MAG2 NEWS MENU

世界で強まる日本への不信感。ミャンマー国民弾圧にダンマリの薄情

軍事クーデターへのデモ隊に対する治安部隊の発砲等により、50名以上が犠牲となっているミャンマー。混乱は深まる一方ですが、ミャンマー国民の人権を守るため、我々はどのようなアクションを起こすべきなのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では著者の島田久仁彦さんが、ミャンマー国軍の人民弾圧開始により流れが変わった各国政府や企業の対応と、欧米諸国から日本企業が「嫌味」を言われている理由を紹介。さらにミャンマーの隣国である中国の動向についても詳細に分析しています。

国際情勢の裏側、即使えるプロの交渉術、Q&Aなど記事で紹介した以外の内容もたっぷりの島田久仁彦さんメルマガの無料お試し読みはコチラ

 

二分化されたミャンマー:最後の成長フロンティアの迷走と混乱

2月1日の国軍によるクーデター以降、ミャンマー情勢の混乱が止まりません。再三のデモ隊への圧力や行動の制限にもかかわらず、収まらない民主化運動のデモの拡大。国軍への反発から、ゼネストにでる公務員や工業団地の職員たち…。

完全にフライン総司令官率いる国軍と軍系の政府は、袋小路に陥りました。

NLD派については、デモの力に後押しされて、暫定政府の樹立へと突き進んでいます。そこにアウンサンスーチー女史の名前は現時点ではありませんが、国軍によるクーデターの正統性を真っ向から否定し、民主化運動の継続をアピールしている国民の大多数の支持に支えられたものと思われます。

それに過剰反応したのが、フライン総司令官率いる国軍です。2月28日の大規模デモへの発砲に始まり、3月4日までに少なくとも50名の死者が出ており、今後、確認が進めばその数は増えるものと思います。

これは、これまで国軍側についていた、警察や消防といった治安当局の離反も招いているという情報を得ました。まさに混乱は深まる一方です。

これにより、国際的な批判が高まっています。欧米諸国からの非難はもちろんですが、一時は黒幕とされた中国、そして内政不干渉の原則から静観していたASEAN各国まで、フライン総司令官と国軍によって行われた武力行使への非難が進んでいます。

国連事務総長(グティエレス氏)は「暴力的な弾圧を強く非難」する声明を出しました。そして、今月は米国が安全保障理事会議長国であることからも、立場上、公式なコメントではありませんが、対ミャンマー制裁が安保理での議論のテーブルに乗せられるとの見通しを語っています。

実際には中ロの姿勢次第といえますが、何らかの非難声明が出る可能性は高いと私は考えています。

次に、米国です。ホワイトハウスの国家安全保障担当大統領補佐官であるサリバン氏が「追加制裁を具体的に準備している」旨のコメントをし、アメリカとして何らかの追加措置を取ることをにおわせています。

これには、先ほど述べたように、今月の国連安保理議長という立場を活かして議論を国連の場にもっていくというルートと、すでに米国が課している軍幹部への制裁措置の強化というルートの2通り考えられます。

前者については、現在、任免問題で話題になっているミャンマーの国連大使が、NLD側の立場を取り、公然と国軍によるクーデターとその後の混乱について非難していることから、安保理決議の重要な引き金となる【当事国の同意・依頼】という条件は満たしそうな感じです。

もちろん、本国の軍事政権による政府はそれを認めないでしょうが、まだ解任されていないため、安保理に上程される段階では、もしかしたら、当事国の賛成という事態になるかもしれません。

後者の場合、バイデン政権の懸念は、国軍をあまり刺激しすぎると、暴行に出る可能性があることと、中国への接近がさらに進むことですが、人権尊重という原理原則を前面に出す外交方針と、ASEAN諸国からの信頼という観点からも、緩い内容の制裁では済ませることが出来ないのが実情です。もしかしたら、バイデン政権の対中・アジア外交の方向性と真価を決定づける案件になるかもしれません。

EUについては、ミシェル欧州大統領、欧州委員会のフォンデライエン委員長に加え、メルケル独首相、マクロン仏大統領なども挙って、ミャンマー国軍によるデモ隊への武力行使を非難し、「これらは国際法を露骨に無視しており、EUとして看過できるものではない」との共同コメントを出して、フライン総司令官たちに自制を促すとともに、米国や日本と共に、対ミャンマー制裁の協議に入ったとの情報もあります。

