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【書評】“逆転劇”という物語の快楽原則。昔話の主役はなぜ老人が多いか

誰もが幼い頃から慣れ親しんできた「日本の昔話」ですが、その主役はなぜ圧倒的にお年寄りが多いのでしょうか。そんな素朴な理由に迫ったユニークな書籍を紹介しているのは、無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』編集長の柴田忠男さん。どうやらそこには「二つの理由」が存在しているようです。

偏屈BOOK案内:大塚ひかり『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』

昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか
大塚ひかり 著/草思社

昔話の主人公に「老人」が選ばれるのは、二つの理由があると著者はいう。

一つ目は老人の「社会的地位の低さ」にある。有力な働き手と成り得ない非力な老人は、貧しく不安定な社会では、基本的に「社会のお荷物」である。

でも、神仏の助け、動物の助けで豊かになったり、あるいは知恵と知識の力で危機を逃れるという昔話の展開には、「逆転劇」のような面白さがある。

「徒然草」では「老いて『智』が若いときよりまさっているのは、若い時の容姿が老いたときよりまさっているのと同様である」と、老人の特徴として「智」をあげている。このことは、昔話の多くの語り手が老人であることと関係する。そして、老人は故事や過去の歌などを問い合わせるのにはうってつけの存在だ。

認知能力が衰えているという老人の特徴も、閉塞状況を打開し、「逆転劇」をもたらす要素になっている。昔話や古典文学は、マイナス要素であるはずの老醜さえ、時には武器になると教えてくれる。さらに体力のなさも、物語を突き動かし、主役の運命を不幸から幸へ、貧から福へ逆転させる原動力ともなる。

老人は共同体での地位の低さであったり、心身の衰えといった弱点ゆえに、思わぬダークホースとなって物語を動かす。そもそも弱者が強者を倒したり、主役を助けたりといった「意外な力」を発揮して、その存在感を示すというのは、古今東西の物語のパターンである。

そして老人が主役である二つ目にして最大の理由が、「老人そのものがもつ物語性」にあると著者はいう。

昔話には「隣の爺」と呼ばれる型がある。「良いお爺さん」の「隣」に「悪いお爺さん」が住んでいて、良いお爺さんが知恵や親切で、神様や動物の恵みを受け金持ちになったのを羨んで、中途半端にその真似をし、ひどい目にあうというパターンで妙に現実味がある。

老人がこのように、はっきりとした善悪の対象として描かれるのは、老人そのものがもつ極端さ、年とともに「極端化するキャラクター」に起因するらしい。極端化……わたしもそうかも~。

年を重ね経験を積むにつれて、怒りっぽい人はより怒りっぽく、優しい人はより優しく、個性が特化して、所得格差も開き、境遇もバラエティに富んでいきます。1990年代の大半を〈変人を探しもとめる〉旅に費やしたという都築響一は、日本中で出会った変人のうち、もっともクリエイティブというか、多産にしてオレサマ人生を疾走していたのは、なぜか圧倒的にじいさんなのだったといいます。

老人ほど容姿、言動、性格において、変化に富んだ存在はありません。これが同じ人間か、と驚くほどです。老人は「キャラクターが立っている」のです。そういう極端さが、神にも鬼にもなり、「いいお爺さんと悪いお爺さん」という書き分けにつながっている。

昔話が語り口の面白さにあるとしたら、こうした老人ほどふさわしい存在はないでしょう。

わたしは編集者時代に、女性スタッフがわたしに向けた「鬼……」というツブヤキを聞き逃してはいない。当時は中年後期だったか。

いいお爺さん 柴田忠男

image by: Shutterstock.com

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