今年のプロ野球のセリーグは2年連続で広島カープが優勝しました。ところで、カープ=鯉で盛り上がっているのは広島だけではないようで、信州長野県でも「鯉」が人気なのだとか。今回ご紹介するのは長野県善光寺市にある、全国的にも珍しい「鯉焼き」を提供する和菓子屋さん。なぜ、鯛焼きではなく鯉焼きなのか?そこには地元長野の伝統を活かした深い理由があったのです。
藤田九衛門商店(長野市)
広島東洋カープが2年連続でリーグ優勝を飾った数日後。
長野市善光寺近くの路上にあるお店の「広島カープ、優勝おめでとうご座います!」という貼り紙を見かけ、広島出身のカープファンとしては見逃してはならぬ!とココロのセンサーがビビッと働いた。
すかさず、長野在住のカープファン?それとも広島出身の方がやっておられるの?と、戸を開けた。
それが日本でも珍しい鯉焼きを製造・販売する藤田九衛門商店との出会いだった。
お店の外観
お店のご主人、藤田治さんに開口一番、カープ優勝についての貼り紙について尋ねると「あのー、広島出身ではないですけど(笑)ウチは鯉焼きだから『鯉』つながりで優勝を喜んでおりまして、錦鯉という鯉焼きを作ったんですよ」とのこと。
カープ優勝を記念した鯉焼き「錦鯉」
なるほど。しかし、なぜ鯛焼きではなくて鯉焼き?
「長野は海がないから鯛焼きではなくて『鯉焼き』かな、と思って。長野ではお祝いの席で鯉を食べる習慣があるんですよ」とおしえてくださった。
藤田九衛門商店は2013年に開業。お店の鯉焼きは「垂水(たるみ)」と名付けられ、店頭の奥で丁寧に焼かれている。
鯉焼きの包みも美的
生地に使っている小麦粉は信州産のしゅんよう、餡には戸隠や飯綱で生産された花豆などを使用するなど、地元長野産にこだわり、吟味された材料で作られる。
お店の鯉焼きは今にも鯉が天まで跳んでいきそうな意匠が印象的。
焼型の原型となった木型を見せていただいたが、それはまさに芸術品。こちらは仏師に依頼して作っていただいたものだそう。「食べる前に鯉焼きの皮を愛でる」というお作法を行いたくなるほど、凛とした美しさを感じる。
鯉焼きの後ろにあるのが仏師の手による木製の原型
さっそく、お店でいただいた鯉焼きは季節限定のナガノパープル入り。
アンコとブドウの組み合わせはお初の体験!
セミドライのナガノパープル入りの鯉焼き
まろやかな花豆の餡と少し酸味のあるブドウが口の中で溶け合い、やさしさを感じる。「新鮮なナガノパープルだとすぐに果肉が崩れてしまうので、少し乾かしたものを使っています。セミドライの方が餡に馴じみやすくなるんですよ」と、藤田さん。
インバウンドの波は善光寺にも押し寄せ、鯉焼きを食す外国人ツーリストも増えた。「白人、黒人、ヒスパニック系はアンコに馴染みが薄いです。台湾、タイなどアジア諸国の人の方に受けが良いですね」。
見た目もお味もセンスある鯉焼きを作られる藤田さんは、軽井沢で出張料理人兼、出張和菓子職人として活動されていた方。代々、藤田九右衛門(きゅうえもん)の名を受け継ぎ、先々代のあだ名が「くえもん」さんだったことから「右」の字を省略して藤田九衛門商店と名付けた。
鯉焼きをのせた器も美しい
「佐久鯉」で知られる軽井沢で働かれている時に鯉をモチーフにした和菓子を7年前に考案。そして善光寺の門前町で開業するまでの準備期間は1年間だったと藤田さんは振り返る。
「ここには善光寺門前で既に開業していたアーティストの誘いで来ました。実は開業3か月前まで、今の店舗とは違う物件を居抜きで使わせて頂く予定でしたが、大家さんの事情で他のところを探すことになりました。なんとか今の物件に落ち着きました(笑)」
趣のある店内
古民家の店舗は「古き良き」という空気がたなびき、茶道具が置かれたお店のしつらえが粋だ。それらが旅する者の心を落ち着かせる。
実は善光寺の門前町は古民家や蔵、使っていない工場などをリノベートしてカフェやレストラン、書店、ゲストハウスなどに活用されており、その建物再生術が注目を集め、見学に訪れる人も多い。
鯉焼きを食す前日にたまたま見つけた「カネマツ」は、元は農業用ビニールシートの加工場で、数年前にリノベーションを行い、今ではその広い空間にカフェや書店、オフィスなどが入居する。門前のメインストリートは善光寺への参道だけど、そこから脇道に入ってみると藤田九衛門商店など、古い建物に息を吹き込んだ個性あるお店を発見できる楽しみがある。
古い建物を活用する地元の人、その人たちが行う活動を楽しみに訪れる人。それらが両輪となって地域が活性されるのだろう。地元の人とのつながりや地域の活性について「藤田家の先祖は近江商人で、家訓の“三方良し“の精神を実践したいと思っております」と藤田さんは語る。
鯉焼きはプレーン(紫花豆餡)190円〜各種。期間限定で11月から和栗鯉焼き、12月から紅玉りんご鯉焼き、信州柚子味噌鯉焼き、1月から甘酒鯉焼き(各250円)がお目見えする。
垂水と名付けられた鯉焼き
「遠くとも 一度は参れ 善光寺」といわれる善光寺参拝の際は、門前でしか味わえない鯉焼きをぜひ楽しんでほしい。
藤田九衛門商店サイト
ジモトのココロ