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権力チェック放棄。安倍総理「提灯記事」を書いたNHK記者の実名

文藝春秋10月号に掲載された「安倍総理『驕りの証明』」なる記事。寄稿者がNHK局内でも極めて官邸サイドに近いと噂される女性記者とあってその内容に注目が集まりましたが、メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者・新 恭さんは「首相賛歌であってジャーナリストとしての気概が伝わってこない」とバッサリ切り捨てるとともに、件の記者がこの記事を発表した裏事情を記しています。

NHK記者が書いた「安倍総理『驕りの証明』」なる賛美記事

安倍首相は気に入った記者をとことん大事にするらしい。お仲間サークル加入を許されると、それはそれは素晴らしい気分だろう。国家のトップが酒食をともにしながら本音を囁いてくれることもあるのだ。

挫折期も含めて15年もの間、そのサークルを離れず、安倍政治への批判的視点を閉ざしてきたように見えるNHK政治部岩田明子記者解説委員)がどういう風の吹きまわしか、安倍批判めいた記事を文藝春秋10月号に寄稿した。

タイトルは、「安倍総理『驕りの証明』」。文藝春秋誌の表紙にまで見出しが掲出された目玉記事だけに、中身への期待は膨らむ。

読み始めるとすぐ、気になるくだりがあった。

安倍政権はなぜここまで凋落してしまったのか。15年間にわたり安倍を取材し続けてきた私には、その原因が安倍の「驕り」にあると思えてならない。

なにか独自の見方でも発見したかのような書きぶりである。だが、そもそも「驕り」は安倍首相自身が反省の言葉として使ったものだ。

安倍晋三首相は5日、読売テレビの番組で、学校法人「加計学園」獣医学部新設問題をめぐる自身の国会答弁について改めて反省の言葉を述べた。「政権発足以来、目の前の仕事に全力を尽くしてきた。少しずつ成果が出てくる中で、たしかに、自分の気持ちの中に驕りが生じたのかもしれない。それが答弁の姿勢に表れた」と述べた。
(8月5日産経ニュース)

安倍首相は、権力の私物化、乱用といった重大事を、自身の態度姿勢の問題にすり替えた。そのために「驕り」という言葉を使ったとも思える。

岩田氏の言う「驕り」は、安倍首相のそれとは無関係だろうか。何らかの暗黙の合意の言葉として用いているのではないか。そう疑いつつ、ページを繰る。

案の定、出てきたものは「安倍賛歌とさえいえる内容だった。

表面の「薄皮」の部分にこそ「驕り」批判めいた辛口の薬味をまぶしているが、中身の餡子でちゃっかり安倍政権の成果を宣伝する。巧妙な仕掛けと大甘の味付けだ。

国会での無法とも思える強行採決で世間の顰蹙を買った安保関連法案についても、こう書く。

怒号やデモ、シュプレヒコールの最中であっても、丁重な国会審議を国民にアピールしようと務めた。(中略)少しでも多くの野党の理解を得ようと法案の修正も続け、最終的には与野党あわせて五党の賛成を得て、法案を通過させた。(原文通り)

この場合、野党と言っても次世代の党、日本を元気にする会、新党改革だ。自民党の補完勢力の賛成をもって、「理解を得ようと法案の修正も続け」と言うのは、政権側のプロパガンダに与しているだけのこと。ジャーナリストとしての客観的な見方ではない。

では、岩田氏は肝心の「安倍の驕り」について、どう言及しているのか。第一に指摘するのは閣僚人事だ。

安保関連法の強引な成立で安倍内閣支持率は一時落ち込んだが、その後、「1億総活躍社会の実現」「介護離職ゼロ」などの政策で支持率が回復し、危機を乗り切った。その成功体験が「驕り」につながり、2015年10月と翌16年8月の内閣改造に現れた。「適材適所」より「入閣待機組」への配慮を重視したため、稲田朋美防衛相金田勝年法相今村雅弘復興相らの問題が起きた。ざっとこんな具合である。

たしかに安倍首相には、自分や官邸の主要メンバーがいればどうにでもなるという「驕り」があっただろう。そのために、派閥の意向を重視し、組閣の充実をおろそかにした。

しかし同時に、岩田氏は「2016年は外交で頂上を極めた」と、安倍外交を絶賛しているのだ。そのうえで、2017年に発覚した森友・加計疑惑と大臣たちの失言、失態をひとくくりにし、次のように述べる。

