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役立たず接触確認アプリ「COCOA」で判明したIT後進国ニッポンの深刻度

厚労省が3日、新型コロナの感染者と濃厚接触した可能性を通知するスマートフォン向けアプリ「COCOA(ココア)」のAndroid版が2020年9月下旬から接触があっても通知を出さない状態だったと発表し、各メディアで大きく報じられました。なぜ、日本政府はこのような不具合が発生していたにもかかわらず4カ月以上も放置していたのでしょうか。元全国紙社会部記者の新 恭さんは自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の中で、今回の問題が日本政府内にデジタルに精通した人材がいないことの象徴だと指摘。そして、ITを駆使したコロナ対策を天才プログラマー大臣とともに成功させた台湾と比較しながら、その根本原因について分析しています。

「COCOA」でデジタル人材不足の深刻さが浮き彫りになった日本政府

日本政府に、台湾のオードリー・タン氏のようなデジタル担当大臣がいたら、接触確認アプリ「COCOA」の不具合が4か月以上も放置されるようなことはなかっただろう。

Android版に限った話だが、陽性登録したアプリ利用者と接触しても検知・通知されない障害が昨年9月28日から起きたままになっていた。なんとつい最近まで、所管の厚労省は、それに気づかなかったという。

2月4日の衆議院予算委員会で玄葉光一郎議員(立憲)が、「失礼ながらかなりお粗末なのでは」と問うと、菅首相はこう答えた。

「失礼じゃなくて、やはりお粗末だった。二度と再びこういうことがないよう緊張感をもって対応したい」

「お粗末だった」とはなにか他人事のように聞こえるが、いつもの開き直りやゴマカシよりは数段マシとして、首相がそれを言うなら「お恥ずかしい」であろう。

ただ、「二度とないようにしたい」ではすまない。厚労省は何をしていたのか。どこに問題があったのか。見落とした責任は誰がとるのか。首相は早急に国会で説明する必要がある。

COCOAについて「利用者は、陽性者と接触した可能性が分かることで、検査の受診など保健所のサポートを早く受けることができます」というのが、厚労省の触れ込みだ。

陽性になった人がアプリに登録、スマートフォンの近接通信機能(ブルートゥース)を利用してその人と1m以内で15分以上接近した人を探し出し、通知する仕組みだが、この4か月間、Androidのユーザーがアプリをインストールしたところで、何の役にも立っていなかった。

どうしてこんなことになったのか。厚労省の説明は以下の通りだ。

本アプリ開発・保守運用事業者からの報告によると、本障害は、昨年9月28日のバージョンアップに伴って生じたものです。…テスト環境を用いて必要なテストを実施してきましたが、その際のテスト内容は…模擬的な検証を行うものでした。…本アプリで通知がこなかった旨の報道を受け、従来の模擬的な検証に加えて実機を用いた動作検証を行ったところ…正しく通知されないこととなっていることが判明したものです。

実機ではなく、テスト環境。本物のスマホを用いず、模擬試験で済ましてきたらしいが、そんないい加減なことがまかり通るとは信じがたい。委託した業者が手を抜いていたとしても、厚労省の担当者がチェックをすれば防げたことではないか。

厚労省のこの発表だけみても、デジタルに精通した人材が政府にいないことがよくわかる。

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コロナ対策に成功した国の一つ、台湾の場合は、オードリー・タンという若き専門家がデジタル担当大臣をつとめ、シビックエンジニアと称される民間のプログラマーと協力し、薬局の場所やマスクの在庫がスマホ上でわかる「マスクマップ」を、短期間でつくり上げた。人口2300万人のうち1000万人が利用したところをみても、政府に対する国民の信頼度が高いことがわかる。

だが実は、日本の場合も、接触確認アプリの作成に立ち上がったのは、民間のプログラマーたちだった。

日本マイクロソフトのエンジニア、廣瀬一海氏は、あくまで個人として昨年3月から開発をはじめた。シンガポールで公開された接触確認アプリを参考に、プログラムを公開して第三者から助言を募るオープンソースで取り組んだところ、多くの専門家が参加した。

ほぼ同時期に、非営利団体「Code for Japan」なども開発を進めていた。IT技術を活用し行政や地域の課題解決をめざす団体だ。台湾でマスクマップを開発したシビックエンジニアの動きに似ており、オードリー・タン氏とも交流がある。

