12月4日、アフガニスタン東部で武装勢力の凶弾に倒れた中村哲医師。アフガニスタンの干ばつ対策や医療支援にすべてを捧げた中村医師の銃撃死亡事件を各紙が大きく報じました。ジャーナリストの内田誠さんは、自身のメルマガ『uttiiの電子版ウォッチ DELUXE』で、各紙の定番コラムなどによる、中村医師の人となりが現れた印象的な逸話を紹介しています。
中村哲医師の銃撃死亡事件を各紙はどう報じたか?
ラインナップ
◆1面トップの見出しから……。
《朝日》…「中村哲医師 銃撃され死亡」
《読売》…「文章作れぬ若者」
《毎日》…「中村医師 銃撃され死亡」
《東京》…「中村哲医師 撃たれ死亡」
◆解説面の見出しから……。
《朝日》…「不審車から男 何度も銃撃」
《読売》…「NATO 隠せぬ亀裂」
《毎日》…「日米貿易協定 承認」
《東京》…「日本車と車部品 追加協議延期も」
プロフィール
亡くなった中村哲さんを偲んで、各紙の定番コラムが印象的な逸話を紹介しています。《東京》の「筆洗」だけは別ネタですので、特集記事の中から探します。
■信念の人■《朝日》
■支援に全力■《読売》
■シロップ一さじの治療■《毎日》
■とにかく生きていてくれ!■《東京》
信念の人
【朝日】の「天声人語」は、虫取りに明け暮れ、ファーブル昆虫記を読みふけった中村少年が長じて医師となり、そして5年目、ヒンドゥークシ山脈に向かったのは希少種の美しいアゲハチョウが見られるという期待からだったという。
そして、アフガンでの支援。干ばつの猛威を目の当たりにした中村さんは「飢えや渇きは薬では治せない」と、井戸を掘り、用水路を通す事業に入っていく。持論は「100の診療所よりも1本の用水路」。
911のあと、国会に参考人として出席した中村さんは、自衛隊のアフガン派遣を「有害無益」と言い切っている。
人語子は「これほど強固な信念を持ち、遠い国に尽くした医師をほかに知らない」と書いている。
支援に全力
【読売】の「編集手帳」は、意外な逸話から。辛口で知られる劇作家・井上ひさしさんが「ペシャワール会」の会計報告を見て、寄付の96.6%を現地で使っていたことに驚き、賛辞を惜しまなかったという。経費を極限まで抑えて、支援に全力を注いでいる姿に、井上さんは「こんなに偉い人がいたのか」と随筆に書いたという。
そして中村さんが凶弾に倒れたアフガン東部とは、まさしく中村さんたちが灌漑に成功し、「緑地に65万人が生活をきずく場所だという」。そのような場所で殺害されたことに、手帳子は「なぜだ」と疑念を投げかけている。
シロップ一さじの治療
【毎日】の「余録」が伝えるエピソードはパキスタンの奥地に赴いたときのこと。ある家に呼ばれて乳児を診たが、既に「今夜が峠だと告げるしかない重い病状」だったという。その赤ん坊に、中村さんが息を楽にするための甘いシロップを与えたところ、「瀕死の赤ん坊は一瞬微笑んだ。その夜に亡くなったが、人々が中村さんをたたえたのは『言ったとおりだった』からだ」という。「そこでは医師は神の定めを伝える者として尊敬されていた」と。
中村さんは「死にかけた赤子の一瞬の笑みに感謝する世界がある。シロップ一さじの治療が恵みである世界がある。生きていること自体が与えられた恵みなのだ」と書いているという。
この逸話は、まだアフガンで大干ばつが始まる前のこと。干ばつを目の当たりにした中村さんは「人々の暮らしを根底から奪った干ばつで何より命のための水が必要だった」として灌漑事業に取り組む。約1万6500ヘクタールの土地に水を供給し、65万人の命を保つ大事業となる。
とにかく生きていてくれ!
【東京】は3面に「中村哲さん語録」と題する記事を掲載。その中からいくつかを拾って紹介しよう。
「援助する側から現地を見るのではなく、現地から本当のニーズを提言してゆくという視点である。彼らはわれわれの情熱のはけ口でもなければ、慈善の対象なのでもない。日本人と同様、独自の文化と生活意識を持った生身の人間たちなのである」(活動の基本姿勢について)
「日本で身に付けた技術は、現地では何の役にも立ちません。むしろ初めは邪魔になります。半年か1年は寝て暮らすつもりで来てください。そのうち現地の様子もおいおい見えてきて、何が必要かも分かってきます」(現地でボランティアを希望する看護師の問いに答えて)。
「とにかく生きていてくれ、病気は後で治す」(大干ばつで飲み水が不足し、下痢や簡単な病気で多くの子どもたちが亡くなっていくことについて)。
image by: 『天、共に在り アフガニスタン三十年の闘い』 , Shutterstock.com