国際情勢の裏側、即使えるプロの交渉術、Q&Aなど記事で紹介した以外の内容もたっぷりの島田久仁彦さんメルマガの無料お試し読みはコチラ

 

「梯子外し」に出た中国とミャンマー国軍の大誤算

ここで面白いのが、中国やASEAN諸国の反応です。

これまでは、内政不干渉の原則を貫き、表立ったコメントや非難を避けてきましたが、今回の事態を受け、その原則を変えざるを得ない状況になったようです。

まず、中国政府ですが、これまで「よき隣人としてこれからもミャンマーの民主化を支援」というコメントに徹していましたが、2月1日の黒幕説が消えない中、ついにフライン総司令官と国軍の行動および事態のエスカレーションに対して、あからさまに不満をあらわにし、非難を行っています。

一応、“ミャンマーの主権を尊重する”という但し書きは忘れていませんが、完全にミャンマー国軍からは距離を置く姿勢に転じたようです。これは、中国と密接な関係を築いたフライン総司令官と国軍にとっては大きな痛手でしょう。

しかし、忘れてはならないのは、中国はNLDやスーチー女史とも密接かつ親密な関係を築いていたということで、軍の後ろ盾というよりは、本当にミャンマーの“よき隣人”だったということでしょう。

中国にとって、一帯一路政策を推し進めるうえで、インドに隣接し、アジア各国のど真ん中に位置するミャンマーの戦略的な重要性は変わらないため、ミャンマーがこれ以上混乱することは、中国の国益とアジア戦略にマイナスになるとの見方が北京で囁かれています。これ以上の事態の悪化が起こる場合、もしかしたら、黒幕どころか、国軍切りに舵を切るかもしれません。

内政不干渉の原則を貫いていたASEAN諸国については、すでにインドネシア、タイ、マレーシア、シンガポールがそれぞれにコメントを出し、国軍による民衆への武力行使を全面的に非難しています。

フライン総司令官は、完全に欧米諸国および日本や中国、ASEAN各国などからの反応を読み間違えたようです。

自らをティン・セイン政権の再来のように位置付けたかったようですが、かつての軍による蛮行と圧政の記憶は、国民的英雄のスーチー女史の逮捕・軟禁と、国民の声によって選出されたNLDへの圧力、そして、人権を尊重する姿勢で一枚岩となったアメリカと欧州の体制を甘く見てしまったようです。

そして何よりも、頼りにしていたはずの中国が、フライン総司令官と距離を置き始めたことは、大きな誤算だったのではないでしょうか。

結果としてどうなってきているか。まず、中国やASEAN諸国(特にタイ)と進めてきたインフラ案件が、ことごとく見直され始めています。タイとの工業団地建設プロジェクト(日本も参加)は、突如、ミャンマー側からのキャンセルが入り、その後、なしのつぶてであるようで、タイ政府の高官曰く、「許すことが出来ない事態であり、タイサイドの雇用問題にも発展している。責任ある態度を望みたいが…」ということ。

中国・昆明からミャンマーのチャオピューまでの2本の石油・天然ガスパイプライン建設も、中国としては、マラッカ海峡を通らずに一帯一路パートナー国との資源融通を行える生命線であったにもかかわらず、今回の混乱を受けて、そのプロジェクトの見直しが行われるとのことです。

そして、今、欧米諸国を中心に40社以上(コカ・コーラ社やH&M、Facebookやフランスのトタル社など)が連名で「人権が尊重されない限りは、投資を続行する環境が保障されず、撤退を考えざるを得ない」とのコメントを出して、国軍への非難を強めています。株主からの圧力を受けて本当に撤退をはじめる企業も出ています。

私にとって不可解なのは、大企業が挙って進出している日本の企業が、そこに参加していないことです。早速、欧米諸国からは「日本企業と政府がいうESGは、まやかしか。それとも感覚が鈍いのか…」という嫌味を言われています。

現時点では、本件の出口が見えず、まさに状況は袋小路に陥っているといえるでしょう。悩ましい限りです。

国際情勢の裏側、即使えるプロの交渉術、Q&Aなど記事で紹介した以外の内容もたっぷりの島田久仁彦さんメルマガの無料お試し読みはコチラ

 

