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政策が変わると国も変わる。日本がスウェーデンを見習うべき理由

ヨーロッパ諸国で当たり前となっている「リカレント教育」。就労と並行して新しいことを学んでいくというこのスタイルは移民たちからも絶大な支持を得ています。個人のみならず国そのものを変えていく画期的なスウェーデンの若者政策を、メルマガ『メルマガ版 Tatsumaru Times ブログでは書けないぶっちゃけ欧州最前線!』の著者でスウェーデンの若者政策を専門とする研究者のたっぺいさんが、わかりやすくレポートしています。

日本の若者の生き方を多様にするにはどうしたらいいか? 

あるヨーロッパの若者のライフスタイルからみる日本でリカレント教育が流行らない理由 

最近、各地でスウェーデンの若者政策について紹介する機会を多くいただく。

18歳選挙権が実現したことや、学校以外のサードプレイスとしての子ども若者の「居場所」の必要性などが高まっていることを受けて、私が研究してきた スウェーデンにおける若者の「社会参加」 というテーマと合致しているからだ。

まず、スウェーデンの若者の投票率が高いことにを入り口に、社会参加意識の高さ、そして若い政治家の多さ政策形成過程における若者が参画できていることを紹介する。そして、現場レベルにおける若者団体の取り組みや、若者が集まれるよか活動施設の様子を紹介し、これらを支えるスウェーデンの若者政策や、その歴史的発展、文化、マインドセットなどをつけ加える。

例えば先週金曜日のあるNPO法人のイベントで 使用したスライドはこのようになる。

スウェーデンの若者が社会参加できているのは、これらの要素に加えて、彼ら彼女らの流動的・複線的ライフスタイルを許容できる社会保障政策の充実があることは明らかだ。つまり子どもから大人になる「移行期」における若者の生き方が、かつて以上にバラバラなのである。それはちょうどこれまでの人生設計が、電車のレールのように一本線だったのが、自動車道のように「曲がりくねった道」となったように。

ちょうどこんな具合にである。

あるスウェーデンのドイツの若者のライフプラン

こんなことがあった。

私は、ストックホルム大学修士課程に通っているときに現地の教育系アプリを開発するIT会社で、国際部門で働いていた (職務内容はまた後日)。私の就職を助けてくれた国際部門のリーダーのドイツ人のKには大変にお世話になっており、公私を分けずに良い仲であった。

その彼とある時、帰りの地下鉄で一緒になった。最近の身の上話をしていたのだが、彼はリーダーの仕事をしながらも最近は、大学で教員になるための授業を受講しているとのことだった。IT業界の流動性は非常に高いので、いつ仕事がなくなってもおかしくない。然るべき時に備えて、資格を取っておこうというわけだ。ちなみに彼は、ドイツ人でストックホルム大学へエラスムス留学中(EU圏内の留学協定)に、スウェーデン人女性と出会い、そのまま同棲をはじめストックホルムにて生活を始めた。スウェーデン語の授業をクリアし、スウェーデン語だけで仕事ができるようになった彼は、このIT会社に雇われ、ドイツ語版のアプリの製作に携わる。そのアプリがドイツで大ヒットして彼の腕が買われて、国際部門のリーダーとなったのだ。

なぜ移民のスウェーデン語授業は無料なのか?

彼のこのキャリアにはいくつかポイントがある。まず、彼がドイツからの留学生だったという点である。1999年に結ばれたボローニャ協定のおかげで、EU圏内の高等教育における単位の互換性が保障された。この統一化により、今まで以上に協定国間同士での留学生や研究者の行き来がしやすくなった。ドイツからスウェーデンへの留学生は非常に多く、留学生のパーティにいってもドイツ人ばかりの時も多々ある。学費は協定国内からのスウェーデンへの留学なので無料。このおかげで彼は、スウェーデン留学が容易にできたのである。

次に移民統合という文脈である。Kが受けたスウェーデン語の授業はおそらく、民衆大学で開講される移民向けのスウェーデン語SFI(Swedish for foreginer)であるが、これは同棲ビザ(スウェーデン語でサンボという)や就労ビザを取得した外国人が受けられるスウェーデン語講座であり、授業料はかからないのだ。(日本人の留学生が大学で受講する授業とは別物である)語学をすることには金を払うことが常識な国である日本から来た私は大変驚いた。

移民のためのスウェーデン語の授業が学べる施設

さらに、驚かされたのは当時、このスウェーデン語の授業のレベルをある一定期間内に修了すると 「ボーナス (sfi bonus)」が受け取れたのである。 SFIの授業は、いくつかのレベルに分けられるが、それぞれのレベルを一定期間内に修了すると6000~12000sek (82000円~165,000円)のボーナスを貰えたのだ。しかもそれを何回も受け取れる。私自身は、ABCDと四つあって、Dが最上級でそれを1年以内におえたのでこの12000sek (当時のレートで16万円)を受け取った。

