EUトゥスク大統領のトランプ新政権に対する発言が波紋を呼んでいます。トランプ氏がEUに批判的な姿勢を示しているとはいえ、なぜトゥスク大統領はここまでアメリカの動きを警戒しているのでしょうか。無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者で世界情勢に詳しい北野幸伯さんは、そもそもアメリカの一極体制を潰したのはEUであり、トランプ大統領はEUの崩壊を心底願っているとの見方を記しています。
トランプは、EU崩壊を願う?
就任早々、いろいろと騒ぎを起こしているトランプさん。彼について、EUのトゥスク大統領は、こんな衝撃発言をしています。
EU大統領、「トランプ米政権は脅威」 中国やロシアに匹敵
CNN.co.jp 2/1(水)10:05配信
(CNN) 欧州連合(EU)のトゥスク大統領は31日、米国のトランプ政権を中国やロシアと並ぶ「脅威」と位置付けた。欧州で多くの人が思っていたことを口に出した形で、米国とEUの亀裂が一層深まる可能性もある。
なんと!トゥスク・EU大統領によると、トランプ政権は、「中国やロシアと並ぶ脅威」だそうです。どういうことでしょうか?
トゥスク大統領はEU加盟国に宛てた書簡の中で、トランプ政権を中国やロシア、テロリズム、イスラム過激派と並ぶ脅威と位置付け、「米新政権による憂慮すべき宣言の全てが、我々の未来の不確実性を高めている」と指摘。「米政府の変化によって、欧州連合は困難な状況に立たされている。新政権は、過去70年間の米国の外交政策に疑問を突き付けているようだ」と分析した。
一体、トランプさんのどの辺が、トゥスクさんを心配にさせるのでしょうか?
トランプ大統領は北大西洋条約機構(NATO)を「時代遅れ」と切り捨て、EUの28カ国を「ドイツのための乗り物」と形容。実業家だった時代はEUとの間で「非常に悪い経験」をしたと発言していた。
(同上)
トランプによると、
- NATOは、「時代遅れ」
- EUは、「ドイツのための乗り物」
だそうです。
こうしたトランプ大統領の発言はEUをないがしろにするだけでなく、NATOの弱体化を望むロシアを利することになり、欧州と米国の同盟関係に緊張を生じさせかねないとの懸念もある。
(同上)
「ロシアを利する」。まさに、これですね。トゥスクさんは、ポーランド人。ポーランドは冷戦時代、実質ソ連の支配下にあった。1989年、ベルリンの壁崩壊。1990年、東西ドイツ統一。1991年、ソ連崩壊。これで、ソ連から完全解放された。
ところが、今度はロシアが強くなってきた。14年3月には、クリミアを併合してしまった。それで、旧ソ連のバルト三国や、ポーランドは、「次は俺の番か!?」と恐れているのです。
トランプは、ポーランドにとって最大脅威のプーチン・ロシアと「和解する」と公言している。それで、トゥスクさんは、恐れている。わかりやすく書くと、
- トゥスクさんは、プーチン・ロシアを恐れている
- そのプーチンとトランプは、相思相愛である
- だからトゥスクは、トランプも恐れている
となります。
NATOとEUの根本的違い
トゥスクさんの意見では、「トランプは、NATOもEUも軽視している」。しかし、トランプの本音は、「NATO重視」「EU軽視」でしょう。
トランプは1月27日、イギリスのメイ首相と会談した際、「NATOを100%支持する!」と断言しました。一方で、イギリスがEU離脱をきめたことについては、「素晴らしいことになる!」と絶賛しました。「ブレグジット」でEUが崩壊の危機に瀕している件について、「素晴らしい!」と絶賛する。
NATOとEUに対するこの態度の違いは何でしょうか? NATOとEUは「支配者」が違うのです。NATOはアメリカが支配する「反ロシア軍事同盟」です。EUは事実上、ドイツが支配する「経済同盟」です。いえ、トランプから見ると、「反アメリカ経済同盟」でしょう。だから、「潰してしまえ!」と彼が考えるのは、当然なのです。
「え~~、意味わかんないぜ~~~」ですね。説明します。
「反米同盟」としてのEU
第2次大戦終結から1991年のソ連崩壊までを「冷戦時代」と呼びます。別の言葉で、「米ソ二極時代」。アメリカとソ連、二つの極があった。
