石油を密輸し事実上ISをファイナンスしている」ことを暴露したのです。

「トンデモ、トンデモ、トンデモ~~~~~~!!!」

常識派の人たちの叫びが聞こえてきます。では、証拠をはりつけておきましょう。読売新聞2015年11月28日付。

欧米情報当局「イスラム国がトルコに石油密売」

読売新聞11月28日(土)10時22分配信

 

【パリ=石黒穣】イスラム過激派組織「イスラム国」から大量の石油がトルコに密輸されているとの見方は、欧米情報当局の間でも強い。

 

米軍特殊部隊は今年5月、シリア東部で「イスラム国」の石油事業責任者を殺害した。

 

英有力紙ガーディアンは、同部隊がその際押収した文書から、「トルコ当局者と『イスラム国』上層部の直接取引が明確になった」と伝えた。

主体に注目。「トルコ当局者」とあります。要するに、「エルドアン大統領を含むトルコ政府がISから石油を密輸している」というのです。

プーチンがしたことを復習すると。

  1. プーチンは、エルドアン政府が、「ISから石油を密輸していること」を暴露した。
  2. ロシア軍は、ISの石油インフラを破壊することで、トルコの「裏石油ビジネス」をつぶした。

この二つでエルドアンが激怒した。その結果、2015年11月24日、「トルコ軍がロシア軍機を撃墜した」というのが、ロシアの主張なのです。エルドアンは、貴重な「裏ビジネス」をロシアにつぶされた。しかも、「ISとの黒いつながり」をプーチンに暴露されて怒っていた。プーチンは、ロシア軍機が撃墜されて激怒した。

プーチンは15年12月3日、年次教書の中で、こんなことを言いました。

われわれは、相手に自分たちが何をしたのかを常に思い知らせる。彼らは、自分たちの行為を後悔し続ける。

怖いですね~~。そしてロシアはトルコに経済制裁を課すことにしました。ロシア国民も、エルドアンを大悪魔のように憎み、トルコに旅行する人は、ほとんどいなくなった。そして、トルコの観光産業は大打撃を受けることになったのです。

トルコのクーデター未遂で、状況は一変

ところが、両国関係を一変させる事件が起こりました。それが、トルコで7月15日に起こったクーデター。軍幹部が主導した非常に大規模なものでした。

警官ら8,777人解任、拘束7千人超=死刑復活も検討─トルコ・クーデター未遂

時事通信7月19日(火)1時42分配信

 

【エルサレム時事】トルコ内務省は18日、クーデター未遂に関連し、公務員8,777人を解任した。このうち7,899人が警察官で、地方の知事・首長30人も含まれた。

 

またユルドゥルム首相は同日、クーデターに関与した容疑で拘束された軍人・司法関係者らが7,543人に増えたと明らかにした。トルコメディアが伝えた。

ところで、クーデター未遂の首謀者は誰なのでしょうか? 軍幹部が、直接クーデター作戦を指揮したようです。

政府は16日、2,839人の軍人を拘束したと発表。地元メディアによると、このうち高級幹部はアーデム・フドゥティ陸軍第2軍司令官、エルダル・オズトゥルク陸軍第3軍司令官、アキン・オズトゥルク元空軍司令官らで、トルコ紙によると将官40人以上、大佐が29人いるという。
(朝日新聞デジタル7月17日)

すごいメンツですね。ところが、当のエルドアンさん自身は、なんと「真の黒幕はアメリカにいる!!!」としています。どういうことでしょうか? エルドアン大統領は、政敵のギュレン師がクーデター未遂の黒幕」と見ているのです。

トルコ「クーデターを首謀」米にギュレン師引き渡し要求

朝日新聞デジタル7月17日(日)21時14分配信

 

トルコのボズダー法相は17日、未遂に終わったクーデターに関与したとして約6,000人を拘束したと述べた。陸軍の幹部など複数の将官や大佐らが含まれる。

 

またトルコ政府はクーデターを首謀したのは米国亡命中のイスラム教指導者ギュレン師だとして、米国に同師の引き渡しを求めた。

ギュレン師とは誰でしょうか?

