MAG2 NEWS MENU

北方領土返還などあり得ない現実。ロシア軍が着々と進める「核戦争訓練」の不気味

やはりロシア政府は、北方領土を日本に返還する気など微塵もないようです。日本の北方領土とカムチャツカ半島の中間にある千島列島の松輪島に地対艦ミサイルシステムを配備したとロシア国防省が発表。国防省による映像や機関紙『赤い星』の記述、さらには衛星画像によるロシア軍原潜の動向から、オホーツクで大規模な防衛訓練が実施されたと見るのは、ロシアの軍事・安全保障政策が専門の軍事評論家・小泉悠さんです。今回のメルマガ『小泉悠と読む軍事大国ロシアの世界戦略』では、上記した詳細な分析に加え、核戦争訓練が近く実施される可能性があると指摘。このエリアで「核の要塞化」が進めば、ロシアが北方領土を手放すことなどあり得なくなるとの見解を示しています。

ロシアという国を読み解くヒントを提供する小泉悠さんのメルマガ詳細・ご登録はコチラ

 

※ 本記事は有料メルマガ『小泉悠と読む軍事大国ロシアの世界戦略』2021年12月6日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール小泉悠こいずみゆう
千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了(政治学修士)。外務省国際情報統括官組織で専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO RAN)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所特別研究員などを務めたのち、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。

ロシア軍のオホーツク防衛大演習

松輪島にバスチョン地対艦ミサイルを配備

前々号のインサイトでは、ロシアが中千島の松輪島に何らかの軍事施設を建設しつつある可能性を指摘しましたが(第154号(2021年11月22日) 中露爆撃機尖閣接近の意味 松輪島に新基地が出現|ユーリィ・イズムィコ)、ロシア国防省から早々に「答え合わせ」が出ました。こちらの動画です。

Расчёты берегового ракетного комплекса «Бастион» впервые заступили на дежурство на острове Матуа(ロシア国防省YouTubeチャンネル)

丘の上に造られた軍用コンテナ村の様子、ハンガーから出撃していくバスチョン地対艦ミサイルなどがはっきり写っています。映像では最大4両の移動式発射機とモノリート-B火器管制レーダーが確認できますから、おそらく1個中隊程度が展開してきたのでしょう。この動画に付されたロシア国防省の声明によると、バスチョンが松輪島に展開するのは初めてとのことです。

ロシアの弾道ミサイル原潜(SSBN)パトロール海域であるオホーツク海は、北極のバレンツ海と並んで「核の要塞」などと通称されますが、後者に比べると前者の防御アセット配備密度は比較的薄いものでした。周囲を半島や大きな島に囲まれたバレンツ海と異なり、オホーツク海は比較的小さな島嶼のつらなりである北方領土と千島列島によって囲まれているに過ぎないからです。

もちろん、純粋に大きさだけで言えばこれらの島々に多様な防御アセットを展開することは不可能ではないわけですが、現実に大型の軍用装備やその操作要員を展開させるのは簡単ではありません。これらの人員・機器を収容するためにはそれなりの大きさの兵舎や格納庫が必要ですし、しかも常に燃料や食料を補給する必要があります。もともと大きな人口居住地があればそこから供給を受けることも可能でしょうが、千島列島中部はほとんどが無人島なので、インフラと物資補給は一から基地のためだけに実施せねばなりません。

さらに大型レーダーのように大電力を必要とするアセットを配備しようとすれば、大出力の発電機も据え付けねばなりませんから、その負担はさらに増します(防空システムなら自前の発電ユニットを持っているが、これもやはり絶えず燃料供給が必要になる)。

そういうわけでこれまで中千島の防衛体制は、その必要性が幾度も指摘されながら、事実上はスカスカのままでした。というより、時折軍と地理学協会(RGO)の合同探検隊が上陸する以外、全くカラだったというのが正確です。

唯一の例外は松輪島で、2016年に簡易飛行場が設置され、探検隊のためにやはりごく簡易なキャンプ地が造られていました。今回、バスチョンが配備された新基地は、まさにこのキャンプ地を大幅に拡充したものです。なお、前述したロシア国防省の説明によると、この基地には保守設備や物資保管庫も備えられているということなので、一時的に展開を行うだけでなく、常時駐留を考えているのでしょう。

