モリカケ騒動や消費増税などで批判を集めながら、いまだ熱烈な支持を集める安倍政権。その刺客として代表就任を発表した「希望の党」の小池百合子都知事。その小池氏からNOを突きつけられた枝野氏ら立憲民主党メンバー。混迷を極める政局が衆院選でどのような動きを見せるのか、メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』の著者で在米作家の冷泉彰彦さんが、ジャーナリスト目線で「大胆予測」を記しています。
波乱の衆院選を多角的な観点から検証してみる
公示直前の状況としては、「立憲民主の健闘で野党票が割れ、自公有利か?」というストーリーの報道が高まっていますが、とりあえず「大きな波動の一つ」と見ておくのが正当と思います。
ちなみに、今回の選挙では賢い有権者の場合に「小選挙区」と「比例」で別のグループに票を分散しそうな雰囲気があるのと、一連のスキャンダル報道を受けて「個人のイメージ」が重視されるということが強まっていると思います。その意味で、比例の名簿を見てみないと、大雑把な予想も難しいのではないでしょうか。
小選挙区に関しては、本当に「三つ巴」が起きるのかというと、これは本当にケースバイケースになるように思います。30、20、20という票の分散があった場合には、投票までに何らかの合従連衡工作がある可能性があるということが一つと、希望の場合は「重点的に狙う選挙区」もっと言えば「闇の刺客を放って何が何でも落とす」という狙いをつけた選挙区も出てくるように思うからです。
いずれにしても、10月22日などという「遠い未来」のことは現時点では予測がつかないのですが、更にその先についても、私としての願望を込めた見方をここで申し上げて置くのであれば、
「自公は、安倍退陣となる程度には負け、一本釣りで衆院多数の帳尻合わせができるぐらいには勝つ」
「禅譲で岸田首班、石破は党を出る決断をせず」
「小池は岸田政権に反発、その場合は右からの批判になる可能性」
「善戦した枝野も自公批判に走るが、イデオロギー的にやり過ぎて、なおかつ共産党とシンクロし過ぎて支持は低下」
「岸田総理でトランプ来日に対応し、日米は習近平を引き込んだ上で北朝鮮問題を解決のスキーム実現へ」
「小池は右から反発を強める」
という感じで2017年は幕を下せれば御の字という感じです。10月15日前後に中国は党大会があり、向こう5年間の常務委員が決定します。同時に習近平の権力も改めて確定するでしょう。この動きを受けて、年内に米中が連携して、北朝鮮危機を「カネで解決」するのではないか、あくまで予想ですが私にはそのように思われます。
その先のシナリオ(思考実験)
仮に2017年の年末に北朝鮮問題をカネで解決できれば、株と景気には追い風になるでしょうし、そうなればトランプの中間選挙勝利も展望に入ってきます。
ですが、問題は2018年に入ると、国際情勢としては北朝鮮ではなく中東が怪しくなる可能性があることです。トルコの動揺、クルドの悲劇的な孤立、何としてもトラブルを大爆発させて原油価格を上げたいサウジとロシアというような、各プレーヤーの思惑を前提にすると、どう考えても「トラ(大統領)=レックス(国務長官)」はマネージできていないからです。
北朝鮮を軸としたトラブルに関しては、日米中、更にロシアに韓国、この5つのプレーヤーの利害は基本的に一致します、つまり「何とか現状維持、それがダメでもできる限り穏便に」ということで、5者にそんなにブレはありません。
ですが、中東に関してはそんな甘い状況ではないと思います。5つぐらいの未知数を抱えた多元多次連立方程式で、基本的に全てを満たす解はないからです。
仮に2018年前半に新たな中東危機の場合、2018年の中間選挙はトラが思い切りタカ派的に振る舞って共和党辛勝、一方で株や景気はクラッシュして、世界経済は難しくなるかもしれません。
そのタイミングで、小池さんは思い切り「ホーキッシュ(タカ派的)」なアプローチで、それこそシリア=トルコ戦線に自衛隊を出せぐらいの言い方で、攻めて来る可能性があります。
そこで、初めて(本当はもっと早く気づいて欲しいのですが)枝野さんが共産党と決別して、実務家を引き連れて岸田さんのグループに合流する、その上で、
「小池グループ・・・・・・中東に深く関与」
「岸田・枝野グループ・・・専守防衛を堅持」
という対立軸になって、世論としても少し冷静な判断ができるようになる、そんなシナリオが一つ描けるのではないでしょうか。
財政規律に関する対立軸のあり方
少々先のことまで想像力を巡らせてしまいましたが、では、改めて今回の衆院選について、現在の情勢では対立軸の方向性はどうなっているのでしょうか?