しかし、仕組みの違うアプリが複数出回ると互換性の問題が生じる。廣瀬氏のグループと「Code for Japan」は統一規格の話し合いを進めようとした。

そこに新たな動きがあった。アップルとグーグルが昨年5月20日、接触確認アプリと連携するための仕様を統一し、それを使用する条件として「各国の保険衛生機関が直接アプリを提供する」「1国1アプリとする」と発表したのだ。

当初、政府は内閣官房に「テックチーム」を設けてコロナ対策アプリを担当させていた。テックチームは、民間の複数のグループが開発したアプリを併存させて互換性を持たせようと考えていたようだが、「1国1アプリ」なので、そうはいかなくなった。

そこで、開発を主導することになったのが、「保健衛生」を担当する厚労省である。厚労省は、廣瀬氏らによるオープンソースのソフトウエアをベースにした「COCOA」の開発をパーソルプロセス&テクノロジー社に委託。バグ改修や保守開発をエムティーアイ社に担当させた。

ところが、「COCOA」は昨年6月19日のリリース以降、相次いで不具合が発覚し、国民の不信を招いた。事情を知らない人々は、原型をつくったボランティア開発者にまで批判の目を向けた。そして、その不信が払しょくされないまま、今回の「お粗末」な事態に至ってしまった。

バグが生じるのはアプリの常だが、迅速に修正し、いいものにしてゆく必要がある。コロナ感染が拡大する中で、4か月も役立たずだったのに、担当者が気づかないなんて、常識的にはありえない。

責任は「COCOA」開発を主導した厚労省と、委託されたパーソルプロセス&テクノロジー社、エムティーアイ社にあるのは当然のことである。

パーソルプロセス&テクノロジー社は日本マイクロソフトとフィクサー社に再委託したという報道もあった。不透明な感じは拭えない。持続化給付金事業の委託をめぐる経産省と電通の利権構造を思い起こさせる。

もし、政府のしかるべき地位にに台湾のオードリー・タン氏のような人物がいたら、どうしただろうか。社会のために市民の側から立ち上がったプログラマー、エンジニアたちが最後までモチベーションを失うことなく開発に邁進できるよう、しっかりした環境をつくり、統一アプリを完成させたにちがいない。

アプリをリリースするのは厚労省であっても、開発者である市民エンジニアがリリース後のバグ改修に参加できる仕組みを整えていれば、4か月も重大な障害に気づかないということはありえないだろう。

しかし、ないものねだりには違いない。どの省庁にも、デジタル人材は不足している。政界を見渡しても同じことだ。なにしろ、平井卓也氏がデジタル改革の担当大臣をしなければならないのが、現実なのだ。デジタルに詳しいといっても、自民党という狭い世界での話だ。

民間には優秀なデジタル専門家があまたいるはずのこの国の政府に、デジタル化の指揮をとる人材が決定的に欠けている。

「台湾のコンピューター界における偉大な10人の中の1人」とされるオードリー・タン氏を、35歳でデジタル担当大臣に抜擢した台湾との違いはどこにあるのだろうか。

オードリー・タン氏は昨年12月18日に配信された「NIKKEI STYLE」のインタビューでこう語っている。

「デジタル担当大臣になる前、私は前デジタル大臣・蔡玉玲のもとで1年半、リバースメンターシップという制度を利用して働いていました。リバースメンターシップとは、大臣たちが35歳以下のソーシャルイノベーターを、リバースメンターに任命する制度です。リバースメンターが大臣に新しい方向へと導く一方で、大臣たちは若い人たちに政府がどういう仕事をするのかを教えます。…今は私もリバースメンターと一緒に働いています」

リバースメンタリングは若手が上司に助言する逆方向の支援活動だ。タン氏は前デジタル大臣のもとで政治を学びながら社会革新のために助言を続け、ついには大臣に登用されたのである。

こういう仕組みが日本政府にあるという話は聞いたことがない。おそらくないだろう。デジタルによる社会問題の革新的な解決に取り組もうとする若手をいかにして政官の場に呼び込み、活躍させるか。この課題解決をめざし、台湾の例などを参考に人事システムを変革する必要がありそうだ。

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image by: 厚生労働省

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