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万年赤字の「USJ」を立て直した男が、丸亀製麺を復活できた理由

不振にあえいでいた丸亀製麺が、とあるプロフェッショナルの力を得てかつての輝きを取り戻しつつあるようです。フリー・エディター&ライターでビジネス分野のジャーナリストとして活躍中の長浜淳之介さんは今回、丸亀製麺を再成長の軌道に乗せたマーケティングのプロ・森岡毅氏の驚きの手法を詳しく紹介しています。

プロフィール:長浜淳之介(ながはま・じゅんのすけ)
兵庫県出身。同志社大学法学部卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て、角川春樹事務所編集者より1997年にフリーとなる。ビジネス、IT、飲食、流通、歴史、街歩き、サブカルなど多彩な方面で、執筆、編集を行っている。共著に『図解ICタグビジネスのすべて』(日本能率協会マネジメントセンター)、『バカ売れ法則大全』(SBクリエイティブ、行列研究所名儀)など。

丸亀製麺が再成長の軌道に乗りつつあるワケ

讃岐うどんチェーン「丸亀製麺の業績が急回復している。既存店の売上が、今年5月以降4ヶ月連続で前年を上回る好調ぶりだ。同チェーンを経営するトリドールホールディングスでは、万年赤字だったUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)を建て直した、マーケティング会社の刀代表取締役CEO・森岡毅氏にコンサルティングを依頼。昨年の9月より協業が始まった。

森岡さん

それから1年が経ち、森岡氏による「丸亀製麺」の本質的価値である、つくり立ての感動を訴えるマーケティング手法が、功を奏している。その手法が端的に表れているのが、6月より放映している女優・清野菜名さんを起用した「丸亀食感のCMと言えるだろう。

2019年3月期では、既存店の売上が前年を上回ったのは4月と11月だけと苦戦していて、通期では2.7%減っていた。しかも、客数は昨年1月から今年4月まで、16ヶ月連続で前年同月を下回っており、顧客減が常態化していた。ところが、5月以降の客数は7月こそ0.8%減ったが、増加基調に転じている。チェーン店の店舗数の限界がささやかれ始めていた「丸亀製麺」であったが、そうした外部からの雑音を跳ね返して再成長の軌道に乗りつつある。

森岡氏のマーケティング成果

森岡氏がトリドールから依頼を受けて、「丸亀製麺」のことを調べるほど、明らかになってきたのは、チェーンストア理論に逆行した合理化効率化をしない姿勢だ。普通は全国800店を超えるようなチェーンともなると、セントラルキッチンとなる工場を建設して生産効率を上げる。また、店舗のオペレーションコストを下げて行って、店舗が増えるほどに利益が増えていく

ところが「丸亀製麺」はどんなに小さな店舗でも製麺機を置いて、粉から製麺をしてつくり立てを食べさせている。製麺機設置率は100%。ここまで讃岐うどんの精神を実直に行っているチェーンはないのではないかという、驚きのビジネスモデルに森岡氏は着目した。この非効率な部分にこそ消費者を引き付けて止まない価値があると考えたのだ。

森岡氏は数々の調査結果、統計的資料を駆使して、消費者の心理を読みほどいていくのだが、その徹底的に数学を駆使する姿勢は、トリドールホールディングスの粟田貴也社長から見て舌を巻くほどの切れ味で、力強く感じられたという。

そして、調査結果をもとに仮説を立て、検証を繰り返していくのだが、その過程でさまざまな気づきがあった。昨年の年内に、解決すべき課題があぶり出されたが、初動の早さに粟田社長は驚嘆した。今年の初めには、「丸亀製麺」がつくり立てを提供する趣旨をストレートに伝える「ここのうどんは、生きている」というフレーズが印象的な新CMを打ち出した。CMばかりでなく、店舗の運営についても数々の提案があったという。

ざるうどん

森岡氏の分析によれば、「日本人のうどんを外食で食べる確率はまだ1割。残りの9割は家で消費されている。この部分を少しでも外食に引っ張っていければ、まだまだ丸亀製麺の売り上げは伸びる」とのことだ。