まず、「財政規律か、短期的な景気刺激か?」という問題ですが、以前の民主党的な「緊縮+財政規律」という主張は、主だった勢力はやっていません。違いがあるとしたら、自公は10%への消費税引き上げで「子育て支援」をやると言っている、これに対して希望も立憲民主などは「税率アップはやらない」という姿勢だと思います。
悪く言えば、財政規律を投げ出しているという風にも見えるのですが、これには理由がないわけではありません。まず日本の国家債務はGDPの100%を超えて危険水域だというのは変わりませんが、他の国、特に米欧の財政規律が緩みつつある中で、日本は「相対的には優等生」になっているのです。
ですから、仮に国際市場からファイナンスをするという場合も、著しく不利な条件にはならないと思われます。勿論、人口減を前提に財政を良くする必要はあるのですが、切迫した問題ではないということです。これが、「財政規律問題」が争点になっていない理由だと思います。
もう一つ埋没しているのが「都市と地方」という対立軸です。小池さんのところは、確信犯的に「都市型の小さな政府論」であり、地方に関しては「道州制で更にリストラを進める」という厳しい姿勢です。では、自公はというと、地方創生を言っている割には具体案が乏しいようで、今回の選挙戦としては、それほど盛り上がりそうもありません。
ただ、地方の問題に関しては参院では大きな問題になるので、2019年の参院選へ向けては議論は活発化するかもしれません。仮にそうだとすると、少々遅すぎる観もありますが。
ジェンダーの問題
小池さんは自身が女性ですが、その割には「希望」の女性候補は少ないということのようです。こちらは、女性を立てることの話題性がある分、当選後にスキャンダルが出ると全部が帳消しになるという昨今の世相を考えて、リスク回避をしているのではないかと思います。
その点では自民党も似たような事情があり、結局はスキャンダルを面白おかしく報道することが、女性政治家の活躍を阻んでいるという感じが否定できません。
ジェンダーの問題に関しては、皇位継承問題が気になるところです。安倍さんは「男系派」ですが、小池さんは小泉直系ですから「女帝、女系容認」ではないかと思います。但し、この点については選挙では争うことはないのではないでしょうか?
参院という水面下のファクター
とにかく、参院の定数は242で過半数は122ですが、その中で自民党が125と単独過半数。これに加えて公明が24持っているわけです。例えばですが、民主党が思うように政権運営ができなかったテクニカル要因としては、自民党が強い参院のために「ねじれ国会」に苦しんだからです。
政治のプロ中のプロである小池さんは、このことを知り尽くしているでしょう。ということは、選挙後の合従連衡においても、参院の数合わせが常に「ウラの計算」として動いていくことになると思います。
BI論の落とし穴
小池さんの提案の中で「BI(ベーシックインカム)」を出してきたのは興味深いです。例えば小池氏自身がインタビューの中で次のように語っています。
今、AI、人工知能の研究がかなり急速に行われて、加速度的に行われて、それがいろんな分野に取り入れられつつございます。そういったなかで、AIが人に代わるといったような産業もこれから多々出てくるということを想定いたしますと、これまで働いておられた方々の働き場所における仕事そのものが変わっていくということを想定したなかで、このベーシックインカムというのを考えている。よって今日、明日すぐに導入するというものではありませんけれども、しかしこのAIの加速度的な、社会における存在が高まっていくにつれて、すでにこのベーシックインカムという考え方、これについて真正面から考え検討を進める必要があるのではないだろうかということでございます。
(10月6日の『希望の党』政策会見から)
人間の仕事がAIに取って代わられるかもしれない、その場合に備えて誰もが生活できるように、「ベーシックインカム」を用意する・・・ストーリーとしては良心的に見えます。
ただ、AIが実用化されるので「ベーシックインカム」というのは、要するに「ベーシックインカム」を受け皿として解雇規制を外すということに他なりません。
そこまでは合理性はあると言って良いと思います。ですが、問題はそこから先です。「日本の経済の仕組みをAIが人間に代わることで、生産性が上がっていくように変えて行けるのか?」それとも「一種の勤勉性カルチャーを失って日本経済は崩壊へ向かうのか?」ここは、実行に当たってのマネジメントのセンスが問われるように思いますが、その判断材料は余りにも乏しいのが現状です。
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