ロシアという国を読み解くヒントを提供する小泉悠さんのメルマガ詳細・ご登録はコチラ

 

オホーツク海の「穴」を塞ぐ

ところで、松輪島へのバスチョンの展開は、それ単独の動きではないようです。ロシア国防省の機関紙『赤い星』は、カムチャッカ半島に駐屯する地対艦ミサイル旅団(第520沿岸ロケット旅団)のバール及びバスチョン地対艦ミサイルが機動展開訓練を11月末に実施していたことを明らかにしています。

Бастион и Бал – в умелых руках │ 機関紙『赤い星』

この記事によると、地対艦ミサイル部隊は海軍歩兵旅団のBTR-82A装甲兵員輸送車の支援を得て輸送艦に分乗し、護衛の水上艦艇及びMiG-31とともに海上機動展開したとされています。これがカムチャッカ半島内でのことのなのか、松輪島への展開を指しているのかは記事からは判然としないのですが、おそらく後者が含まれていたことは確実でしょう。松輪島に展開したのが1個中隊であることを考えると、もう1個中隊はカムチャッカでも行動したのではないかと思われます。

地図に円を描いてみるとわかりますが、松輪島にバスチョンを展開させれば、カムチャッカと択捉島から発射されるバスチョンと合わせて、オホーツク海の太平洋岸は一応塞ぐことが可能になります。

さらにロシア軍はこれに先立つ11月22日、択捉島に配備されたS-300V4防空システム(ロシア軍は単に「クリル列島で」としか発表していないが、S-300V4は択捉島にしか配備されておらず、衛星画像でもこのシステムが移動していないことが確認できる)による防空訓練を実施しています。

На Курилах состоялась тренировка по отражению авианалёта ракетами комплекса С-300В4 │ ロシア国防省

こうした前後の状況をつなぎ合わせるならば、ロシア軍は今年11月に入ってから大規模なオホーツク海防衛訓練を実施しており、松輪島へのバスチョン配備はその一環であったと理解できるでしょう。

ロシアという国を読み解くヒントを提供する小泉悠さんのメルマガ詳細・ご登録はコチラ

 

SSBNの動き

さらに、「要塞」によって守られる側、つまりSSBN自体の動きもこの時期には活発化していたことが衛星画像によって確認できます。

11月初頭段階においてはSSBNは巡航ミサイル原潜(SSGN)や攻撃型原潜(SSN)とともにカムチャッカの原潜基地に留まっていたことが確認できますが、11月1日には955型(ボレイ級)の1隻が埠頭を離れ、港の北部にあるミサイル装填施設に接岸しています。一方、11月14日には955型のうち1隻が完全に港から姿を消しましたが、29日には再び埠頭に2隻(667BDR型1隻と955型1隻)、ミサイル装填施設に1隻という状態となっています。

このうち、29日にはミサイル装填用クレーンから長いものがぶら下がっている影がはっきり確認できるので、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を装填ないし積み下ろししたものと考えられるでしょう。

これらが指し示すのは、太平洋艦隊のSSBN部隊が何らかの大規模な訓練活動を準備しているということだと思われます。通例、ロシア軍は毎年9月頃に軍管区レベルの大演習を実施し、その後10-11月頃に戦略核部隊による大演習を実施するという訓練サイクルを取ってきました。つまり、通常戦争が全面核戦争にまでエスカレートするところまで一通りやっているわけですが、今年はまだ核戦争部分の訓練が行なわれていません。

その理由は明らかでないものの、おそらくは近いうちに核戦争訓練が始まるのではないかと思いますし、オホーツク周辺での地対艦ミサイルの展開や防空戦訓練はその下準備と見ることができるでしょう。この点からも、オホーツクがロシアにとって「核の要塞」であることが確認できると言えます。とすると、やはり軍の制服組にとっては北方領土を手放すなど言語道断、ということになってしまうこともまた、ここから読み取れてしまうわけなのですが。

(メルマガ『小泉悠と読む軍事大国ロシアの世界戦略』2021年12月6日号より一部抜粋。全文はメルマガ『小泉悠と読む軍事大国ロシアの世界戦略』を購読するとお読みいただけます)

ロシアという国を読み解くヒントを提供する小泉悠さんのメルマガ詳細・ご登録はコチラ

 

初月無料購読ですぐ読める! 12月配信済みバックナンバー

※2021年12月中に初月無料の定期購読手続きを完了すると、12月分のメルマガがすべてすぐに届きます。

いますぐ初月無料購読!

