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中国への軍事的牽制か。トランプが突如INF離脱を表明した理由

1987年、アメリカのレーガン大統領とソ連(当時)のゴルバチョフ書記長との間で調印された、中距離核戦力全廃条約(INF)。そんな「軍縮史上における画期的な条約」と言われるINFの破棄をトランプ大統領が表明し、世界各国から批判の声が上がっています。北朝鮮に核廃棄を迫る中、なぜアメリカはこのタイミングで条約から離脱するのでしょうか。ジャーナリストの内田誠さんが自身のメルマガ『uttiiの電子版ウォッチ DELUXE』で、この件を伝える新聞各紙を詳細に分析しています。

米国のINF条約離脱を新聞各紙はどう伝えたか

ラインナップ

◆1面トップの見出しから……。

《朝日》…「米、中距離核全廃 破棄へ」
《読売》…「強制停電量 拡大を提言」
《毎日》…「米、INF条約離脱」
《東京》…「米、核廃棄条約離脱を表明」

◆解説面の見出しから……。

《朝日》…「核の歯止め 失う恐れ」
《読売》…「ガソリン価格 高止まり」
《毎日》…「タガ外れる核軍縮」
《東京》…「卓球任期 広がるか」

ハドル

各紙、米国のINF条約離脱を大きく取り上げています(8項目中5)ので、これをテーマとします。

基本的な報道内容

トランプ米大統領は、冷戦時代の1987年に米国と旧ソ連が結んだ中距離核戦力全廃条約を破棄すると表明。ロシアによる条約違反があると主張。近くボルトン大統領補佐官がロシアを訪問し、条約廃棄を伝える見通し。ロシアは強く反発

米国は近年、ロシアが条約に違反して禁止された兵器の開発を行っているとし、また中国が条約に加わっておらず開発を続けているとして、問題視していた。トランプ氏は条約で禁止された核弾頭搭載可能な地上発射型中距離ミサイルについて「我々はこれらの兵器を開発しなければならない」と述べた。軍拡競争加速の恐れも。

競合する大国を敵視

【朝日】は1面トップに2面の解説記事「時時刻刻」で対応。見出しから。

1面

2面

uttiiの眼

2面「時時刻刻」。いつものように、時系列的な問題関心から。まず、この条約が70年代にソ連が欧州に照準した新型中距離弾道ミサイル「SS20」を配備し、対抗して米国も欧州に地上発射式巡航ミサイルを配備したことに端を発すると説明。ゴルバチョフ書記長が85年に就任し、核軍縮の気運が高まり、そして調印された画期的な条約だったとする。ところが近年、ロシアが地上発射型巡航ミサイルの発射実験を行い、これを条約違反としたオバマ政権が書簡でプーチン大統領に違反を指摘していたという。

また、条約に加わっていない中国は自由に中距離ミサイルを開発しているとして、ボルトン補佐官らが政権内で問題にしていたという。

ロシアは強く反発している。米国が「条約違反」とする「ノバトール9M729条約が禁ずる射程500~5,500キロのミサイルではないと主張。米国は中国が条約に入っていないことを問題にするが、ロシアこそ「条約の多国間化の必要を指摘したのであり、米国は条約改定の提案をしたこともないという。

記事には、「核と人類取材センター」の記者による短い解説が付いている。今回の条約破棄表明は「オバマ前政権からの方針転換にとどまらないと重大視、条約は「冷戦終結のきっかけとなった極めて重要な条約」だとする。またトランプ氏は、ロシアや中国という「競合する大国を敵視する方針に転じたとして、今後への更なる悪影響を懸念。新START新戦略兵器削減条約の期限延長交渉でも、これまでは延長に応じる姿勢だったロシアが姿勢を変えるのではないかと心配している。

トランプ氏の「米国第一主義」と「オバマ政策の打ち消し」路線に力を得て、ポンペオ氏とボルトン氏という強硬派が勢いを増している。彼らの3人の頭の中には、核による脅迫をロシアや中国その他の国々に突きつけ、それぞれとの関係を米国有利に展開しようという野望があるのかもしれない。以前から、核の先制使用の可能性を公言してきたプーチン氏の存在を考えると、これはやはり、新たな核軍拡が始まると考えたほうがよいのかもしれない。

条約は欧州の安全保障の礎だった

【読売】は1面左肩と6面の関連記事。見出しから。

1面

6面

uttiiの眼

《読売》は1面の記事で、今回の条約破棄表明には「米中間選挙を控え、『米国第一の外交方針の実行力をアピールする狙いもありそうだ」と深読みをしている。

6面記事は、内容が未整理の感をぬぐえないが、ロシアの反発や欧州の戸惑いについて、何点か、興味深い指摘がある。

1つは、リャプコフ外務次官が、実際に条約が破棄されれば「軍事的なものを含む対抗策を講じる」と報復措置を示唆したが、同時に「米国が実際に破棄するかどうか測りかねている」とみられていること。また、米国が2016年にルーマニアに配備した「イージス・アショア」は「巡航ミサイルを搭載すれば攻撃用に変更できるため、条約違反だと米国を非難してきたこと。さらにNATO諸国は条約が「欧州の安全保障の礎(いしずえ)」であり、冷戦時代のようなミサイル開発競争が再燃するのではないかと危惧していること、など。