ソ連崩壊で、一つの極が消えた。そして、「アメリカ一極時代」がスタートしました。アメリカは90年代、まさに「一人勝ち」。その栄華は、「永遠に続く」と言う人もいました。
しかし、新世紀に入ると、ボロボロになってしまいます。一体何が起こったのでしょうか? アメリカ最大の「強さ」は、「ドルが基軸通貨(世界通貨)であること」です。これは、「強さ」であると同時に、「アキレス腱」でもある。「アメリカを潰すためには、ドルを基軸通貨の地位から転落させればいい!」。これは、反米支配者の間では、「一般常識」である。
1999年、「電子決済通貨」としての「ユーロ」が誕生しました。2000年9月、「裏世界史的大事件」が起こります。イラクのフセイン大統領が、「原油の決済通貨をドルからユーロにかえる!」と宣言した。そして、同年11月、実際にかえてしまった。
この動きをサポートしていたのが、フランスのシラク大統領でした。それまで、「世界の原油取引はすべて『ドル』で行うべし」という暗黙の決まりがあった。シラクは、フセイン・イラクを使ってそのシステムに穴をあけ、一気にユーロが「ドルに並ぶ基軸通貨になる」可能性が見えてきた。
2002年、ユーロの「現金流通」が開始されました。アメリカは、「ドル防衛」に動きます。03年、ウソの理由でイラクを攻撃。同国原油の決済通貨をユーロから再びドルに戻すことに成功した。しかし、世界的に「ドル離れ」のトレンドを変えることはできなかった。ユーロは、対ドルで、ほぼ一貫して上がり続けていきました。
そして、08年9月、「リーマン・ショック」から「100年に1度の大不況」が起こった。これで、「アメリカ一極世界」は崩壊したのです。
アメリカ一極体制をつぶした黒幕
冷戦が終わり、アメリカ一極世界になった。この体制に不満だったのが、欧州のエリートでした。冷戦時代は、「ソ連の脅威」から守ってもらうために、アメリカが必要だった。しかし、ソ連が崩壊し、最大の脅威が消滅したので、「もうアメリカの保護は必要ない!」となった。欧州エリートが考えた戦略は、以下のようなものでした。
- EUを拡大する(主に東欧を吸収する)ことで、経済規模、人口でアメリカを上回る「国家(?)」をつくる
- ユーロをつくり、広めることで、ドル基軸通貨体制に対抗していく
そして、それは着実に実行されていった。つまり、「アメリカの覇権をぶち壊したのは、EUだ!」とも言える。その中核は、ドイツとフランスです。
そして、この二国、メルケル・オランド現政権の特徴は、「きわめて親中国」である。両国とも、2015年3月、イギリスの後を追って、ダッシュでAIIBに加盟しています。だから、トランプが、
「EUを潰してしまおう!」
「欧州は、NATOを通して軍事支配しよう!」
と考えたとしても、まったく不思議ではありません。私たちは、「欧米」といいますが、実は「ドロドロ」なのです。そういう意味で、トゥスクさんの懸念は「正しい」と言えるでしょう。
考えてみてください。トランプさんは、「アメリカを再び偉大な国する!」と言っている。もしEUが崩壊し、ユーロも消滅すれば? ドルは、再び世界唯一の基軸通貨になり、アメリカは偉大になるのでは? こういう発想が出てくるのは、当然でしょう。
2017年は、「EU崩壊の年」になるか?
そういう意味で、今年の「天王山」は、フランス大統領選挙です。現在、「フランスでもEU離脱の賛否を問う国民投票を実施すべき」と主張するマリーヌ・ルペンさんが、支持率トップに立っています。彼女が勝つと、
- EU離脱の賛否を問う、国民投票が実施される。
結果、イギリス同様、「EU離脱支持派」が多数を占めれば、 - フランス、EU離脱
EUの「3大国」といえば、ドイツ、イギリス、フランスでした。イギリスは、すでに離脱を決めた。これでフランスも抜ければ、EUは事実上「崩壊」ですね。これは、「ソ連崩壊後もっとも大きな歴史的事件」になるでしょう。
トランプは喜び、中国は嘆くことでしょう。ユーロは暴落し、世界経済は大混乱に陥ります。
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