トリドールの粟田貴也社長によれば、「丸亀製麺」を創業した経緯は次のようになっている。

粟田社長は1985年に兵庫県加古川市に焼鳥居酒屋トリドール」を開業。しばらくは焼鳥の業態でローカルな小チェーンを営業していた。一方で、父方の実家が香川県坂出市にあり、親類も香川県にいたので、時折香川県で讃岐うどんの文化に触れる機会が子供の頃から自然とあった。

今から25年ほど前、ちょうど讃岐うどんのブームがあり、県内の小さな製麺所に長蛇の列ができていたのを粟田社長は発見。何事かとその列に並んでみると、出来立てのうどんをお茶碗に入れてもらって醤油をかけて食べる、それだけだったという。

香川県のうどん事情に詳しい人の指摘では、顧客がお茶碗を持って並んで出来立てうどんを盛ってもらい、醤油をかけて食べる店、それも「丸亀製麺」のように水で締めない釜揚げを出すのは激レアとも聞くが、ともあれ粟田社長が自ら話す感動体験はこのような内容だ。

釜揚げうどん

粟田社長はそれまで一所懸命に焼鳥屋の商売をしてきたが、なかなか売上を伸ばせなかった。顧客が本来求めている本質とは、かけ離れていたのではないかと反省。その製麺所にこそ顧客が最も求めている手づくり出来立ての価値があると確信した。ならば、ぜひとも自らトライしたいというのが「丸亀製麺」創業の思いだったとのことだ。

従って、「丸亀製麺」のコンセプトは“製麺所”であり、当時はまだまだ普及していなかったセルフ式の讃岐うどんの良さを全国に知ってもらいたいとの思いで、製麺所付きの低価格うどん店を広げてきた。つくり立ての麺を釜でゆがいて提供する過程を、オープンキッチンで見せることで、でき立ての臨場感が体験できる趣の店になっている。

丸亀製麺 店舗

「丸亀製麺」は2000年に1号店を加古川市に出店。創業の思いが通じて、8月末現在で国内825店、海外も合わせて1,019店にまで成長し、うどん・そばでは最大のチェーンとなった。

特徴として、店に入ってすぐの場所に製麺機があり、全ての店で製麺を行っている。原料は、香りの高い北海道産の小麦から挽いた小麦粉と水と塩のみで、タピオカなどの混ぜ物は一切加えていない。一方で、手づくりとはいっても機械を操作しているだけ。うどんは水によって味が左右されるのに、水へのこだわりはないのかなどといった批判はあるが、全てにこだわっていては低価格で出せない。大衆チェーンを構築するにあたり、こだわる部分をトリドールなりにチョイスしていると言えるだろう。

「丸亀製麺」は一時期不振に陥った時期があり、乗り切るために、それまで広告を打たずに口コミで顧客を増やす方針を転換して、14年からはフェアーメニューを前面に出したCMを流して成功してきた。特に、甘辛くすき焼き風に煮込んだ牛肉をたっぷりと盛った「肉盛りうどん」などはヒットしたが、徐々に飽きられ、かつフェアーメニューがしばしば600円以上する「丸亀製麺」としては高額だったため、景気が減速してくると共に顧客が価格的についていけなくなってきていた

「我々の出来立てを提供する思いは一切変わっていないつもりだったが、お客様の思いと離れてきた。これは客観的にマーケティングで一番の人、刀の森岡さんに見てもらいたいと考えた。人脈を頼りにアプローチをし、現状を大きく変えていくにはどうすればいいかを相談させていただいた」と、粟田社長は森岡氏と協業に至った理由を説明した。

粟田社長(左) 森岡氏(右)

人口減のフェーズに入った日本の、しかも成熟マーケットと考えられているうどんの分野で、マーケティングの有効性が実証されれば、外食のみならず成熟マーケットとされるあらゆる日本の商品市場に革命が起こるだろう。