<こちらも必読! 月単位で購入できるバックナンバー>

初月無料の定期購読のほか、1ヶ月単位でバックナンバーをご購入いただけます(1ヶ月分:税込880円)。

2021年11月配信分
  • 第155号(2021年11月29日)現実味を増すロシアのウクライナ侵攻シナリオ 猫と暮らせば ほか(11/29)
  • 第154号(2021年11月22日) 中露爆撃機尖閣接近の意味 松輪島に新基地が出現(11/22)
  • 第153号(2021年11月15日) ロシアがベラルーシと核シェアリング?ほか(11/15)
  • 第152号(2021年11月8日) 中露軍事協力との向き合い方、ベラルーシと新「共通軍事ドクトリン」(11/8)
  • 第151号(2021年11月1日) シリアでのロシア航空部隊大規模展開 地対艦ミサイルの「艦隊間移動」ほか(11/1)

2021年11月のバックナンバーを購入する

2021年10月配信分
  • 第150号(2021年10月25日) 中露艦隊日本一周、アフガン情勢とロシア、核兵器禁止条約 ほか(10/25)
  • 第149号(2021年10月18日) 日本海での米中露つばぜり合い ほか(10/18)
  • 第148号(2021年10月11日) ロシア軍の「北極艦隊」構想 ほか(10/11)
  • 第147号(2021年10月4日)ロシア軍のオホーツク防衛戦略と日本(10/4)

2021年10月のバックナンバーを購入する

2021年9月配信分
  • 第146号(2021年9月27日)ロシア軍西部大演習を巡る国際関係 ほか(9/27)
  • 第145号(2021年9月13日)日本に求められるシンクタンク像 ほか(9/13)
  • 第144号(2021年9月6日)ロシア新国家安全保障戦略その3 ロシア軍の大規模予備役動員 ほか(9/6)

2021年9月のバックナンバーを購入する

2021年8月配信分
  • 第143号(2021年8月30日) ロシアの武器輸出 サハリンに新型レーダー 人をダメにするソファ(8/30)
  • 第142号(2021年8月23日) ハイブリッド戦争としての対テロ戦 トルコにS-400追加供給?ほか(8/23)
  • 第141号(2021年8月16日) タリバンとロシア 反射的コントロールとは ほか(8/16)
  • (号外)暑中お見舞い申し上げます(8/9)
  • 第140号(2021年8月2日)ロシアの新国家安保戦略その2 アフガン不安定化と旧ソ連諸国(8/2)

2021年8月のバックナンバーを購入する

2021年7月配信分
  • 第139号(2021年7月26日) 夏休み読書企画「新しい戦争」論を掴む(7/26)
  • 第138号(2021年7月19日) ロシアの新国家安全保障戦略、中央アジアへの米軍展開問題 ほか(7/19)
  • 第137号(2021年7月12日) ロシア「原子力魚雷」の正体は?(7/12)
  • 第136号(2021年7月5日) クリミア沖での英露鍔迫り合い、ロシアの新型弾道ミサイル ほか(7/5)

2021年7月のバックナンバーを購入する

2021年6月配信分
  • 第135号(2021年6月28日) 北方領土大演習、米露軍備管理、新しい戦争、大国との張り合い方(6/28)
  • 第134号(2021年6月21日) 北方領土での爆撃訓練 「ナワリヌイの乱」後編 ほか(6/21)
  • 第133号(2021年6月14日) ナワリヌイの乱総括、北極に戦闘機配備、太平洋艦隊大演習(6/14)
  • 第132号(2021年6月7日) 北極は燃えているか(多分燃えていないという話)(6/7)

