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【書評】もはや脅迫。太宰治が借金依頼状に書いた「死にます」

文学史にその名を残す名文家たちは、言い訳や謝罪に関しても独特の才能を発揮していたようです。今回の無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』で編集長の柴田忠男さんが紹介しているのは、『文豪たちのずるい謝罪文』というそのままズバリのタイトルがつけられた書籍。ある意味「代表作」に負けず劣らぬ、太宰治がしたためた借金依頼状も取り上げられています。

偏屈BOOK案内:山口謡司『文豪たちのずるい謝罪文』

文豪たちのずるい謝罪文
山口謡司 著/宝島社

帯がうまい。「『先生!それはないでしょう!?』借金、浮気、締め切りの言い訳に文豪の名文が冴える!」。

第1章:金!金をくれ!
第2章:〆切から逃げろ!
第3章:文豪VS文豪
第4章:不倫の言い訳
第5章:死ぬ理屈

という構成である。著者は大東文化大学文学部教授、専門は書誌学、音韻学、文献学。

原稿料前借りの常習犯ともいうべきなのが、あの文豪、太宰治。この本で公開された借金の依頼状が、あまりに情けなすぎてガックリくる。本人もまさか後世で公開されるとは思っていなかっただろう。わたしは太宰は数作読んで投げ出したから、こんな裏事情を読んでも、フン、恥知らずな男だねえとしか思わないが、本当の太宰の姿を知った太宰ファンは、そうとう落胆するに違いない。

著者はその前借り依頼状の、言葉遊びをみごとだと評する。「その二百円ではうばうの不義理支払ふことができます」と書くが、「不義理」とは、人が守るべき道、あるいは他人に対して、立場上努めなければならないと意識することを「義理」というのだろうが、それを否定する言葉であり、金の返済を怠ることとして使われていたのが、太宰治くらいの世代までだろうと著者は考える。

「ご休心ください」という言葉も出てくる。いまは「ご安心ください」か。借金魔にそう言われてもなあ。安心の「安」の字は、うかんむりの下に女と書くが、古代中国では女性は家から出られなかったため、家の中にゆったりと坐っている姿を現すことで、ホッとするという意味合いになる。「休」の字は木陰に休んでいる人を表す。という具合に、漢字の構造と意味の説明が興味深い。

太宰の殺し文句は「死にます」ってんだから、どこまで情けない男なんだ。鰭崎潤宛ての手紙では「生涯いちどの、生命がけのおねがひ」で、五十円貸してくれと書く。「貴兄に対しては、私、終始、誠実、厳粛、おたがひ尊敬の念もてつき合いました。貴兄に五十円ことわられたら、私、死にます。それより他ないのです。ぎりぎり結着のおねがひでございます」。依頼というより脅迫だ。

さらに「どんなにおそくとも三日には、キット、キット、お返しできます。充分御信用下さい。お友達に『太宰に三日まで貸すのだ』と申して友人からお借りしても、かまひませぬ。雑誌に新聞に堂々たる広告出すつもりでございます。五十円、どんなに苦しいか承知して居ります。その上で、たのみます」。「ドッサリオムクイデキマス」とあえてカタカナで書く。その擦り寄りが気味悪い。

太宰は、自分には文学の才能があると信じていた。才能があるからお金は他人から借りてもいい、お金を借りてでも自分の才能を磨かないといけないといった強烈な自意識があった。芥川賞が欲しいあまり、川端康成に「刺す」とまで言った。しかし、他人はそう簡単に助けてはくれない。苦労に苦労を重ねて、身も心もボロボロになり、昭和23年、愛人の山崎富栄と心中した。

今東光がつけた「ミミズクみてえな顔」とは言い得て妙、川端康成の顔だ。大正10年頃、今は川端と一緒に菊地寛を訪ねた。川端は何も言わない。一時間くらい黙っていてから「二百円要るんです」といきなり言う。「いつ要るの」「きょう」まるで借金取り。菊地は大きな財布から十円札を揃えて出し「さよなら」、それでおしまい。借用書なし。言葉よりも目で殺すノーベル文学賞作家の交渉術。それにしても、いわゆる文豪たち、イヤな人物ばかり。

編集長 柴田忠男

image by: Shutterstock.com

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