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池田教授が持論「主治医が自分のために最善を尽くす」は幻想だ

先日放送のTBS系TV番組で「病気が治らなかったから医療費を返せ」とクレームをつけた患者について女性タレントが発言した内容がネット上で賛否両論を呼びました。メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』の著者で早稲田大学教授・生物学者の池田清彦先生は、今回の騒動について「すべての医師が患者を治すために最善を尽くすことは幻想に過ぎない」と持論を展開しています。

『ファンタジーを真面目に信じる人たち』

「好きか嫌いか言う時間」と題するテレビ番組で(私はテレビを余り見ないので、自分が直接見たわけではない)、「病気が治らないから治療費を返せ」といったトンデモクレームに直面したという医師が、「医師と患者の契約は必ず病気をよくするといったものではなく、医師は最善を尽くして診療にあたるというのが約束である」とのごく常識的な発言をしたところ、「それを病院が言ったらアカン」とかみついた女性タレントがいたらしく、ネット上で結構話題になっていたみたいだ。

日本では、医師や教師に無限努力を要求しても文句は言われないだろうという風潮があって、時に上記の女性タレントのようなトンデモナイことを言い出す人が出てくる。医師は病気を治すのが商売とは言え、患者に費やすエネルギーには限りがあり、限度以上のことはできない。ましてや、一人の患者に費やすことができる時間とエネルギーはごくわずかしかないのは当然であろう。

難しい病気の患者が、主治医は全身全霊を挙げて自分の治療に臨んでほしいと思うのは、ごく素直な感情であるし、主治医もそういったフリくらいはするであろうが、これはあくまでもファンタジーなのだ。患者はともかく、医師だって病院を離れれば市井の人であって、離婚協議の最中だったり、子供の出来が悪くて頭を痛めていたり、給料がもう少しいい病院に転職しようかと思っていたり、このところ、体の調子が今一つで精密検査を受けようかどうか迷っていたりするわけだ。

患者が自分の病気で頭がいっぱいなように、医者も自分のことで頭がいっぱいかもしれないのだ。しかし、患者を診ているときは、多くの医師は患者のために最善を尽くすというファンタジーを演じているに違いない。もちろんファンタジーだからいけないと言っているわけではない。主治医が自分のために最善を尽くして頑張ってくれているのだから、この医師にすべてを任せれば、病気はきっと快方に向かうと思っている患者は、医師を疑っている患者よりも予後がいい事は大いにあり得る。精神状態は病気の症状をかなり左右する。まあ、プラシーボ効果の一種だけれどね。

しかし、ファンタジーは現実とは違うわけで、頭の片隅で現実を直視することも必要なのだ。医師を信じて病気が治ればメデタシメデタシだが、どんな病気でも正しい治療をすれば治るはずだと信じている人は、はっきり言ってアホという他はない。

現代医学の進歩は著しく、怪我や多くの感染症は治るようになった。たとえば、少し前までは不治の病だと考えられていたAIDSも感染後・発病前ならば、特効薬のおかげで、感染していない人とほぼ同じ寿命を全うできるようになった。一方、転移しているがんや、老化に伴う多くの病気はほとんど治らないと言ってもいい。時に、必ず治るよと気休めを言う医師もいるが、患者がこの言葉をファンタジーだと思わずに、マジで信じると話はややこしくなる

本当に治ると信じていた患者は、治らないようだと思ったとたん医師を恨むようになりかねない。そこで、前述のように「治らないから治療費返せ」という話になったりする。それで、医師の方も用心して、100%治るとは言わなくなる。感染症やくも膜下出血のように治療効果が著しい病気は、100%治るとは言わなくとも、「最善を尽くしましょう」と自信をもって請け負う場合もあると思うが、転移したがんのように治療をしても治らない病気の場合は医師の対応は様々であろう。

近藤誠氏のように無治療を勧める医師も稀ながらいるだろうが、ほとんどのがん治療専門の医師は、「治療をしても治りません」と言うと、おまんまの食い上げになるので、治療をすれば、治る可能性もないわけではない、あるいは延命できるかもしれない、あるいは症状が多少緩和されるかもしれない、と言って、手術や抗がん剤の投与を勧めるだろう。無治療ではお金にならないので、高価な治療を勧めるわけだ。

一方、患者の方としては、無駄な治療や有害な治療をされたらかなわないので、ある程度の医学的な知識を持つことが必要となる。たとえば、血液のがん以外には、抗がん剤はほとんど効かないことを理解していれば、抗がん剤を拒否することができる。とりあえず、無治療で様子を見るという選択肢は悪くないと私は思うが、多くの人は何もしないで様子を見るという事に耐えられないのだ。

もちろん、有効だと判断したら、しばらくは、信頼した医師に任せれば治る、というファンタジーを信じる知恵と余裕も必要だろう。必ず好転するとは限らないが、それは仕方がない。ところが、ファンタジーと現実の区別がつかない人は、絶対に治してくれと医師に文句を言って、正しくないクレーマーになってしまう。(メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』より一部抜粋)

image by:Shutterstock

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