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池田教授が嘆く。忖度学者と役人の利権優先でPCR検査が進まない現状

新型コロナウイルス感染の初期段階でわが国が取ったPCR検査への消極的な姿勢は、その後も改められることがありません。厚労省が発表した8月12日までの検査数は144万件に過ぎず、諸外国に比べ非常に少ない状況が続いています。メルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』の著者でCX系「ホンマでっか!?TV」でもおなじみの池田教授は、この事態を招いた原因は「無謬性の原則」に固執する政府、忖度する学者、省益を優先する厚労省の姿勢にあると糾弾。そして、多くの国民の政治的、科学的なリテラシーの貧しさも原因の一つと嘆いてます。

厚労省の利権がらみでPCR検査が進まない

ここのところの政府の新型コロナ感染症への対策を見ていると、日本もいよいよ東アジア最貧国への転落に拍車がかかりだしたと思って心が暗くなる。ここでいう貧しさとは経済だけのことではなく、アホな対策を進める為政者と、それを指をくわえて眺めている多くの国民の政治的、科学的なリテラシーの悲しいほどの貧しさのことだ。

諸外国ではPCR検査を積極的に行って感染者を見つけ出し、それなりの対策を立てているが日本ではなぜPCR検査が進まないのか。中国の武漢でCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)が流行り始めたのは2019年の暮れ。あっという間に大流行の兆しを見せ、2020年1月23日、中国当局の指示により、武漢市は突如閉鎖された。

あろうことか、安倍晋三はその翌日の1月24日、北京の日本大使館のホームページに、「中国の春節を祝し、オリンピックの年でもあり、訪日大歓迎」の旨のメッセージを載せたのだから、開いた口が塞がらない。結局このメッセージは1週間後に削除されたが、頭の中はインバウンドとオリンピックと習近平の来日しかなかったわけで、新型コロナウイルスで国民が危険にさらされるのを未然に防ぐための方途に関しては、何も考えていなかったことが分かる。

安倍晋三は、3月2日から全国の学校に向けて、春休みまでの休校を要請するという無意味でトンチンカンなパフォーマンスはしたけれど、感染者数が増えてオリンピックが中止になることを恐れ、PCR検査を積極的に行う政策を忌避した。37.5℃以上の熱が4日続かなければ検査をさせないといった非科学的なルールを作って、すぐに検査を行って入院治療をすれば助かったかもしれない患者を見殺しにした。

政府の方針を忖度した御用学者たちもPCR検査を増やせばいいものではないというようなのらりくらりとした意見を言うだけで、根本的な対策の提言は行わなかった。中には、PCR検査を無闇にすると医療崩壊を加速させるといった脅迫まがいの意見もあった。常識的に考えれば分かるように、医療崩壊はCOVID-19の重症者が増えて、ベッド数が足りなくなったり、医療従事者のキャパシティを超えたりするために起こるのであって、PCR検査が原因で起こるわけではない。

PCR検査は精度が100%ではないため、沢山の人を検査すればするほど、偽陰性や偽陽性の人が現れて社会が混乱するという議論があるが、本当だろうか。そのためにはまず感度、特異度、事前確率について理解してもらう必要がある。

感度というのは真の陽性者のうち検査によって陽性と判断される割合で、特異度は真の陰性者のうち検査によって陰性と判断される割合である。事前確率は検査対象者のうちどのくらい真の陽性者であるかという予測値である。事前確率は予測値であって、厳密には知る方法がない。おおよその目安である。例えば、熱があってだるさや頭痛を訴えている人たちを対象にすれば、事前確率はかなり高いと予測されるが、見かけ健康な人たちを対象にすればずっと低くなると予測される。

検査が沢山出来るようになって、例えば1000万人の検体を検査したとしよう。健康な人も不健康な人も無作為に抽出してとりあえず事前確率を1%と考えよう。すると10万人の人が真の感染者と推定される。感度が70%と言われているので、検査の結果、陽性と判定される人は7万人ということになる。3万人は偽陰性である。

一方、真の非感染者は990万人と推定され、少し前に言われていた特異度の99%を適用すると、陰性と判定される人は980万人で、10万人は偽陽性ということになる。付言すれば、偽陰性と真の陰性、あるいは偽陽性と真の陽性を区別することは理念としては可能でも現実には不可能である。別言すれば、真の感染者数を知る方途がない以上、感度も特異度もそれほど信頼に足る数値ではないということだ。

そこで、一般人へのPCR検査不要論を唱える人は次のように主張したのだ。COVID-19を指定感染症としている現行法では、この10万人の偽陽性の人は原則として隔離入院させる必要があるため、偽陽性の非感染者にベッドが占拠され真の感染者を救えなくなる恐れがあり、さらに、非感染者を隔離するのは人権侵害である。一方、3万人の偽陰性の人は、自分は感染していないと信じて出歩くため、感染源となって感染を広げるので、いずれにせよ無闇にPCR検査をすべきでない。

