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講演中止が相次いだ池田教授が、家で虫や鳥を見ながら考えたこと

新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため、全国で講演やトークショーなどのイベント開催が中止となっています。CX系「ホンマでっか!?TV」でおなじみの池田教授も多くの出演予定が流れ、家にいる時間が長くなっているようです。自身のメルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』で、思いのほかできた時間を利用して、昆虫標本の整理や庭にやってくる野鳥観察をしながら思い浮かぶことを徒然なるままに綴っています。たどり着いたのは、人類が消えても生物たちがさんざめく地球の姿でした。

老人閑居してよしなしごとを考える

新型コロナウイルスの感染を警戒して、2020年の3月の講演やトークショーや様々な会合はほぼすべて中止になって、昆虫標本の整理をすべく、貯まりに貯まった、未だ標本箱に収めていない、タッパーや衣装ケースにぎっしりと入っている「たとう」(もとは和服などを包む紙。虫屋は脱脂綿を長方形に切って半紙で包んだものをこう呼ぶ。綿の上に展脚した甲虫を並べて保管する)のなかの未整理標本をひっくり返して、産地別、分類群別にまとめて、保管し直す作業をしている。

とにかく、ものすごい量の標本で、これ以外にも冷凍庫の中に保管してあるものがあり、私が死んだら冷凍庫の中の標本はまず見捨てられるだろうから、本当はこちらを先にしなければならないのだけれども、解凍して、展脚して、たとうに並べるのが面倒で、つい後回しになってしまう。死んだ後のことを考えたところで詮無いのだけれども、頭のどこかでは、死んだ後も魂は標本の行方を気にしているに違いない、とアホなことを考えているのだろう。煩悩のなせる業だ。

徳川家康は、自分の死後について、事細かな遺言を書き、あれこれ指示しているが、面倒くさいジジイだな。尤も、死人に口なしで、遺言を守るかどうかは生きている人の都合次第なので、遺言は正しくは履行されなかったようである。自分の遺体の取り扱いについての家康の遺言は、1.遺体は駿府の久能山に収めること。2.葬儀は江戸の増上寺で行うこと。3.位牌は三河の大樹寺に建てること。4.1周忌を過ぎた後、日光に小さな堂を立て、関東の鎮守として勧請すること。

私は、久能山東照宮にも、日光東照宮にも行ったことがあるが、家康が遺言で小さな堂を立てろといった、日光東照宮は小さいどころではなく、久能山東照宮を凌ぐ豪華絢爛なものになり、今や世界遺産である。徳川幕府の政治的な配慮があったのだろうが、遺言はまあ肝腎なところは反故にされると思った方がよさそうだ。

たとうをひっくり返していると、いろいろな虫が出てきて、採った時の情景を思い出すものと、思い出さないものがあり、普通種だから思い出さない、珍種だから思い出すというものでもない。現在、作成中の『日本産カミキリムシ大図鑑II』のプレート写真に使いたいからと言って、図鑑を作っている藤田君から頼まれてお貸ししている、屋久島産のクロキスジトラの完全黒化型は、私が採ったカミキリムシの中でも指折りの逸品で、1974年の7月、初めて屋久島に採集に行ったときに採ったものだが、採った時の情景は思い出せない。

反対に1977年5月7日高尾山、と書かれたたとうの中から、つい最近見つけたドイカミキリは普通種であるが、採った時の情景がまざまざと思い出されて、懐かしい気持ちになった。高尾山のケーブルカーの山頂に向かって左側に、川沿いを登っていく登山道があり、道端にオニグルミの樹が何本か生えていて、その枯れ枝を掬って採ったのだ。あっ、ドイカミキリだ、と思っただけで、別に感激もなかったのだが、ネットの中を覗いてドイカミキリがうごめいている情景まで、はっきりと覚えている。

自分の人生にとって重要な出来事を覚えているのは、当然な気がするが、何でもない日常のありふれた情景をありありと思い出し、時にビッグイベントを忘れてしまうのは、脳のどんなメカニズムによるのだろうか。

庭にやってくる野鳥たち

虫の整理は楽しいのだけれども、3時間も続けると飽きてしまい、昼間なので酒は我慢して、お茶を飲みながら、庭に来る小鳥たちを眺めている。年寄りは根が続かなくていけない。小鳥たちを観察していると、昔のことなどがいろいろ思い出されて、懐かしいような侘しいような気持になる。アオジのために「小鳥のエサ」(ムキアワ、ムキキビ、ムキヒエ、カナリーシードをミックスしたもの)を撒いてあるが、アオジは時々しかやって来ず、専らキジバトのエサになっている。

