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官邸への忖度?厚労省の勤労統計調査「捏造」を指示したのは誰か

「賃金、労働時間や雇用の動きを毎月調べている大切な調査」(厚労省HP)という、毎月勤労統計調査。そんな「大切な調査」が不適切な手法で行われていたことが、大きな問題となっています。この件について「アベノミクスが成功しているように見せかける手管に使われた疑いがある」とするのは、元全国紙社会部記者の新 恭さん。新さんは自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』に、そう判断せざるを得ない数々の「証拠」を記しています。

“復元”と称する勤労統計調査の捏造に官邸の関与はあったのか

厚労省の「毎月勤労統計調査安倍政権の新たな火薬庫になりつつある。

この調査が不適切な手法で2004年から行なわれ、それをもとに給付水準が決まる雇用保険や労災保険などで過少給付のケースが続いてきた。該当者は延べ約2,000万人にのぼるとみられ、厚労省は不足分約567億5,000万円を追加給付する方針だという。

莫大な過少給付が発覚しただけでも十分、安倍政権を揺るがしかねない深刻な事態である。

麻生太郎財務大臣はさっそく追加支給額を確保するため、昨年12月21日に閣議決定したばかりの2019年度予算案を修正する方針を固めたようだ。

だが、問題はそれだけではない。アベノミクスが成功しているように見せかける手管に使われた疑いがあるのだ。

麻生大臣の素早い動きには、この事案を小泉内閣から続いてきた過少給付の問題だけにとどめておこうという意図が隠されているのではないか。筆者はそう怪しんでいる。

まず、長年にわたり続いてきた不適切な手法とはどんなものか、確認しておこう。

従業員500人以上の事業所に対しては全数調査をするべきところを、東京都だけは3分の1の事業所だけ抽出して実施してきた。給料の高い東京の事業所の数字が適切に反映されないため、平均賃金が実際より低めに出ていたわけだ。

小泉内閣の時代、なぜそんなことを厚労省がしはじめたのか、今のところはよくわからない。ひょっとしたら小泉構造改革で社会保障費を削減する政治状況にあったことと関係しているかもしれない。

だが、筆者がここで特に取り上げたいのは、ごく最近の奇怪な行政行為だ。先述した安倍政権にまつわる疑惑である。

政府の統計は、政策判断や経済分析のもととなる。これが、時の政権の都合で意図的に操作されることは絶対にあってはならない。だが、安倍政権ならやりかねないという思いが、疑惑を呼ぶ。

昨年8月、資産運用会社ニッセイアセットマネジメントは次のようなレポートを自社サイトで発表した。

6月の毎月勤労統計調査によれば、1人当たり平均の現金給与総額は前年同月比で3.6%増加となった。好業績を背景に企業が賞与を増やしたことが要因か

同年8月7日の日経新聞もこう報じた。

毎月勤労統計調査によると、6月の名目賃金にあたる1人あたりの現金給与総額は前年同月比3.6%増の44万8,919円だった。増加は11カ月連続で、1997年1月以来21年5カ月ぶりの高水準。

7月20日の官邸における記者会見で、安倍首相は胸を張った。「この春、連合の調査によれば、中小企業の賃上げ率は過去20年で最高です。経団連の幹部企業への調査では、4分の3以上の企業で、年収ベースで3%以上の賃上げが実現しました」

いい材料だけ選んだ首相発言ではあるが、その後に発表された勤労統計調査結果も賃金上昇を裏付ける形になった。

筆者は首をひねった。たしかに大企業の役員をつとめる筆者の知人らは「景気はいい」と涼しい顔を浮かべる。だが、賞与が上がったといっても、大企業優遇策をとる安倍首相の要請にしぶしぶ財界が応じただけのこと。サラリーマンの小遣いは増えていないし、百貨店はインバウンドに頼り、相変わらずユニクロが賑わっている。国内消費が低迷しているのは個人のフトコロが寂しいからではないのだろうか。

