民主化を求める学生らを中国当局が武力弾圧した天安門事件から、今年で30年。このほど、死者1万人超とも言われる大混乱の北京から、誰が、どう邦人を帰国させたのかが明らかになり話題となっています。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では、著者で当時ANAのCAとして救援機初便に乗務した健康社会学者の河合薫さんがその機内の状況を記すとともに、日本の大使館員による命懸けの救出劇の模様を紹介しています。
※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2019年6月5日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
天安門事件から30年後に明かされた事実
天安門事件から30年が過ぎました。当時ANAのCAだった私が、北京に滞在する日本人を救出するための救援機第一便に乗務した経緯は、Vol.34のメルマガで書きましたが、飛行機の窓から見えたたくさんの炎は、今もまぶたの裏に焼きついています。
北京空港に到着するやいなや、機内に流れ込んできた人々。額から血を流している人、日本の国旗に身を包んだ人、声を上げて泣き出す人、泣き叫ぶ子どもを抱きかかえる若い母親…。
「ありがとう、ありがとう。迎えにきてくれてありがとう!」と私の手を握ったまま放さない人など、機内は恐怖と疲れと安堵感で埋め尽くされました。
飛行機が離陸し、私たちCAがお客様の様子を伺いに回ると、
「殺されるかと思った」
「必死で逃げてきたんです!」
「日本領事館の人から“コレ(日本の国旗)”渡されて、助かりました!」
「自分たちは日本人だ!攻撃しないで!と大声で叫んできました」
とみなさんがいっせいに話しはじめ、お食事後はほとんどの方が、ぐっすりとお休みになっていました。
当時は「自分が救援機初便に乗務し、その後何便か救援機を飛ばした」という事実以外、何も把握していませんでした。
それ以上の情報を会社からもらっていませんでしたし、自分から「情報を取りに行く」という発想もありませんでした。
そして、30年が経過し「誰が、どういう風に、日本人を帰国させたのか?」が公表され、当時の悲惨な状況が走馬灯のごとく脳裏に蘇り、改めて自分が「歴史の瞬間の一片」に関わったことの重大さに震えています。
時事通信の記者が外務省に情報公開請求し、天安門事件時の「邦人保護措置」報告資料を入手。その資料を元に当時の関係者などに取材し、記事にしたのです。
●「邦人3500人救出作戦」=最後まで生産続けた松下-天安門事件の危機管理
記事によれば、天安門事件が勃発した4日の翌日から(5日~9日)、複数の大使館員らが手分けをし、北京市内の日本人留学生ら計1,464人をバスで各大学まで迎えに行き、ホテルや北京空港に移送したとのこと。
観光バスも借り上げ、ガソリンを買い集め、嫌がる運転手には通常の何倍もの報酬を与え、兵士から発砲されないようバスの前面窓に「日の丸」を付け、安全な道を選んで留学生らを迎えに行ったそうです。
天安門前の長安街で、事件を鎮圧するために現れた何台もの戦車の車列の前に立ち、行く手を遮った男性の映像は、その後「無名の反逆者」(the Unknown Rebel)と呼ばれ、世界中のメディアが報じましたが、日本の大使館員は「無名の英雄」として、邦人救出に身を呈していたのです。
大使館員たちの必死の救出劇で、事件に絡む邦人負傷者は2人にとどまり、ANAとJALが飛ばした救援機は6~8日で計10便。留学生を含む合計3,133人の人たちが無事帰国しました。
…あれから30年。中国は大きく変わりました。ものすごい速さで変わりました。
車道を埋め尽くす自転車の列や人民服が日常着だったことを知らない若者の時代になってしまいました。
6年前に深センに滞在したとき、外国人が泊まるホテルやレストラン、あるいは富裕層が行くゴルフ場に「出稼ぎ」できている中国人女性の多さに驚きました。
“彼女たち”の多くは子供を故郷に残してきた、お母さんでした。衝撃的だったのは富裕層の人たちの“彼女たち”に対する態度です。
実に冷ややかで、命令的。経済的格差が身分格差であり、それが「階級」として定着していると痛感させられました。
格差社会なら本人の努力次第で成り上がることも可能です。しかし、階級社会では「落ちる」ことはあっても「上がる」のは至難の技。階級は「学歴、職業的地位、所得」などの社会的経済格差が重なりあい構成されているため、「持てる物」と「持たざる者」で分断され、世代を超えて引き継がれていきます。それを目の当たりにしたのです。
経済的発展が「見えなくしたもの」。それが30年前のあの日の出来事だったように思えてなりません。
中国ではNHKの海外テレビ放送のニュース番組で、天安門事件に関する部分が突然真っ黒な画面になり、放送が中断したと報じられています。経済発展が進む中、中国政府は天安門事件を「なかったこと」にしようとしているのです。
そして、日本でも「あの頃の中国」を知る若者はいません。「中国」といえば「爆買い」。そんなイメージだけになってしまいました。
中国の民主化運動の象徴的存在で、2017年に死去した人権活動家の劉暁波氏が2009年に書き、2010年のノーベル平和賞の授賞式で読み上げられた文章の一節を記します。
私には敵はいないし、恨みもない。私を監視する人も、取り調べる警察官も、起訴する検察官も、判決を言い渡す裁判官も、皆、私の敵ではない。私は彼らの仕事と人格を尊重する。恨みは個人の知恵や良識をむしばみ、社会の寛容性や人間性を壊し、1つの国家が自由で民主的なものへと向かうことを阻む。
私は望んでいる。私の国が表現の自由のある場所となり、異なる価値観や信仰、政治的な考え方が共存できるようになることを。私は望んでいる。私が、中国で、文章を理由に刑務所に入る最後の被害者となることを、そして、今後、言論を理由に罪とされる人がいなくなることを。
みなさまのご意見もお聞かせください。
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2019年5月分
- 「無差別殺傷事犯に関する研究」より/オレにも言わせろ! ほか(5/29)
- 「認知症」差別への懸念/「他人の足をひっぱる男たち」(25) ほか(5/22)
- 「終身雇用=悪」とする三流経営/「他人の足をひっぱる男たち」(24) ほか(5/15)
- 「働く女性5割」に潜む根強い女性差別/「他人の足をひっぱる男たち」(23) ほか(5/8)
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※『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』(2019年6月5日号)より一部抜粋