AKP政権発足当初、エルドアン氏はギュレン師とイスラム重視で一致。軍の政治的影響力の排除などで同師の協力を得た。だがエルドアン氏が強権ぶりを発揮するのに伴い、ギュレン師は離反したとされる。

 

13年には両者の対立は決定的になり、エルドアン氏はギュレン師を「国を乗っ取ろうとしている」と非難した。

 

トルコ政府は昨秋、国家転覆を企てているとしてギュレン師の団体を「テロ組織」に指定した。
(朝日新聞デジタル7月17日)

ギュレンさんの影響力は強く、「ギュレン運動」というのもあるのです。

〈ギュレン運動〉 

 

米国に亡命中のイスラム教宗教指導者ギュレン師を中心とする運動。

 

公の場から宗教色を排除する世俗主義が国是のトルコで、世俗主義とイスラム教は矛盾しないとする穏健な思想を持つ。

 

公的機関でのスカーフの着用や酒類販売の規制強化など宗教色を前面に出すエルドアン政権とは対立関係になった。
(同上)

ちなみに、ギュレン師本人はクーデター未遂への関与を否定しています。それどころか、「エルドアンの自作自演だ!」と語っている。ギュレン師の引き渡しを要求されたアメリカは、「証拠を見せやがれ!」と逆要求しています。

ギュレン師の引き渡し、ケリー氏「証拠示せば」

読売新聞7月18日(月)0時13分配信

 

【ワシントン=尾関航也】ケリー米国務長官は16日、訪問先のルクセンブルクで記者会見し、トルコ政府がギュレン師の身柄引き渡しを求めていることについて、「トルコ政府が妥当な証拠を示せば米国は適切に判断する」と述べた。

せっかくクーデターを食い止めたエルドアンさん。しかし、欧米との関係はどんどん悪化しています。理由は三つ。

  1. 「死刑を復活させる」意向を示している。
    トルコは長年EU加盟を目指していますが、「死刑」のある国はEUに入れません。
  2. クーデター後の大規模な粛清
  3. アメリカがギュレン師引き渡しを拒否していること

エルドアンは欧米との関係がひどく悪化したのでプーチンとの和解に乗り出したのです(6月から和解に向けた動きは始まっていたが、クーデター未遂で、プロセスが加速した)。

プーチンは、なぜエルドアンと和解したいの?

トルコの事情はわかりました。では、激怒していたプーチンはなぜトルコと和解したいのでしょうか

これは、「ガス」と関係があります。ロシアのガスは、主にウクライナを経由するパイプラインで欧州に出されている。ところが04年、ウクライナでオレンジ革命」が起こり、親欧米ユーシェンコ政権が誕生。すると、ロシアとウクライナは、「ガス問題でしばしば対立するようになります。

値段の交渉がまとまらず、ロシアは、ウクライナへのガスを止める。ウクライナは、「ロシア―欧州パイプライン」からガスを抜き取り、欧州にガスが届かずパニックになる。

ロシアは、「ウクライナ経由のパイプラインは問題が多いから、他のルートを開拓しよう」と考えはじめました。そして、つくられたのが、ロシアとドイツを直接結ぶ海底パイプラインノルド・ストリーム」です。これは2011年に稼働しはじめました。

ロシアはさらに、南ルートの「サウス・ストリーム」ガスパイプラインをつくりたい。こちらのルートは、ロシアから黒海、ブルガリアを経由してギリシャ・イタリア・オーストリアに至る。

ところが、2014年3月にロシアがクリミアを併合すると、「サウス・ストリーム」プロジェクトに反対する声が、欧州で大きくなってきた。そこでプーチンは2014年12月、「サウス・ストリーム計画は中止しトルコ経由のガスパイプラインをつくる!」と宣言。エルドアンもこの案を支持しました。このプロジェクトを、「トルコ・ストリーム」と呼びます。

ところが、2015年11月の「ロシア軍機撃墜事件」で、「トルコ・ストリーム」プロジェクトは凍結された。しかしこれ、反ロ・ウクライナに苦しむロシアにとっては、とても重要なプロジェクト。だから、プーチンも本音では再開したいと思っていた。そして、今回の会談で、そうなりました。毎日新聞8月9日。

プーチン氏によると、会談の主要テーマは

 

▽貿易関係の復興
▽エネルギー協力の再開▽観光など人的交流の増進

 

――など両国の経済関係。

 

黒海経由でロシア産天然ガスをトルコに送る新パイプライン「トルコ・ストリーム」の建設計画や、ロシアによるトルコ初の原発建設といった大型プロジェクトの再始動で合意したという。

欧米に冷遇されたエルドアン。トルコ経由でパイプラインをつくりたいプーチン。二人の思惑は見事に一致し、「利」は、「憎悪」を超越したのです。嗚呼、これぞ「リアリズム」。日本人には、なかなかついていけません。とはいえ、日本人も「世界はこうなっている」ことを知っておく必要があります。いつも書いていますが、今の大国の動きは、「1930年代並に変化が激しい」です。怠らずに、世界の動きを追っていきましょう。

image by: Wikimedia Commons

 

ロシア政治経済ジャーナル
著者/北野幸伯
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