そう思っているうちに、案の定、エコノミストらから統計への疑問の声が上がりはじめた。

「今年に入り勤労者の賃金は大幅に増えた」との結果が出ている厚生労働省の賃金調査を巡り、調査の信用性を疑問視する見方が広がっている

(9月22日 東京新聞)

(毎月勤労統計調査に基づく)雇用者報酬は政府がデフレ脱却の判断でも重視する指標。…4~6月期は現行の統計が始まった94年1~3月期以降で最大となり、専門家から過大推計を疑う声が上がっていた。

(10月24日 西日本新聞)

なぜ、急に賃金上昇を示す数字が出てきたのか。実は昨年1月から、“復元という名の操作を厚労省が加えていたからである。

それがわかるきっかけは、厚労省、総務省の担当職員や、統計委員会の西村清彦委員長らが昨年12月13日に開いた会議でのやりとりだった。

その会議の模様を書いた記事がある。

厚労省職員から、従業員500人以上の事業所について東京都では抽出調査をしており、東京以外への拡大を計画しているとの発言があった。西村委員長は「抽出調査は重大なルール違反」と指摘し、統計の信頼性確保の観点からも危機的状況だとの認識を示した。

(19年1月11日 朝日新聞デジタル)

西村委員長は統計調査で賃金の上昇率が異常に高く出ていることを疑問に思っていた。そこに、厚労省からルールと異なる手法で調査を行ってきた事実の披歴があった。それで、過去の数字が低く出過ぎていたことに気づき、厚労省を追及するうちに、昨年1月から全数調査の結果に近づけるよう復元の計算をする方式に切り替えられていたことが判明したのではないだろうか。

今年1月12日付の朝日新聞は“復元”のやり方について次のように報じている。

昨年1月調査分から、対外的な説明もないまま、抽出した事業所数を約3倍する補正が加えられるようになった。その後、低めに算出されていた平均賃金額が実態に近くなった結果、前年同月比で伸び率が高く出るようになった。

東京都の500人以上の事業所について、3分の1だけの抽出調査をするほうが全数調査の場合より全国の事業所全体の平均賃金は低くなる

逆に、給料の高い東京がルール通り全数調査になり、サンプル数がどっと増えれば、高い数字が出るに決まっている。

一昨年までは前者の調査をし、数値をそのままにしていたが、昨年1月からは後者に近づくよう補正の計算をしたというのである。比較にならない比較をして政府の統計として公表していたわけだ。

担当部課は前からの引継ぎで抽出調査をしてきたため、ルール違反という意識が希薄だったかもしれない。

しかし、優秀な官僚ともあろうものが、抽出調査によって実態より低い数字になっていることをわかっていなかったとは、とうてい思えない。

決まり通り全数調査に近い数字を算出すれば、前年比が大幅にアップすることを当然認識していたわけで、もし官邸から「賃金が上がっているデータを出せと指示されれば方法を思いつくくらいいとも簡単だっただろう。

厚労省の中井雅之参事官は記者に「昨年1月調査分から補正したのは意図的な操作だったのか」と質問され、「真実を統計で客観的に伝えることが使命。意図的な操作は全くない」と型通りに否定した。しかし、素直に納得できる人は少ないのではないか。

一方、菅義偉官房長官は「勤労統計を含め56ある政府の基幹統計を一斉点検する」との方針を表明した。どうやら各省庁の統計がズサンかもしれないという問題だけが存在することにして、官邸への疑いを払いたいようである。

安倍政権は知らぬ間にGDPの基準を変えて数値をかさ上げした。人手不足の深刻化で有効求人倍率が上昇していることをもって、アベノミクスの成果だと強調してきた。賃金上昇の数値も、同じ意図による操作で捏造されたとみられても仕方がないのではないだろうか。

通常国会が間もなくはじまる。今度もコトの真相解明に不誠実な姿勢を変えないなら、安倍政権は夏の参院選で、国民から手痛いしっぺ返しを食らうに違いない。

image by: 首相官邸

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