安倍がこれまで築き上げてきた地球儀俯瞰外交が、国内問題で足元をすくわれることで機能不全に陥っている。

まるで安倍総理が「国内問題という他者の被害者であるかのような言い回しだ。その「国内問題」は安倍総理に起因しているのではないか。支持率急落の本質的な原因は、安倍総理自身の「権力の私物化にあるのではないか。

森友・加計問題について、「総理自らが招いた」と岩田氏は抽象的に言及しているものの、これに深く切り込むことは避けている

岩田氏の言いたいことはおそらくこうだろう。これまで外交面を中心に実績を積み上げてきたのに、できの悪い大臣や森友・加計問題のせいで台無しになってしまう。これも、成功体験から来る「驕り」ゆえであり、反省が必要である。

そして、唐突に出てくるのが、支援者宅の仏壇に手を合わせるうちに安倍総理が思い出したという座右の銘だ。「人に感謝し、人に祈る心を持て」。

真摯に反省する安倍総理の姿を、読む人にイメージしてもらいたい、ということだろうか。

「驕り」批判に見せかけながら、できるだけ安倍官邸の怒りを買わないよう配慮した記事とも、いえるだろう。

今年8月3日の内閣改造にともなう記者会見で安倍首相は「まず改めて深く反省し…5年前、私たちが政権を奪還した時のあの原点にもう一度立ち返り、謙虚に、丁寧に、国民の負託に応えるために全力を尽くす」と語っている。

これで分かるように、「驕り」を反省し謙虚に国民に向き合うという文脈は、いわば安倍官邸公認であり、岩田氏の直言とはおよそ言いがたい

岩田氏がジャーナリストとしての矜持と勇気をもって、安倍政治に物申したという気概は伝わってこないのである。

まずは、そのように冷徹に見たうえで、なぜ岩田氏が今回のような安倍批判含みの文章をしたためたのか、背景として考えられることを挙げてみたい。

加計学園疑惑についての、NHK政治部と社会部の軋轢がその一つだろう。

加計学園の獣医学部新設をめぐる文科省のメモ文書について、最初に前文科省事務次官、前川喜平氏にインタビューしたのはNHKの社会部だった。しかし、その映像は筆者の知る限り、いまだに放送されていない

文書を入手したのもNHK社会部が一番手だったが、「官邸の最高レベルが言っていること」の部分が消されて放送された。アナウンサーがそれにふれることもなかった。

NHK報道局長、小池英夫氏の指示だという見方もあれば、今年4月にNHK会長賞を受賞し、局内で影響力を増している岩田氏が安倍官邸の怒りを避けるため、そのネタを握りつぶすよう小池局長に働きかけたのでは、と推測する向きもある。

いずれにせよ、社会部にはスクープを反故にされた恨みや不満が残っているだろう。

岩田氏にしても「安倍首相の御用記者」と、蔑みや妬みの混じった目で見られ、局内で風当たりが強まるのを感じていたのではないか。権力に食い込むのはいいが、権力の走狗となるのは恥ずべきことである。いかに岩田氏でも忸怩たる思いがあるにちがいない。

政治権力と癒着しやすい政治部記者、財界人と懇ろになりやすい経済部記者、警察や検察からネタをもらう社会部記者…それぞれに権力と無縁ではいられないが、岩田氏としては局内外から聞こえてくる「御用記者の定評を払拭するために、今回の記事を書く気になったのではないだろうか。

安倍首相の天下がいつまでもつか、不透明になってくると、仲良しサークルの記者たちも、先のことを考えざるを得なくなる。これまでは安倍のお気に入りとして局内で優遇されてきたが、色がついたままでは…という計算も働くだろう。

だが、岩田氏の勝負記事「安倍総理『驕りの証明』」は、残念なことに、「御用記者の域を出るものではなかった

岩田氏の記事を読んで、安倍首相はどう思うだろうか。エールと受け取るのか、反旗と映るのか。「驕れる者久しからず ただ春の夜の夢の如し」。人の世を達観する心の静寂もまた、生き急ぐ人には必要かもしれない。

image by: 首相官邸

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