2021年6月のバックナンバーを購入する

2021年5月配信分
  • 第131号(2021年5月31日) ベラルーシ強制着陸事件が脅かす国際秩序(5/31)
  • 第130号(2021年5月24日) 新テクノロジーと戦争、北極の三つ葉 ほか(5/24)
  • 第129号(2021年5月17日) 少子化に直面するロシア軍 さよならマキエンコ(5/17)
  • 第128号(2021年5月10日)(5/10)

2021年5月のバックナンバーを購入する

2021年4月配信分
  • 第127号(2021年4月26日) 苦しいロシアの軍需産業 プーチン教書演説 ほか(4/26)
  • 第126号(2021年4月19日) ウクライナ企業を狙う中国思惑 ロシア軍のロボット化部隊 ほか(4/19)
  • 第125号(2021年4月12日) ロシアはウクライナとの戦端を開くか(4/12)
  • 第124号(2021年4月5日) ロシアの対宇宙作戦能力、新型ICBM ほか(4/5)

2021年4月のバックナンバーを購入する

2021年3月配信分
  • 第123号(2021年3月29日) 北朝鮮の新型ミサイルを巡る謎 ほか(3/29)
  • 第122号(2021年3月22日)対露「コスト賦課」戦略 ロシア軍の「本当の兵力」ほか(3/22)
  • 第121号(2021年3月15日) 春休み読書企画 戦争について考える(3/15)
  • 第120号(2021年3月8日)第二次ナゴルノ・カラバフ戦争を指揮したのはトルコ軍?(3/8)
  • 第119号(2021年3月1日)ロシア製ミサイルを巡ってアルメニア内政が混乱(3/1)

2021年3月のバックナンバーを購入する

2021年2月配信分
  • 第118号(2021年2月22日) ロシア憲法改正と北方領土交渉の「終わり」(2/22)
  • 第117号(2021年2月15日)北方領土駐留ロシア軍の横顔 ほか(2/15)
  • 第116号(2021年2月8日) 菅政権は北方領土問題に「戦略守勢」で臨め 北極にMiG-31ほか(2/8)
  • 第115号(2021年2月1日)謎のミサイル「ヤルス-S」の正体、ナヴァリヌィの乱でデタントに?ほか(2/1)

2021年2月のバックナンバーを購入する

2021年1月配信分
  • 第114号(2021年1月25日)ナヴァリヌィはプーチンの「終わりの始まり」? ゲラシモフ参謀総長引退?ほか(1/25)
  • 第113号(2021年1月18日)ロシア軍事重要発表を読む-2 ロシアの最新兵器開発・配備動向(1/18)
  • 第112号(2021年1月4日)国防省拡大幹部評議会から見る2020年のロシア軍(1/4)

2021年1月のバックナンバーを購入する

2020年12月配信分
  • 今年もありがとうございました(2020年12月29日)(12/28)
  • 第111号(2020年12月21日) 公開された極超音速ミサイル「アヴァンガルド」 太平洋艦隊の近代化 ほか(12/21)
  • 第110号(2020年12月14日) カラバフ紛争でロシアが「非核エスカレーション抑止」を実行?(12/14)
  • 第109号(2020年12月7日)北方領土への新型防空システム配備、非核戦略抑止論ほか(12/7)

2020年12月のバックナンバーを購入する

image by: Козинцев, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

小泉悠この著者の記事一覧

千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了(政治学修士)。外務省国際情報統括官組織で専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO RAN)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所特別研究員などを務めたのち、現在は東京大学先端科学技術研究センター特任助教。

 

ロシアの軍事や安全保障についてのウォッチを続けてきました。ここでは私の専門分野を中心に、ロシアという一見わかりにくい国を読み解くヒントを提供していきたいと思っています。

有料メルマガ好評配信中

  初月無料お試し登録はこちらから  

この記事が気に入ったら登録!しよう 『 小泉悠と読む軍事大国ロシアの世界戦略 』

【著者】 小泉悠 【月額】 ¥1,100/月(税込) 初月無料 【発行周期】 毎週 月曜日

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け