前者の議論の前提は、COVID-19が指定感染症ということからくる議論で、政府が泡食って1月の下旬に決定した政令でCOVID-19を指定感染症にしてしまったことでそういうことが生じたので、さっさと指定感染症から外してしまえば、人権侵害も医療崩壊もなくなる。いわば、マッチポンプみたいな議論である。

さらに言えば特異度はきちんとした検査をすれば、100%に近づけることができるはずで、現在の精度は99.99%くらいになっていると思う。すると1000万人中、偽陽性の人は990人で大した数ではない。中には99.9999%でも100%にならない限り、NGだと主張するトンデモナイ医者もいるが、この場合偽陽性の人は1000万人中10人となり、これを問題にする人は、交通事故の死者が1000万人中10人でも「ダメ、ゼッタイ」と言っているようなもので、アホとしか言いようがない。

感度を100%にすることは不可能である。ウイルスに感染していても、検体の中にウイルスが入っていないことはあり得るからである。反対に、ウイルスに感染していない人の検体からウイルスが見つかることは原理的にあり得ず、検査の過程でウイルスが混入したわけで、きちんと検査をすれば、特異度を100%に近づけることは可能だと思う。高尾山にフジミドリシジミという珍しい蝶がいるが、採りに行っても採れないことはあるが、高尾山に棲息しないルーミスシジミを採りに行って採れるということはあり得ない。採れたら棲息していたということだ。感度と特異度ではそのくらいの違いがあるのだ。

偽陰性の人が歩き回って人にうつすというのも政府のためにする議論だ。そもそも検査をしなければ、10万人の真の感染者も自分が感染者とは思わないので、3万人の偽陰性の人と同じように出歩くわけで、こちらの方が感染リスクは高くなる。PCR検査をやりたくないのは、オリンピックの開催を優先して、感染者数を低く見せるためにPCR検査をやらない理由をでっちあげたので、今更、方針転換するわけにもいかず、しどろもどろな言い訳をしているからだ。

政府や官僚が、間違いだと分かっても改めないことを「無謬性の原則」と呼ぶ。ある政策を成功させる責任を負ったものは、その政策が失敗したときのことを考えたり議論したりしてはいけないという原則である。なんともすごい原則だが、日本の行政を見る限りほとんどの公的組織はこの原則に忠実なように見える。それは税金で成り立っている組織は失敗しても潰れないからだ。私企業であれば、過ちを改めなければ業績が悪くなり、最悪の場合は倒産する。

もう一つPCR検査が進まない大きな原因は厚労省の利権であろう。山岡淳一郎『ドキュメント 感染症利権─医療を蝕む闇の構造』によれば、1875年(明治8年)の文部省報告には「衛生の事項(病院設立、医術開業、薬品検査等の類)は内務省に属し、医学の事項(医学校の設立の類)は文部省に属し…よろしく注意し、その区域を明瞭にすべし」と記されているという。

行政は内務省、教育は文部省という縄張りは、実に明治の初頭に決められたのである。疾病対策は内務省にルーツを持つ厚労省が担当し、大学医学部や研究機関を統括する文科省は介入しないという暗黙のルールは150年近くたった今でも延々と墨守されており、新型コロナウイルスのPCR検査は厚労省の管轄で、文科省の介入は許さないというおかしなことになっている。いくつかの大学の学長がPCR検査を行う用意があると表明しても、遅々として進まないのは、厚労省の利権が壁になっているからである。

PCR検査を無闇に増やすと保健所がパンクするという難癖は、PCR検査を保健所を通さないで済むようなシステムにすれば即座に解決する。文科省の管轄の理化学研究所や大学の医学部、理学部などではPCRは日常的に行われており(PCRは分子生物学の研究に必須のアイテムなのだ)、COVID-19のPCR検査をしてくれるなら、検査にかかる費用以外にも研究費を特別に配分すると言えば、民間の検査機関に回すまでもなく、かなりの検査件数を稼ぐことができるだろう。

しかし、コロナ対策を独占したい厚労省は、文科省が前面に躍り出てきて脚光を浴びると、予算の配分その他の自分たちの省益が脅かされるので、何としてもこれを阻止したい。かといって、厚労省傘下の病院などのコロナ検査のキャパは限られているので、御用学者にPCR検査を拡げるのは無意味などと宣伝させているわけだ。

もちろん、何の症状もない人に無理に検査をする必要はないわけだが、検査が必要な人に対しても検査ができない現在の状況は異常である。症状が軽くても、本人が検査を希望したら速やかに検査が受けられるシステムがあった方がいいに決まっている。インフルエンザの検査は多少怪しければ、すぐ受けられるわけで、何のかんのと非合理的な理由を付けて、必要な人に対しても、簡単に検査ができない現行のシステムは早急に改善する必要がある。日本が開発した全自動のPCR検査装置があるのだから、これを導入すれば、検査するのに特別な技術はいらない。(メルマガより一部抜粋)

image by:soraneko / Shutterstock.com

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