世の中の多くのスポーツ競技でアンチドーピングが当たり前となっています。しかし、多くのプロボディビルダーが世界一を競う「ミスター・オリンピア」のコンテストでは、ドーピングは公然の秘密となっています。こうした実態が背景にあってか、メルマガ『届け!ボディメイクのプロ「桑原塾」からの熱きメッセージ』著者の桑原弘樹塾長の元に、ドーピングに関しての見解を問う質問が届きました。桑原さんは、3つの理由を上げてドーピングを否定。ただし、医療との関係において、アンチドーピングにも多くの矛盾や課題があると、わかりやすく解説しています。
ドーピングを考える
Question
ドーピングについてどのように思われますか。例えばプロなら自己責任として構わないとか、ドーピング検査がない競技ではいいのではないかという意見も耳にしますが、やはりすべてにおいてNGとお考えでしょうか。ちなみに私は競技者ではありません。(38歳、男性)
桑原塾長からの回答
ドーピングが是か非かという点に関しましては、確実に非であるという前提に立つと思います。そのうえで、やはり幾つかの矛盾や納得しにくい点はあるかもしれません。
そもそも何故ドーピングがダメなのかについては、大きく3つ理由があると思っています。
1つは競技の公平性です。鍛え抜かれた肉体をベースに様々な競技のアスリートがしのぎを削るわけですが、そこには鍛えるという前提においても最低限のルールがあります。ドーピングで使われる薬物は、通常の努力の範疇を超えた効果をもたらしますから、あきらかに不平等と言えます。
どんなに努力をしても、アナボリックステロイドを使った筋肉にはナチュラルでは対抗するのは難しいでしょうし、持久系の競技で極端に好タイムが出た際はエリスロポエチンなどの使用が疑われるのも無理はありません。どんな競技にもルールがあるわけで、すべての競技の一番大枠のルールがドーピングをしないという事なのではないでしょうか。
2つ目は健康上の問題です。私はこの問題が最も大きいと思っています。ドーピングに使われる薬物は、程度の差こそあれ確実に副作用があります。副作用の内容は千差万別で書ききれない程ですが、1つは薬物の使用量が膨大だからでもあります。
多くのドーピング対象となる薬物は、一般の治療として使われるものでもあります。例えば性ホルモンや成長ホルモンなども治療に使われます。もっと身近な例で言えばインスリンなども、筋肥大目的で使えばれっきとしたドーピングになりますが、多くの糖尿病患者さんたちには無くてはならない薬です。
医師が治療目的で処方した場合には、効く量と副作用を最小限にする量が意識されていますが、競技力の向上目的で使われる場合にはその量は治療目的のそれよりも相当多くなり、同時に副作用の危険性も増していきます。
今でこそ海外の格闘技やプロレスもアンチドーピングの立場になり、厳しく規制やチェックが行われていますが、一昔前まではそこはプロという名のもとに自己責任扱いされていました。団体や主催者はそこの管理にはタッチせず、各個人が自分の責任と判断で使っていたのです。
一方で試合に負ければ価値は落ちていきますし、さほど長くない選手寿命の中でどうやって成り上がっていくか、ライバルに競り勝つかという日常を過ごしていると、薬物にも手を出すのは当たり前といった風潮も生まれてきます。
過去にプロレスと接点をもっていた際にも、外国人の選手の多くが亡くなってしまっています。その多くが突然死のような形でしたが、中には精神錯乱になって他人を巻き込んだり、自殺のようなケースもありました。間近でそういうケースを見聞きしているので、ドーピングによる健康害に関しては非常に怖さを感じています。
もう1つの理由は犯罪に絡むものです。今でこそネットを通じて比較的容易に入手が可能となるものもありますが、一般的には入手出来ないものであります。キツイ薬になればなるほど入手ルートが狭くなり、いわば違法性が生まれてきますので、そこには犯罪との関係性が生じてきます。
このような理由から、やはりドーピングはやめましょう。認めないようにしましょうというのが私の見解となります。
そのうえでの話になりますが、ミスター・オリンピアをナチュラルであると思っている人は誰もいないわけです。それでも雑誌の表紙を飾ったり、ヒーローとして扱われているわけです。
またドーピングの理不尽な側面もあります。花粉症の人や喘息の人は、治療のために薬を使うのは当たり前であって、逆に使わないと健康を害する訳です。にもかかわらず、幾つかの治療薬はドーピングに抵触するため使用が出来なかったりしますし、私の知人も世界選手権の代表に選ばれた瞬間から風邪をひいても花粉に悩んでも薬を飲まないという生活を続けていました。
ここの部分に関しては、医師と相談をしてドーピングに抵触しない薬を処方してもらったり、事前に協会などの団体に申し出るといった制度はあるのですが、実際の運用はなかなかうまくいっておらず、多くのアスリートが治療目的ですら薬をガマンをしているように思います。
また、まったく思いがけないケースでドーピングに抵触をしてしまう事もあります。例えば育毛剤であったり、何か皮膚に塗布する薬などでもドーピングに抵触する事があり、昨今では知らなかったという言い訳は通用せず、選手としては多くの犠牲を払う事になってしまいます。
最近ではコンタミといって、工場での混入の問題があります。これは誰も意図せずに、結果として想定外の成分が製品に混入してしまうケースです。理論上は入っているはずがないというケースもあって、なかなか個人が防ぐ事は難しいのです。それでもドーピングに抵触をしてしまったら、それなりに厳しいペナルティが課せられてしまいますし、社会的な制裁も受けることになるでしょう。
ひとつ問題だと思っているのは、ドーピングに抵触する量というのをWADAなりが明確にしていないという点です。どういった成分がドーピングの対象かという事は明記されていますが、ではその成分がどれくらい検出されたらアウトなのかは示されていないのです。
私たちの体内では様々な成分が作られていますし、一般の肉や魚といった食材であっても限りなく微量であれば何らかしらの成分が検出される可能性は否定出来ません。そういった点におきましても、まだまだドーピングに関してはトータル的に発展途上の状態なのかなと思っています。
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