新型コロナウイルスの影響で一変したトレーニング環境。これまで日常的にジムを利用してきた人にとって、家でのトレーニングは気が向かないという人も多いようです。メルマガ『届け!ボディメイクのプロ「桑原塾」からの熱きメッセージ』著者の桑原弘樹塾長が、読者からの「退化が心配」という悩みに答えます。桑原塾長によれば、心配なのは筋肉の退化より脂肪増加とのこと。そして「退化」のキーワードから、話題は海から陸に上がった生物の進化に伴う体の機能にまで及びます。
退化しないか心配な人へ
Question
ずっと家にいて退化していかないか心配です。どうしても家でトレーニングをする気にもなれず、思い切って長いオフだと言い聞かせてはいるもののやはり不安があります。長い年月をかけて進化してきた人間なのだから大丈夫と自分に言い聞かせているのですが、本当に大丈夫なものでしょうか。(35歳、男性)
桑原塾長からの回答
今は多くの人がジムでのトレーニングは困難な状況ですね。ジムの再開まで約1ヶ月ですが、その後の状況が読めないのは不安です。でも、仮に1ヶ月程度であれば、退化を心配する必要はありません。筋肉にはマッスルメモリーがあり、核自体は何年もなくならないのです。一瞬、見た目が衰えたように見えたりするかもしれませんが、鍛え始めればすぐに戻ってくれますから安心してください。
むしろ、心配なのは自粛期間の食生活です。どうしても家にいると食べる事に楽しみを求めてしまうため、脂質過多になったり、カロリーオーバーになったりして不要な脂肪が増えてしまいます。こちらを退治する方が、ジムが再開してからも手間暇がかかるかもしれません。
食に楽しみを求めるのは悪くありませんが、どこかにストイックな部分をもって栄養管理に努める事がこの自粛期間に必要な事です。更に言えば、起床時間や就寝時間なども健康的にしていってください。
また自重トレのような自宅でのトレーニングもお勧めです。もちろん、ジムに比べれば精度も強度も落ちるかもしれませんが、維持していく上では工夫次第で十分に可能です。ジムにもアブローラーを置いてあるところは多いかと思いますが、私なども実際はアブベンチなど他の器具を使ってしまいます。しかし、たまに自宅でアブローラーをやってみると、これはジムは不要かと思うほどの筋肉痛に襲われます。
プッシュアップバーやチューブなどもあれば、よりバラエティに富んだ自宅トレーニングが出来ます。長年かけて進化してきた人間という生き物です。この程度の期間は誤差だと思って、大きく構えて小さく対応してください。
人間の体の中には海にいたころの名残りが
生物の進化という少し大きな話で言いますと、私たちの血液は何故ショッパイ味がするのか。それはナトリウムが多く含まれているからですが、では何故ナトリウムが多く含まれているのでしょうか。
地球上で最初の生命は海から誕生しました。そして、海の中で生命は色々な進化をし続けて、やがて海の生き物は淡水へと適応をするようになります。そこから更に進化を続け、徐々に陸上へと進出をしていきました。その結果、私たちは海から完全に独立をした形で生きていけるようになったのです。
つまり、血液には海の中にいたころの名残があり、血液中のイオンの組成は海水の組成と非常に近いものになっているためショッパイ味がするのです。例えば、ナトリウムは海水31%で血液中39%、カルシウムは海水1.2%で血液中1.0%、カリウムは海水1.1%、血液中2.7%、塩素は海水55.3%、血液中45%といった具合です。
陸に上がったからこそ備わった種々の機能
脊椎動物が陸上にあがる際には、このような海水の環境を体の内部環境へと持ち込んで上陸してきたのです。しかし、陸上は海中とはまったく環境が違います。例えば、海中の何倍もの重力に耐えなくてはなりませんし、水中に比べて温度差も激しいです。
また、常に体が乾燥してしまうという危険にさらされ、海水と似た血中のイオン組成を維持するのも陸上では相当な苦労となります。いわば海水の入った水槽の中で自分という生物を飼育しているようなものですから、その海水をいかに維持していくかという問題を常に抱えているわけです。これは海水魚を水槽で飼育する事を考えるとイメージしやすいかもしれません。
それを人の体として維持していくのに必要不可欠なものが、内分泌器官やそこから分泌されるホルモンなどです。つまり、一定の状態を維持するというホメオスタシスの仕組みの発達と、陸上での生活は一体と言えるのです。
例えば、水中にいる魚類には存在せず、陸上の生き物だけに存在する副甲状腺という内分泌器官があります。この器官は魚類にはなく両生類になって初めて出現してくるのですが、両生類でもサンショウウオのように一生を水中で過ごす生き物には存在しないのです。つまり、陸上にあがるからこそ必要となってきた器官と言えます。
この副甲状腺からは血中のカルシウム濃度を上げるためにホルモンが分泌されます。これは陸上の生き物が、骨の形成が水中以上に重要になるためより多くのカルシウムを使う事になり、そのため水中の生き物よりもカルシウム不足に陥りやすく、常にカルシウムの濃度を上げるホルモンが必要になったからです。
カルシウムは骨の形成だけではなく、神経の興奮であるとか、筋肉の収縮、血液の凝固にも必要不可欠なミネラルです。そのため骨や歯といった中に大量に貯蔵されており、血中のカルシウム濃度が低下してくるとこの副甲状腺ホルモンによって骨に含まれるカルシウムを溶かし出して血中カルシウム濃度を一定に保つようにしているのです。神経、筋肉、血液凝固と陸上ならではの必要性が故に、副甲状腺という器官とそこから分泌されるホルモンが生まれてきたのでしょう。
他にも魚類が持っているホルモンに別の機能が付加されていくというケースもあります。下垂体後葉ホルモンは腎臓の糸球体にはたらいて尿の量を減らすという働きをしますが、何故だかこの働きをもつのは脊椎動物の下垂体後葉ホルモンだけなのです。
陸上では水分の重要度が水中よりもグッとあがりますから、尿の量を減らして体内の水分をなるべく減らさないという仕組みを完成させているのでしょう。こんな進化を考えると、この数ヶ月が少しだけ小さく感じられるのではないでしょうか。
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