海に飛び込んだ主人公に向けて弾丸が打ち込まれる。しかし、主人公は無傷で逃げ切る。これ、荒唐無稽な話ではないのだそうです。海外の検証番組の実験の内容を紹介してくれるのは、メルマガ『8人ばなし』著者の山崎勝義さん。山崎さんは、弾が当たらない理由を説明。そこで起こっていることは人間同士のぶつかり合いにも見られると、「誰かを理解する」ことの本質を示唆しています。
当たること
アクション映画やスパイ映画などでよくこんなシーンを見かける。
主人公が悪党だらけの船から命からがら海へと飛び込んだ後、船上の追手から撃ち込まれる弾丸が水中で自分の身体のすぐ脇を素通りして行くのを危うげに見ながら何とかそのまま潜って逃げ延びる。
こんなこと現実に可能なのだろうか。何年か前に見た、海外のあるサイエンスバラエティー番組でこれを検証していた。
まずはハンドガン。最も手軽な火器である。その弾丸は水面から8フィート(約2.4m)も潜れば届かなくなる。悪の組織が基地化している船と言えば最低でもクルーザークラスだろうから、勢いよく飛び込めばこれくらいの深度は軽く稼げそうである。
とは言うものの、そのクラスの悪党ともなればハンドガン程度で堪えてくれる筈もない。アサルトライフルくらいは標準装備であろう。連射速度は毎分900発、有効射程は500mを超える恐ろしい火器である。これではとても逃げられそうな気はしない。ところが水面から3フィート(約90cm)も潜れば弾丸は当たらなくなるのである。
しかし敵が国際規模の犯罪組織なら、あるいは50口径の対物ライフル(以前の言い方をすれば対戦車ライフル)くらいは持ち出すかも知れない。50口径と言えば弾丸径12.7mm、その有効射程は2kmに迫る。かすっただけでも命はないといった代物である。ところがこれも巨大な水しぶきを噴き上げるばかりで3フィート(約90cm)も届かないのである。
これでは威力が強い火器ほど水面貫通力は弱いということになってしまう。一体どういうことか。簡単に言ってしまえば、当たりが強すぎるのである。
先に言った、アサルトライフルや対物ライフルの発砲時初速は実に音速の2倍以上である。この速さでぶつかれば、万物の器に従うという水でもコンクリート並みの強度となる。結果、弾丸は水面にぶつかるや自壊し小さな金属片になってしまうのである。ハンドガンの弾が意外に深くまで到達するのは初速がそれほど速くはないからである。
それにしても対象への当たりが強ければ強いほど自ら壊れてしまうという物理的現象は我々に何かを語るようでちょっと面白い。そっと腕を伸ばして静かに差し入れさえすれば、ほとんど何の抵抗も感じないままにどこまででも入っていくのが水というものなのに、当たりが強過ぎる相手にはそれを自壊させるほどの抵抗力を見せるのである。
人間も同じではないだろうか。他人に対して当たりが強い者ほど相手の表層面すら突破できずに自ら傷ついてしまう。さらに悪いことに、人間は水ではないから当然相手も傷つけることになる。強く当たっては互いに傷つき、激しくぶつかっては互いに苦しむ。哀しいが毎日当たり前のように繰り返されていることである。
それでもやっぱり少しでも相手の心に触れたいと思うなら、そっと手を伸ばすしかない。ゆっくりと手を伸ばすしかない。何ともどかしいことか!しかし、そのもどかしさの中にこそ誰かを理解するということの本質があるのかもしれない。
よく「当たって砕けろ!」などと言う。言い得て妙だ。強く当たれば当然砕ける訳だから。しかしながら砕けてしまっては元も子もない。誰も幸せにはなれない。思うにこの命令形によるフレーズには、それが命令形であることからも分かるようにどこか他人事的な無責任さがある。短気を起こしてはいけない。やはりもどかしさに耐えながらでも、そっとやさしく手を伸ばし続けることが大事なのである。
「砕けないようにやさしくゆっくり当たれ」敢えて言うなら、まあこんなところではないだろうか。
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