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沈黙するTPP。安倍総理が「日米FTA」を水面下で要求された可能性

就任早々、TPPからの離脱を正式に宣言したトランプ大統領。一方で、先日の日米首脳会談に同行した麻生副総理とペンス副大統領との間で「日米経済対話」の議論が4月にもスタートすることが明らかになりました。かねてから「日米貿易の不均衡」を主張しているトランプ氏をトップに頂くアメリカは、日本に対してどのような要求を突きつけてくるのでしょうか。米国在住の作家・ジャーナリストの冷泉彰彦さんは自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で、アメリカが首脳会談において「日米FTA (2国間自由貿易協定)」を要求してきた可能性は高いと分析。さらに、それは「TPPでもFTAでもない名称になる可能性」も指摘しています。

TPP代替案としての日米FTAの可能性

2月10日から12日にかけて行われた日米首脳会談では、安倍首相とトランプ大統領のパフォーマンスばかりが話題になりました。ですが、その一方で、麻生副総理が同行したこと、そして麻生副総理とペンス副大統領による日米経済対話というのがスタートするというのも重要な問題だと思います。

さて、この「日米経済対話」というのは、一体どんな性格のものと考えたらいいのでしょうか?

  1. トランプ大統領とその支持者は、依然として日米の貿易不均衡に満足していないので、日本に「より譲歩を迫る」交渉が続く。
  2. 80年代から90年代の日米構造協議のように、「アメリカの人材や産業構造に問題がある」という日本からの反論を含めて「日米の経済社会の構造を深く掘り下げて見直す」交渉になる。
  3. トランプ大統領が「ボツ」にすると宣言したTPPのような自由貿易を日米だけで行う「日米FTA」の交渉になる。

ざっと考えて、この3種類の可能性があるわけです。では、そのどのパターンになる可能性が一番高いのでしょうか?

まず2.というのはちょっと非現実的です。80年代から90年代の構造協議というのは、それこそ日本からは「アメリカは中間層の教育水準が低い」などという批判を行い、アメリカから日本へは「日本市場は規制緩和すべき」という批判を行うという「かなり難しい内容でした

現在は、そんな「難しい話題での交渉」をしても「トランプ劇場の観客」には関心を持ってもらえないし、そもそも「トランプ劇場の主役自身がそんな面倒な話を理解しないと思われるからです。

気になるのが1.のパターンで、2月10日から12日に安倍首相自身がワシントンD.C.やフロリダに登場した際には「面と向かっては言わなかった」一方で、それこそ「日米貿易不均衡への不満というのはまだくすぶっているのであればこれは問題です。ですが、仮に問題の根が深いといっても、さすがに日本の総理が2日半も行動を共にする中では「何も言わず」にいて、後になってから「やっぱり日本は不公正だ」などと蒸し返す可能性は低いでしょう。

一つだけ可能性としてあるのなら、安倍首相が「お互いに行き違いがあるようだが、この問題は実務的に麻生=ペンスのコンビで知恵を絞ってもらいましょう」という提案をして、よく言えば「問題を常識人に投げた」、悪く言えば「その場から問題を先送った」という場合です。

仮にそうだとしても、「大統領が問題提起した21世紀版の日米貿易不均衡論議」などという、「生々しい内容あるいはタイトルで協議が始まるということは考えにくいと思います。

そこで現実味を帯びてくるのが3.です。

「TPPという名前は、大統領選挙の選挙戦を通じてトランプ、サンダース、ヒラリーの三人が有権者との対話の中で、完全に潰してしまった」だけでなく、トランプ大統領は「アメリカがTPPの枠組みから降りることを正式に大統領令にサインして表明してしまっています。

その代わりに「日米だけの枠組み」を作るというのですから、これは「TPPの代替としての日米での自由貿易圏の設定」ということ、要するに「日米FTAになるという可能性が高いと思われます。

そうではあるのですが、少なくともトランプ大統領は、選挙戦を通じて「TPPはアメリカの得にならない」と主張し、これと並行して「日本の貿易は不公正」という言い方もして来ています。ですから、現在のTPP交渉における日米合意の部分を「そのままFTA」にするようでは、野党の民主党からもそして支持層からも突っ込まれる可能性があります。

そもそも、オバマがTPPを妥結した後は、議会で批准をしなくてはならなかったわけで、それができないうちにトランプが潰した格好になっています。どうしてアメリカ議会での批准が簡単に行かなかったのかというと、民主党に反対者が多かったからです。実は、TPP推進派のオバマにとって、当時の味方というのは野党の共和党であり、与党の民主党は敵だったわけです。共和党は基本的に自由貿易に理解があるからで、その時点では正に究極のねじれ」がありました。

この構図は今でも続いていますから、仮にペンス副大統領が「新しい日米FTA案」を提案したとして、野党の民主党は頑固に反対する可能性が濃厚です。そもそも、トランプ政権の周辺にしても、例えば発効している「米韓FTA」には批判が多いなど、現在のTPPの妥結内容を日米の部分だけ取り出して、「日米のFTA案」として出したら反対が多くなる危険があるわけです。

ですが、例えばペンス副大統領を中心とする「クラシックな共和党」にとっては、TPP改め「日米FTA」というのは急務という面もあるのです。理由の一つは、共和党が医薬品業界との関係が深いという側面です。

TPP交渉の際には最後の大詰めの段階で「新薬開発時のデータ保護期間」という問題で、条件闘争がスッタモンダしましたが、アメリカとしてはどうしても強硬に出ざるを得ない背景として、共和党の存在があったのです。

アメリカにとって医薬品業界とは、巨大な基幹産業です。その競争力は、莫大な経費を使った新薬開発を続けることで保たれています。そのデータ保護期間が短縮されてしまえば、それだけ各国でのジェネリック医薬品が市場に出るのが早まるわけで、大変に困ります。少なくとも大きな市場である日本については、この「TPPでの妥結内容を早く実現したいというのが、業界の願いであり、それを受けた共和党にはそうした意向が強くあります。

では、仮に「麻生=ペンス案」として、日米FTAが提案されるとしたら、どんな内容になるのでしょうか? ベースになるのは「TPPにおける日米合意」でしょう。これが出発点です。では、どう差別化して来るのでしょうか?

恐らくは、今回安倍首相が「アメリカへの土産」として持っていった、「アメリカでのインフラ増強への投資」や、「新幹線やリニアなどの技術提供」などに加えて、トヨタなど日系企業が表明している「アメリカへの投資拡大」を盛り込み、そうした「ウィン・ウィン関係」つまりお互いの利益になる投資や技術供与などの枠組みを盛り込む、そうした差別化になると予想されます。

問題はネーミングです。「TPP」だけでなく、「FTA」という名前もアメリカではかなり反発を買っています。先ほど申し上げた、2012年に発効した米韓FTAは、アメリカ国内では与野党の双方から「失敗ではないか」という批判が絶えません。

そこでネーミングとしては、「TPP」でも「FTA」でもない別の名前になる可能性があります。実は、ヒラリー・クリントンの周辺も、自分たちが政権を担う場合には「TPPは不人気なので名前を変えて通す」ことを考えていたらしく、いずれにしても「ネーミングが重要になってくるように思います。

整理しますと、現在持ち上がっている「日米FTA構想」というのは、政治的な流れとしては「日米首脳会談で決まった麻生=ペンス経済協議」で詰めることになる、その一方で「中身はTPPの合意事項+日米首脳会談の成果」というのがベース、但し「名前はTPPでもFTAでもない別の名前」になる可能性があるということを指摘しておきたいと思います。

image by: 首相官邸

 

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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