日本史上最大の地面師事件とも言われる、五反田55億円詐欺事件。関わった人間の逮捕が相次いでいますが、そもそもなぜ業界トップクラスの積水ハウスがいとも簡単に騙されてしまったのでしょうか。健康社会学者の河合薫さんは、自身のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』で、「確証バイアス」「数字至上主義」をキーワードにその謎の解明に挑んでいます。
※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2018年11月7日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
地面師と成果主義と
積水ハウスが「地面師」グループに約55億円をだまし取られた事件で6日、新たに会社役員の男(63)が偽造有印私文書行使などの疑いで逮捕されました。
5日には、最初に逮捕された8人が再逮捕され、他にも3人が逮捕されているので、これで12人目となります。
この事件の一報が知らされた時、「地面師」と呼ばれる詐欺グループの存在を初めて知り驚きましたが、それ以上に驚いたのが、「あの積水ハウスが?なんで??」ってこと。
業界では「『売らない地主』の所有物件として業界では有名だった」とされていますし、積水ハウス以外に何社も同じ土地取引の話をもちかけられ、「これは怪しい」と契約しなかった。つまり、積水ハウスだけが、まんまとひっかかってしまったのです。
同社の「調査対策委員会」の報告書によると、積水ハウスの営業担当が私的な会合で知り合った仲介業者の男から売買話を持ちかけられたのは昨年3月末。阿部俊則社長(当時、現会長)の現地視察と決裁を経て、わずか1カ月後の4月末に、“所有者”らと顔を合わせた場で売買契約を結び、仮登記が完了。
所有者になりすました女は、最初から土地の権利証のカラーコピーを見せるだけで原本は示さず、打ち合わせの際、自分の住所や誕生日を間違えたこともあったと記されています。
…普通に考えれば、これって「怪しさ満点」ですよね。
にも関わらず、積水ハウスはたったひと月で、55億円を「ポ~ン」っと払ってしまったのです。
その後、本物の所有者から「別人との取引で無効」とする複数の内容証明郵便が届きましたが、「怪文書」とみなし無視。本物の所有者から相談を受けた警察署から任意同行を求められても、「取引を妨害しようとしている人の仕業」と判断。法務局から登記申請を却下する通知が届き、やっとだまされていた事実を理解しました。
通常の不動産取引ではあり得ず「社内に協力者がいた疑いさえ出た」とのこと。これってすごいことだと思うのです。
人には、「これだ!」と、いったん確信をもってしまうと、その確信を支持する情報だけを受け入れ、確信に反する情報を排除する「確証バイアス」と呼ばれる心の動きがあります。
そういったバイアスを防ぐために、組織にはさまざまなややこしい手続きが存在します。ところが積水ハウスでは、そのチェックが全く機能していなかった。
この「信じがたい事態」の原因としてひとつ考えられるとすれば、積水ハウスという組織の中に、「数字至上主義」があったのではないか?ということです。
実は同社は、徹底した「完全実力主義、成果主義」で、それが社員のモチベーションを高める反面、社員のプレッシャーや焦りにつながっていた可能性があります。
あくまでも私の推測に過ぎませんが、そう考える以外、説明がつかないのです。
- 成果主義で明らかに人間関係は悪くなった
- でも、業績はあがるから辞められない
- 成果主義は経営者にとって一種の麻薬
これまでインタビューした人たちから、こういった意見を何度も聞いてきました。成果主義や実力主義で、給料が上がる社員は一部です。しかも、そこには上司の好き嫌いや、社内派閥などの力が働き、「上」に気に入られるか否かでも評価は変わります。
そういえば、積水ハウスは、今年初めに「トップ人事」をめぐりすったもんだがありましたよね。
2月1日付で会長を退いた和田勇取締役相談役は「事実上の解任」で、件の詐欺事件を発端とした経営陣の対立が背景にあると報道されたのです。
和田氏は1998年に代表権取締役社長に就任。当時、積水ハウスは20年以上業界トップに君臨。ところが和田氏が就任して4年後にダイワハウスに抜かれ、徹底的な実力主義に舵をきったとされています。
そういった組織の方針に問題はなかったのか?今回のような詐欺にまんまとひっかかる組織風土の引き金になってはいないのか?
いずれにせよ、不適切融資で問題になったスルガ銀行しかり、積水ハウスしかり。高く評価されていた企業の「事件」は至極残念です。
そして、そこには現場社員を追い詰める権力者の姿が垣間見える。経営者が「働いているのは人である」という当たり前を忘れ、「数字」しか見なくなったとき、「会社の自殺」が進んでいくのです。
image by: MAG2 NEWS
※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2018年11月7日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。
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※『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』(2018年11月7日号)より一部抜粋