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真田丸でもああだったけど…なぜ石田三成は家康に勝てなかった?

日本の歴史の大きな転換点となったとも言われる「関ヶ原の戦い」。徳川家康率いる東軍と石田三成率いる西軍が争った合戦ですが、三成はなぜ家康に勝利できなかったのでしょうか。その理由は、実は現代にも通ずる大切な「リーダーの資質」にありました。無料メルマガ『1日1粒!「幸せのタネ」』で詳しく紹介されています。

可愛げがあるかないか

関ヶ原』という司馬遼太郎の小説はご存知でしょうか。1600年、「天下分け目」の史上最大の戦闘が行われた関ヶ原の戦い。この戦いを巡る東軍・徳川家康と西軍・石田三成をはじめとする諸将、人物の人間像を浮き彫りにした小説です。10年ちょっと前に知ってから、年に2回か3回は読み直してしまう小説です。

この小説が面白いのは、一般に「イヤな奴の代名詞になっていた石田三成を軸にしている視点です。この小説を読んで石田三成のファンになる人もいるようです。私はファンになるほどではありませんが、親近感を持たずにはいられません。

石田三成は、諸将の心を掌握していく…という人望の面では家康に劣っていたと言わざるを得ません。家臣は一兵卒に至るまで、三成に心酔していたかのように描かれていますが、西軍をまとめきれなかったこと、多くの豊臣恩顧の諸将を東軍に走らせてしまったのは、つまるところ「人望の無さ」です。

非常に優れた能力の持ち主だったんだろうと思います。そしてたぐいまれな正義感の持ち主。ただ、それだけでは天下は握れない。政治はできない。

後の江戸時代、寛政の改革を押し進めた松平定信についても、

白河の 清き流れに 魚住まず 濁りし田沼の 流れ恋しき
(定信の正しく清廉な政治は窮屈だ。わいろまみれだったかもしれないが、濁ってるぐらいの田沼意次の治世が恋しい)

と風刺されるのに近いものがあるかもしれません。もちろん、私も不正がまかり通る世の中が良いとは言いません。ただ、何でもかんでも「こうあるべき」「こうするべき」でびしびしやりすぎた結果、まとまるものがまとまらなかった…という三成の生き方を見ていると、寂しさを感じるのも事実です。

何と言うのでしょうか。頭だけじゃない、論理だけじゃない、もっと気持ちの部分というか、ハートの部分というか、そういう機微をすくい取るところがあるかどうかが、関ヶ原の命運を分けたのだろうなと感じます。

そして何よりも、三成には可愛げが無かった

司馬遼太郎は三成を比較的、好意的に扱っていますが、それでも可愛げが無いところを書かざるを得なくなるぐらいに、可愛げが無い。読んでいても、「これはムッとするよね」と思うことがしばしば出てきます。

頭が良ければ正義を貫けばリーダーになれるわけでもない。

リーダーとなるには何が必要か…能力はさることながら、可愛げが必要なんだろうなと、読み返す度に思います。

周りを見渡したとき、なぜか人を引きつける人はいませんか。今日は、その人の可愛げを観察してみませんか?

 

 

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【著者】 1日1粒!『幸せのタネ』 【発行周期】 日刊

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