森岡氏は、マーケティングで日本を元気にすることをコンセプトに、USJ退社後の3年前に刀という会社を立ち上げている。“森岡メソッド”では数学を使って様々な市場分析、需要の予測などを行うが、その企業の本質的な価値を洞察し、その価値を引き出して最大化することを考える。森岡メソッドによれば、マーケティングとは理科の実験のように再現性を有する科学である。

同じ手法で、USJのようなテーマパーク、「丸亀製麺」のような飲食チェーンばかりでなく、直近には農林中金バリューインベストメンツ(NVIC)が銘柄を厳選した個人投資家向け投資ファンド「農林中金〈パートナーズ〉長期厳選投資 おおぶね」(「農林中金〈パートナーズ〉米国株式長期厳選ファンド」より森岡氏の提案により21日付けで改名)のマーケティングまでも手掛けている。

日本には長期にわたって株式や投資ファンドを保有し、資産を形成する考え方が根付かないと言われてきたが、世界最大級の機関投資家で、海外企業の情報収集にも長けた農林中金グループが提案する、構造的に強靭な企業の株式を保有し続けるファンドを、「おおぶねと親しみやすくネーミングを変えることで、現状を変えようとチャレンジしている。NVICが本当に売っているのは、老後を豊かに暮らせる「安心感」ということになる。

また、森岡氏の考えでは、USJが本当に売っているものは「興奮」。ディズニーランドが売る「幸せとは対峙する。その考えに基づいて、USJではジェットコースターを逆向きに走らせ、ゾンビが徘徊するハローウィンナイトを演出して大行列を生み出し、日本にハローウインを定着させた。さらには、2014年に細部にまで「ハリー・ポッター」の世界観の表現にこだわった「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」をオープンし、関西ローカルであったUSJは日本を代表するテーマパークとなり、インバウンドでも人気のスポットとなった。

USJのさらなる発展には、2つ目、3つ目の施設をつくる必要があると森岡氏は考えて沖縄での新テーマパーク建設を計画していたが、米国ユニバーサル・スタジオの経営者が代わり、中国の北京に最大級のテーマパークをつくる方針を推進するにあたり、却下された。刀では、オリオンビール、リウボウなど地元企業を含む5社で、沖縄にテーマパークをつくる準備会社ジャパンエンターテイメントを昨年8月に立ち上げUSJでは果たせなかった夢に再挑戦している。

そして、「丸亀製麺が本当に売っているものは手づくりによる感動だと森岡氏は指摘する。なので、その手づくりの感動を消費者に伝えるために、CMのタッチを年初から変え、6月にはさらに深耕して打ち立てであるからこそ体験できるもちもちの食感を「丸亀食感と名付けて宣伝しているわけだ。

さて、順調にV字回復を遂げている「丸亀製麺」であるが、どのような課題があるだろうか。1つはこの10月からの消費増税で軽減税率を適用されない外食が、軽減税率が適用されるスーパーやコンビニのテイクアウト食品に比べても明らかに不利となる。粟田社長は「おそらく消費増税は今回の10%で止まることなく、12%、15%と将来的に上がるのではないか。そうなった時に、軽減税率で8%に固定されたところとどう戦っていくのか。非常に厳しい」と危機感を募らせる。森岡氏にマーケティングを依頼したのも、今後も続いていくであろう消費増税をいかに乗り切るか、視野に入れてのものだ。

消費増税前にトリドールは組織を強固にする新たな取り組みを行っている。9月1日には、本社を神戸市内から渋谷再開発の一角を担う、南平台の「渋谷ソラスタ」19~20階に移転した。5年前から東京にオフィスを構え、これまで数ヶ所に分散していたが、これで名実ともに東京が本社になった。「世界を目指すにあたり渋谷の成長力、発展性に期待した」と、粟田社長は本社移転の理由を述べた。しかもそのオフィスは、各人の席が固定せず机や椅子の種類がさまざまにある自由な雰囲気