導入されたのは2010年であったが背景には、インセンティブを付与することによって移民のスウェーデン語習得を早める狙いがあった。2014年7月にこのボーナスシステムは廃止されたが、それには金銭的インセンティブの効果が限定的だったからだ。(記憶では、SFI成績上位のドイツ人や日本人などの「優秀な留学生」ら5%しか結局このボーナスを受け取らず、政策の本当の対象としていた難民層の人らには大して効果をあげなかったからだという)

いずれにせよ、今でもスウェーデン語の授業は無料であることが変わりがないのは、スウェーデン社会に来たばかりの移民・難民が最低限の文化的な生活を送れるようにするための権利保障のためもあるが、スウェーデン語を早期に習得してスウェーデン社会で働いてくれると税金を払うことになるので、税収面でも好循環が生まれるからという理由なのだ。 つまり、このスウェーデン語の授業はただの娯楽としての「語学」ではなく、移民の社会統合の機能を果たしているのだ。日本ではこのような発想にはならないだろう。

こうしてKもスウェーデン社会にうまい感じで統合することができ、外国人であってもスウェーデン社会で早い段階から働くことができた。

日本でリカレント教育が普及しない理由

スタディサークルが活動する施設からの眺め

最後に、リカレント教育という文脈である。リカレント教育とは教育と就労を生涯にわたって繰り返していく教育と説明することができる。リカレント(recurrent)の意味は、「current(潮流・流れ)」に戻るの意味の「re」がついたもので「反復、循環、回帰」と訳せることができ、スウェーデンの経済学者であるレーンにより提唱された。Aが仕事をしながら、教員免許の授業を受けているのはまさに就労と教育を行き来するリカレント教育である。最近になって日本でも注目されている教育概念ではあるが、いまいち広がりを見せないのはなぜだろうか。

スウェーデン社会でこれを容易にしている要因には、有給教育訓練制度の保障と労働時間が短いことがあげられるだろう。教育訓練を受ける目的で、有給で一定期間職場を離れることを認めることが「有給教育訓練制度」であるが、フランス、ベルギー、イタリア、スウェーデンなどでは既に立法化されているが、日本ではまだのため、この制度がある企業は厚生労働省の調査によれば全企業の数%にすぎないという。この制度が一般的ではない日本においては、大学への社会人入学制度や通信教育、自治体の生涯学習講座の受講などにとどまるのだろう。

また、そもそもの労働時間が長すぎることもまた、リカレントしたくてもできない要因であることは明らかだ。静岡県立大学で講義したときにこんなクイズを出してみた。

スウェーデンの会社員(男)の帰宅時間の平均は何時でしょう?

A:18時

B: 19時

C: 20時

D: 21時

正解は…Aである

これは 平成21年度に実施された調査結果であるが、今でも数字は大して変わらないであろう。男性・女性で帰宅時間は異なるが、スウェーデンの場合、午後3時から6時に帰宅時間が集中するのに対して、日本は、「家にいる」が4割超えなのに驚かされる。フルタイムで働く女性の場合は、4割が午後6時には帰宅できているが…。

日本人男性の帰宅時間は、午後9時10時に集中しているが、このような状態でいつ教育にリカレントすることができるというのだろうか。そもそもも余暇の時間があまりにも少なく、かつ金銭的な支援もない中でリカレントを促すことには無理があるように思う。Kに話を戻すと、就業と教育を行き来することができるのは、スウェーデン社会において、そもそもの労働時間が短いことと、有給教育訓練制度によるキャリアアップのための教育機会が確保されているからこそなのだろう。加えて、スウェーデンは成人が余暇の時間に学びの場を自己組織化する活動であるスタディーサークルの伝統があり、政治的にも大きな影響力を持っているので教育にリカレントしやすい社会であることは明らかだ。

このように、Kはドイツ人という外国人でありながらもスウェーデン社会で就労し高い税金を納め、今では別のキャリアチェンジも模索するくらいになっているのである。このような国を超えて、言語の壁を超えて、就労と学習を行き来するような多様な生き方」を実現するには、単に「個人の意識」の問題ではなく、それを下支えする制度を整備することが必要であることがわかる。

このシリーズの続きでは、日本の大学生世代に当たるスウェーデンの若者の「ライフコース」を描いてみたい。

image by: Shutterstock.com

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【著者】 たっぺい 【月額】 ¥550/月(税込) 【発行周期】

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