習近平国家主席の夢:“大中華帝国の再興”は実現するか─狭まる対中包囲網と中国の覚悟

世界がまだコロナの影響にあえぐ中、中国・習近平国家主席の野望は止まることを知りません。

国際社会から非難の的になる新疆ウイグル地区では“再教育”という名のもとに、地域と住民の権利を蹂躙していますが、あくまでも“国内の問題”と片付けてしまい、意にも介さない姿勢を保ちます。

昨年、欧州各国の目を覚まさせたと言われる香港国家安全維持法の施行を強行し、迅速に香港住民、特に民主化運動を進めるメディアや若者たちを収監して、近く行われる予定の香港議会選挙に対するルールまで変えようとしています。

香港が築いてきた国際的な地位は地に落ちたといえますが、それでも中国政府は香港の“中国化”を進めています。

そして、その目は今、チベットに向いています。チベットも、予てより、ダライ・ラマの政治的な活動を嫌い、中国政府が支配を拡大し、国際社会からの非難を集めているところですが、そのチベットの開発のため、数兆円規模のインフラ事業を進める方針が明らかにされました。

今、40時間ほどかけているチベットまでの道を、十数時間に縮めるための高速鉄道や高速道路の建設が行われるようです。

そして、習近平国家主席の夢である【大中華帝国の大復興】のlast mile/Last pieceに位置づけられた台湾併合への決意は、より顕在化しています。

恐らく、今日、開幕する全人代でもその決意に触れられることと思います。

このように、欧米や国際社会からの非難に対する対抗姿勢を変えることはなく、逆に強硬姿勢を強めているように思います。

そして、各国からの対中経済依存度の高まりをテコに、非難に対する報復措置を発動しています。

現在は、オーストラリアからの輸入をことごとくブロックしています。海産物、オオムギ、ワイン、石炭、砂糖、木材などがその対象となっています。

発動直後は、モリソン政権も焦った模様ですが、中国にとっての戦略物資となっている鉄鉱石は、オーストラリアに依存しているという実態に加え、国内企業の業績が良好であるという事態が追い風になり、オーストラリア政府としては、中長期的な懸念は抱きつつも、中国が願っていたほどの影響は出ていない模様です。

日本については、かつて、2012年だったでしょうか。レアメタルの対日輸出が止められるという事態での“いじめ”にあっていますが、今後はどうでしょうか?

ところで、「日中関係はこれまでになく良好」との評価をよく聞きますが、どこまで本気でそう感じているでしょうか?

尖閣諸島問題で真っ向から対立し、日々軍事的な圧力と脅威を与えてくる相手が、本当に友好国なのだろうかと、ちょっと感じてしまったりします…。

欧州各国は、大きな収入源としての対中輸出と、多くの戦略物資・資源の対中依存度、そしてアメリカへの対抗心もあり、中国市場へのアクセス拡大を至上命題にしているようですが、見事にこれを人質に取られる恐れが顕在化しています。

一応、メルケル首相の置き土産のように、昨年末、中・欧間で経済と貿易の協定が出来ていますが、まさか本当に中国が遵守するとはだれも考えていないと思います。

つまり、中国は欧州各国が世界に誇っている脱炭素をはじめとする技術の首根っこをしっかりと締め上げる準備ができています。

それは、これまで一帯一路政策の名の下、中国がアジア、中南米、アフリカで進めてきた“植民地政策”に類似してきます。

すでにこれらの国々(途上国)は、中国からの支援を受ける見返りとして、【中国の利益を常に考慮し、そして国際社会において親中であり続けなくてはいけない】という、外交・安全保障・経済上の負のスパイラルに組み込まれ、完全に支配されています。

今、メディアでは対中包囲網の強化というコンセプトが躍っていますが、それが本当に効力を発揮し、中国に圧力をかけることが出来るとしたら、それは中国離れを各国が真剣に模索し、各国共同でその動きを、相互協力の深化の下、進めることができるかによるでしょう。

そしてそのために、先進国と言われる欧米と日本、そしてオーストラリアがどこまで、中国経済圏に陥った途上国の面倒を見ることが出来るかにもかかっています。

その覚悟やいかに!?