《読売》は4紙中最も扱いが小さいといっていいが、ロシアも米国の条約違反を指摘していたことなど、興味深い事実も提示している。

条約破棄の効果は「限定的」

【毎日】は1面トップと3面の解説記事「クローズアップ」。見出しから。

1面

3面

uttiiの眼

《毎日》1面の記事は他紙と少し雰囲気の違う記述になっている。まず、中国は保有するミサイルの9割が中距離弾道ミサイルで、米国は中国が「空母キラー」と呼ばれる弾道ミサイルの整備を進めることに強い危機感を抱いているとする。これに対抗するには、条約からの離脱が必要というのがトランプ政権の主張だ。さらにロシアに対し、米国は、条約で禁止されていないミサイルの「研究」に既に着手し、核戦略の指針「核態勢見直し」(NPR)には海上発射型核巡航ミサイルの新規導入を盛り込んだりして、揺さぶりをかけていた。だがロシアは条約違反を重ねて否定したため、今回の離脱表明につながったという理解が示されている。

6面記事は、米露中各国の思惑について、いわば「大人の議論」を展開している。4紙の解説中、最も有益かつ興味深い内容。

まず、中距離ミサイルについては、中国やインド、パキスタンに加え、北朝鮮やイランも現在は保有すると指摘。「条約に縛られる米露だけがこの種のミサイルを保有しないという皮肉な状況が続いていたと指摘している。そして、2007年当時のイワノフ露国防相はゲーツ米国防長官(当時)に対して、「西側に展開するつもりはないが、南と東、つまりイランパキスタン中国向けに配備したいと打診していたという驚くべき話。因みに、ゲーツ氏は「条約を破棄したいならご勝手に。米国は支持しません」と返答したという。ロシアはミサイルを保有する周辺諸国に対するものとして、中距離ミサイルの開発を続けていたということになる。

さらに米国にとっては、条約破棄の効果は「限定的」で、そもそも条約が禁止しているのは地上発射型だけ。潜水艦を含む艦船あるいは航空機から発射するものは対象外で、しかも米国はその種の兵器を大量に保有している。「条約を維持したままロシアへのけん制を続けた方が効果的との見方も強い」と記者も訝っている。

それでも、トランプ氏が「条約破棄」を声高に表明することの真意はどこにあるのか。この疑問への回答となるのは、やはり、《読売》が指摘していたように、米中間選挙がらみで「『米国第一の外交方針の実行力をアピールする狙い」ということではないかと思われる。

勿論、核軍拡の亢進という可能性は高いだろうが、この問題を考える上で「冷戦思考は脱却した方がよさそうだ

北朝鮮問題にも波及するか

【東京】は1面トップと3面の解説記事。見出しから。

1面

3面

uttiiの眼

1面記事は基本的に「本記」の内容だが、この条約が実際に破棄されれば、新STARTへの影響もあり重大事なので、ボルトン氏が訪露するのは、この問題を巡ってロシアが対応を改めるよう求める、一種のネゴシエーションという印象の記事になっている。

とはいえ、3面は、トランプ氏が「条約からの離脱を決めた」ことを前提に書かれている。トランプ氏が「ロシアや中国がこうした兵器の開発をやめようと言わない限り、われわれも兵器を開発せざるを得ない」と述べたことを捉え、とくに貿易戦争を繰り広げている中国に対して、「核戦力を含む軍事面でも対抗する覇権争い」があるとする。

他紙が書いていない指摘が記事の最後の部分にある。「2国間条約を破棄して核増強に走る米国に対し、北朝鮮が不信感を抱き、核・ミサイルの廃棄が一層停滞する懸念も大きい」という。確かに、この問題が北朝鮮問題に波及してしまう可能性はあるように思われる。

image by: shutterstock

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ニュースステーションを皮切りにテレビの世界に入って34年。サンデープロジェクト(テレビ朝日)で数々の取材とリポートに携わり、スーパーニュース・アンカー(関西テレビ)や吉田照美ソコダイジナトコ(文化放送)でコメンテーター、J-WAVEのジャム・ザ・ワールドではナビゲーターを務めた。ネット上のメディア、『デモクラTV』の創立メンバーで、自身が司会を務める「デモくらジオ」(金曜夜8時から10時。「ヴィンテージ・ジャズをアナログ・プレーヤーで聴きながら、リラックスして一週間を振り返る名物プログラム」)は番組開始以来、放送300回を超えた。

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【著者】 内田誠 【月額】 月額330円(税込) 【発行周期】 週1回程度

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