よくやってくるキジバトは3羽。2羽はペアで、1羽はチョンガーである。ペアのキジバトは仲睦まじく、並んでせっせと餌をついばみ、食べ飽きると、庭に座り込んで日向ぼっこをしている。チョンガーの方は別に羨ましいふうでもなく、少し離れたところで餌をついばんでいる。

最近は発情したのか、ペアの方のオスが喉を膨らませて「ルルルー、ルルルー」と唸りながらメスの尻を追い回している。メスはいい加減にしてほしいと言わんばかりに、逃げ回っているが、逃げる途中で餌をついばんだりしていて、色気より食い気だと可笑しくなる。この情景を見て、女房は「オスは本当に邪魔だねえ」とあきれ顔である。オスの一人である私は、そうは言ってもオスが頑張らないと種が存続しないんだよ、と心の中で呟いているが、口に出すと波風が立ちそうなので、黙っている。君子危うきに近寄らず。私は別に君子ではないけどね。

種の存続と言えば、数年前に、玄関わきのサンシュユの枝にキジバトが巣を作って、子育てをしたことがあった。何匹かの雛が巣立っていったが、もしかしたら、今庭に来ているキジバトはその時の雛なのかもしれないな、と思うとちょっと楽しい。

なんてことを書きながら、キジバトは狩猟鳥で、いかにも美味そうだな、と思って見ている自分が一方にいて、なんだかなあ、と思うけれども、昔、ベトナムに虫採りに行って、ハトを食べておいしかった思い出があるので、もう一度食べてみたい気がするのである。ドバトに比べると、確かに、見るからにキジバトは美味そうだな。尤もドバトは狩猟鳥ではないので、獲って食べると法律違反だ。どう考えてもキジバトよりドバトの方が害鳥だと思うけれども、不思議な法律だ。

キジバトの次に「小鳥のエサ」を食べにくるのはガビチョウである。ガビチョウは外来種ということで環境省に蛇蝎のように嫌われているが、これも狩猟鳥ではないので、獲ってはいけないのだ。いったい環境省はどうやってコントロールするつもりなのか、訳わからん。狩猟鳥に指定して食べたらおいしいよと言うキャンペーンでもやれば、少しは数が減るかもしれないのにね。尤もうまいかどうかは食べたことがないので、知らない。ガビチョウを食べた話は寡聞にして聞かないが、食べた人はいるのだろうか。

ガビチョウは低く飛んで、チャカチャカ歩き、歩き方が可愛い。西脇順三郎の「日が暮れてきたので、イタチのように速く歩いた」という詩の一節を思い出す(「旅人帰らず」か「Ambarvalia」のどっちかに入っていたと思うが、手元に詩集がなくて、うろ覚えだ)。それでまた思い出したのだが、ガビチョウには関係ないが「かつしかの娘たちよ 別れの言葉を教えておくれ」という一節もあったな。私は、小学校に上がる前に葛飾区小菅に住んでいたので、葛飾という言葉に郷愁を感じるのである。

小学校に上がる直前に足立区島根町に引っ越したが、「あだちの娘たちよ 別れの言葉を教えておくれ」ではサマにならない。「すみだ」でもサマにならない。ここはどうしても4文字じゃないとしっくりこないのかと思って、「えどがわ」を入れてみてもやっぱりピンと来ない。4文字でも濁音があってはだめなのかもしれないと思って、「あらかわ」を入れてみると案外しっくりくるな、なんてどうでもいいことを考えながら、野鳥を見ているのである。

枯れたポポーの枝につるしている餌台に入っているヒマワリの種には、ヤマガラとシジュウカラが次々にやってくる。朝、昼、夕とたっぷりと入れておくのだが、あっという間に食い尽くしてしまう。まるで思春期のガキの食事のようだ。私は最近昼飯を抜くことも多いので、カラ類たちの食欲には驚くばかりである。小さな体で恒温動物の小鳥たちは、代謝が活発で、一日でも絶食すると餓死してしまうに違いない。ヒマワリの種が空っぽになると地べたに降りてきて、「野鳥のエサ」のアワやキビなどをついばんでいるので、いざとなれば、何でも食べるのだろう。

玄関わきのゲンカイツツジが満開である。その下に植えてあった金時草は、気温が零下になった日にばったり枯れてしまったが、よく見ると茎の一番下から新しい芽が出ている。生物たちはコロナ騒ぎで慌てふためく人間社会を尻目に、したたかに生き抜いているようだ。遠からぬ将来人類が滅びても、地上から生物たちのさんざめきが消えることはないと思う。人類が消えた地球を想像するとちょっと楽しくなるのは、自分でもどうかなと思うけれども、その日が来ることだけは間違いない。(メルマガより一部抜粋)

image by: shutterstock

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