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こだわりが強い知人女性の「段ボールのカーテン」に驚嘆した件

日常生活において不思議に思ったり、ちょっと気になったあれこれについて考察するメルマガ『8人ばなし』。著者の山崎勝義さんは今回、強いこだわりを持ち、妥協せず諦めないがゆえに「段ボールのカーテン」に辿り着いた、ちょっと変わった知人女性の人となりを紹介します。山崎さんは、極度の人見知りであるがために孤高の戦いに挑み続ける彼女のことを「人見知りファイター」と呼び、応援しているそうです。

人見知りファイターのこと

何でもこだわる人がいる。きっとそういう人は自分の中の好悪の基準がはっきりしているのであろう。今日はそんな人の話である。私にとってはものすごく面白い、知り合いの女性の話である。

その話の前に、まず一つ断わっておきたいことがある。彼女は所謂変人である。私がこれまで知り合った中でもダントツの変人である。このように書いてしまうと読者の脳内にあっては既に随分風変わりな容姿の持ち主として想像されているかもしれないが、実のところ彼女は美人である。年齢も若い。ただどちらかと言えば童顔の部類に入る面立ちなので周囲の女性からは「かわいい、かわいい」とよく言われている。これは大事なことなのでくれぐれも忘れぬように。

それでは話を始める。この人は基本無口である。極度の人見知りなのである。故に自分から話すことはまずしない。かと言って会話すること自体を嫌っている訳でもなく質問に対しては驚くほど的確かつ迅速に答える。この人の返答のあり方は基本3種類に分類できる。

である。

面白いのは、肯定においても否定においても必ずそれなりに納得できる理由があるところである。回答不能の時は質問がオープン過ぎるからであり、それもその旨を相手にきちんと伝える。質問がクローズドになって回答可能となるとその時はやはり肯定か否定で答える。但し会話に関しては例外なくこの式で行くから話しかけられなければいつまでも沈黙が続くことになる。

またこの人は極端な偏食である。まずほとんどの食材は苦手である。故にランチは常に持込みである。うっかり出先で調達しようなどと考えると食べられるものが全く見つからず終には一食抜きの憂き目に合うことになってしまうのだそうだ。一度、打ち上げか何かの立食パーティーで空の皿を手に持ってただただウロウロしているだけの彼女に会ったことがあるが、その時はもう事情が分かっているだけにお互い笑うことしかできなかった。

またこの人は日常変なチャレンジをして遊んでいる。例えば、ポケットティッシュをミシン目のない側から綺麗に開けてみたり、封筒の開かない方から丁寧に開けてみたりなどしている。なぜそんなことをするのか一度理由を聞いたことがあるが、どうも彼女にとってそれはある種の勝負のようなものであり、まず負ける訳にはいかないのだと言う。いよいよ不可思議な人である。

またこの人はファッションやインテリアにも強いこだわりがある。例えばコートにしろバッグにしろ靴にしろ、妥協して買うことはまずない。こんな状況がよくあるのだと言う。商品Aは形はいいが色が気に入らない、商品Bはその逆。確かによく聞く「買い物あるある」である。それでもひたすら諦めずに探すと言う。そうこうしているうちにシーズンが変わって終に買わずじまいになることも多いそうである。ただ恐るべき量の関連検索履歴がパソコンやスマホには残るそうである。

この諦めない姿勢が時に奇跡の出会いをもたらすことがある。夏に暑い中を歩くのが嫌だと言って、駅のすぐそばのマンションに引っ越した時のことである。

自分の部屋にはカーテンがないと言う。「それはいくら何でも不用心だから、そこいらのホームセンターで適当に買って来ればいいじゃないか」と意見したところその心得違いを指摘された。部屋で一番の表面積を占めるインテリアがカーテンなのだから、ゆめゆめ粗略には選べないと言うのである。あまりの正論に一時的に納得しそうになったが問題はそこではない。飽くまでセキュリティー上のことである。こっちも引き下がる訳にはいかない。

ところが彼女は「大丈夫」といった感じに手の平で私の言を制してこう言った。「段ボールのカーテンがあるから」。私は思わず吹き出した。インテリアにこだわる人間が段ボール、おそらくは通販か何かの箱を展開したであろう物を窓枠にガムテープで止めているぶざまな様子が目に浮かんで如何にも滑稽だったからである。笑いの止まらない私に、彼女はいつも通りの静かな感じで自分のスマホの画面を差し出した。

驚いた。本当に段ボールのカーテンなのである。こんなものがこの世に存在したのかと本当に驚いたのである。どうやら養生用のカーテンらしい。それにしても彼女の検索能力は終に一時的に自分のプライバシーを守るための段ボールカーテンにまで辿り着いていたのである。結局、彼女の部屋に奇跡のカーテンが掛かるのはこれより6カ月後のことであった。その時の彼女の何とも言えない幸せそうな顔は今でも忘れられない。

この人は本当に諦めない人である。諦めない変人である。いつも自分で高いハードルを設定してはそれに挑んで行く。ギリギリまで弱音を吐きながらも勇気を振り絞って最後までやり通す。そんな人である。勇気とは決して大げさな言い回しではない。うまくできるかどうか、不安のあまりぶるぶる震えているところを実際に何度も見た。私が寒さ以外の理由で人間がリアルに震えているのを見たのは後にも先にもこの人だけである。

どのタイミングで聞いたのかは忘れてしまったが、彼女の努力の源泉は自己否定から来るものであると言う。要は自分が嫌いなのである。だから自分を変えたい、そのためには多少の無茶でもしなければとてものことものにはならない筈だ、といった理屈である。結局、変わるべきは専ら自分であり、相手あるいは周囲ではないということである。

そう言えば彼女は自分の好悪の基準を押し付けるような、そんな布教的行為は一切しない人であった。それどころかそれに関しては自分が歩み寄る必要もなければ、相手の歩み寄りを期待する必要もない、と考えているようであった。

自分の内にある好悪の基準と、他人の内にある好悪の基準と、おそらく自分の外にもあるに違いない善悪の基準をメタ的に認知し、弁別し、このうち近付けて行くべきは自分の内なる善悪の基準と自分の外なる善悪の基準であるとして、そのための努力を続ければ少しは自分を変えられると直観しているのだろう。

極度の人見知りにはつらいに違いない。恐いに違いない。この一点においてだけでも彼女は尊敬に値する。私は、自分嫌いのこの人見知りファイターをいつもいつも応援しているのである。

image by: Shutterstock.com

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ここにあるエッセイが『8人ばなし』である以上、時にその内容は、右にも寄れば、左にも寄る、またその表現は、上に昇ることもあれば、下に折れることもある。そんな覚束ない足下での危うい歩みの中に、何かしらの面白味を見つけて頂けたらと思う。

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【著者】 山崎勝義 【月額】 ¥220/月(税込) 初月無料! 【発行周期】 毎週 火曜日 発行予定

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