トリドールのスターバックス風な新本社

現代美術や知性・感性を刺激する本を展示し、昼寝用のスペースまでもが完備フレックスタイムを導入と、意欲的な働き方改革の試みである。外食企業のオフィスというよりも、先端的なIT企業のそれのように見える。

トリドール新本社、昼寝部屋

粟田社長は、スターバックスコーヒーでノート型パソコンを広げて仕事をしている人が増えているのを観察し、発想力が高まって戻って来たくなるようなオフィスをどうすれば構築できるのか思いを巡らせた。そこで、オランダで発祥したABW(アクティベート・ベースド・ワーキング)に基づいたオフィスのデザインでは日本の第一人者、ドラフト代表のインテリアデザイナー・山下泰樹氏に設計を依頼。時間と場所を自由に選べる、ABWのエッセンスを盛り込んだ、約350人が働くオフィスができ上がった。

トリドールのスターバックス風な新本社

社員食堂も、トリドールらしさを表現した、手づくり多国籍健康志向のビュッフェを開発。他の社食では出ないような民族料理をアレンジしたメニューも多数開発して、カフェ風の空間で提供している。

トリドール新本社、カフェ風な社員食堂

トリドール新本社、インスタ映えも意識したランチメニュー

店舗展開では「丸亀製麺は駐車場を持った郊外店には実績があるが、都心部の店をどう増やしていくかを考えたい」と粟田社長は都心部強化を今後打ち出していく方針だ。実は、トリドールは「いぶきうどん」という都心部対応型の讃岐うどんの別業態を出店して、吉祥寺駅前などでたいへんな人気になっている。粟田社長によれば、「小型店のモデルでまだ実験段階にある」とのことだが、郊外は「丸亀製麺」、東京や大阪など大都会の都心部は「いぶきうどん」と、マーケットを分ける手もありそうだ。

「いぶきうどん」は打ち立てのうどんに加えて、讃岐うどんには欠かせないとされる瀬戸内海・伊吹島のいりこを使ったダシを前面に出している。「丸亀製麺」の汁ではいりこの味がしないため、トリドールは讃岐うどんを全くわかっていないのではないかとの批判もあるが、そんな無知ではない。ただし、粟田社長の現在の考えは、都心部もあくまで丸亀製麺を優先させたいとのこと。

森岡メソッドの運用法をマスターした暁には、とんかつ「豚屋とん一」、焼肉「肉のヤマキ商店」のような別業態にも同じマーケティングのやり方を拡大して、200~300店くらいのチェーンを複数展開したいと、粟田社長は胸躍らせている。

さらに、「丸亀製麺は香川県で創業したわけでもないのに、讃岐うどんをなめている」という昨今盛りあがっている批判に対してどう思うかを粟田社長に直撃した。すると、粟田社長は少し考えて「反論するよりも、実際の日々の営業で判断してもらうしかないと思っている」と回答。自分からはアピールしてはいないが、粟田社長は「丸亀市文化観光大使でもあり丸亀市との関係は良好である。

一方の森岡氏は、順調なマーケティングの成果を喜びつつも、「まだ、店によって製麺のレベルにバラつきがあるので、全体に引き上げていくのが大きな課題」と明言。「粉からつくったからといって製麺の技術が未熟ならば、おいしいうどんにならないだろう」という批判を受け、CMで打ち出す「丸亀食感」の真の実現を世に問うべく、製麺技術の改善を進める。

森岡氏は、「粟田社長には外食王になってもらいたい」と期待を寄せる。

粟田社長(左) 森岡氏(右)

USJが現在は森岡氏の助力なしに経営しているように、森岡メソッドの内製化ができるようになった地点がゴールとしている。

Photo by: 長浜淳之介

長浜淳之介

プロフィール:長浜淳之介(ながはま・じゅんのすけ)

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兵庫県出身。同志社大学法学部卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て、角川春樹事務所編集者より1997年にフリーとなる。ビジネス、IT、飲食、流通、歴史、街歩き、サブカルなど多彩な方面で、執筆、編集を行っている。共著に『図解ICタグビジネスのすべて』(日本能率協会マネジメントセンター)など。

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