国際情勢の裏側、即使えるプロの交渉術、Q&Aなど記事で紹介した以外の内容もたっぷりの島田久仁彦さんメルマガの無料お試し読みはコチラ

 

唯一、中国からの報復の餌食になる日本が決めるべき覚悟

安全保障・軍事面では、対中包囲網は確実に狭められています。アメリカは、インド太平洋における指揮系統を分散し、中国からのミサイル攻撃に対抗する姿勢を取ることになっています。そして、海兵隊の機能を拡大して、対中衛星前線基地の確保に乗り出す方針です。

今のところ、それに応えているのは南太平洋の島国パラオのみですが、今後、アメリカがこの戦略を展開するにあたり、いかに中国と戦争状態にない国への上陸への同意を取り付けることが出来るかがカギになります。

それはつまり、対中有事の際、アメリカに与する国々は、中国にとっての敵とみなされ、中国からの報復の可能性が出てきますが、その際にアメリカは本気でそれらの国々を護ることが出来、どこまでその覚悟があるのかを試されることになるでしょう。

軍での大きなグランドデザインが描かれていますが、実現可能性は未知数です。

大きな変化があったとすれば、英仏独がそれぞれのフリゲート艦や潜水艦、英に至っては空母(米軍との共同運用)をインド太平洋地域に派遣するということでしょう。

規模としては、残念ながら中国の脅威にはならないでしょうが、本格的に稼働するのであれば、中長期的には、外交・政策面での重要度は高くなるものとおもいます。

直接的に3か国の軍隊がアジアで戦闘に参加することは考えづらいかと思いますが、今後、米軍がアジアシフトを進め、中国との戦闘に入るような場合(特に台湾海峡での衝突と、尖閣諸島での衝突)、欧州の軍は、アメリカ軍が中東や欧州で果たしている役割を肩代わりすることで、アメリカ他の支援を行うことが可能になります。

加えて、欧州各国、特にフランスのインド太平洋国家としての位置付けが明確になり、欧州の対中政策の方向性が明確化することで、中国が容易に武力衝突にシフトしづらい環境を作れると期待できます。

この動きは、バイデン政権誕生直後のNATO同盟国の会合で、歴史的な敵国としてのロシアに加え、中国がNATO共通の仮想敵国に加わったことに現れています。欧州各国は、中国の人権蹂躙や強権的な姿勢に対抗する覚悟を示したといえるでしょう。

とはいえ、アメリカ国防省がすでに公に認めているように、中国がインド太平洋地域に持つ戦力は、アメリカのそれを凌駕しており、特に中国軍のミサイル能力は、大きな脅威となっていることも認識しなくてはならないでしょう。

では、欧米と日本・インド・オーストラリアの対中包囲網としての軍事的な連携が進んでいる中、習近平国家主席の夢の行方はどうなるのでしょうか?

その運命を占うのは、もちろん、習近平国家主席を取り巻く中国国内政治状況にもよりますが、外交的側面では、包囲網を形成する国々がどこまで本気で連携できるかにかかっているでしょう。

実はその懸念は、今回、覚悟を決めたはずのEUに内在します。独仏(英)は前向きに対中包囲網に加わるようですが、中国からの恩恵を受けてきた南欧諸国や中東欧諸国のマインドは、すでに途上国に対する中国支配のモデルでお話ししたように、中国に握られています。

もし、本当に習近平国家主席が夢をかなえるべく、台湾への攻撃を始めるとしたら、包囲網はどこまで効率的に機能するのでしょうか?

そして、その中で、唯一、中国からの報復の餌食になり得るのは、アジアに位置する日本だけです。

その日本は、今後、中国の脅威の影にどう対処し、台湾とどのように付き合っていくのか。

まだその方針は明らかになっていないと思われますが、事態が緊迫度を増す中、さほど残された時間はないものと考えます。

かなり長くなりました。いかがだったでしょうか。またご意見、ぜひお聞かせください。

国際情勢の裏側、即使えるプロの交渉術、Q&Aなど記事で紹介した以外の内容もたっぷりの島田久仁彦さんメルマガの無料お試し読みはコチラ

 

image by: Maung Nyan / Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

有料メルマガ好評配信中

    

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』 』

【著者】 島田久仁彦(国際交渉人) 【月額】 ¥880/月(税込) 初月無料! 【発行周期】 毎週 金曜日(年末年始を除く) 発行予定

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け