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日本の過労死ライン「死ななければ関係ない」のトンデモ基準

日本発祥の言葉であり、「Karoshi」という綴りで世界が知るところとなっている過労死。その日本における「過労死ライン」が、あまりに非科学的であることをご存知でしょうか。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では健康社会学者の河合薫さんが、科学的なエビデンスに基づけば「1ヶ月の残業時間50時間」とすべきその基準が、「残業100時間未満」に設定されている現実を強く非難するとともに、過労死の悲劇があとを絶たない現状を批判的に記しています。

プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。

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過労死ラインは誰のため?

やっと、本当にやっと、法律が、「人の尊厳を守る」という本来の役目として機能しました。

居酒屋チェーンに勤めていた男性(62)が、脳内出血になり後遺症が残ったことの労災認定をめぐり、残業が平均月80時間などの過労死ラインに満たないとしていったんは労働基準監督署に退けられたものの、その後、一転して労災と認定されたのです。

この判決は、過労死ラインだけではなく、身体的負荷などの要因も含めて総合判断するよう9月に改定された新基準に基づく判断で、労災を認めない決定が取り消され、新基準で認められたのは全国で初めてです。

これまで国は過労死ラインを、

と設定。

しかし、過労死が疑われるケースでも、過労死ラインに満たないことから、労災の申請を諦めたり、申請しても認められないケースが増えていました。

そこで、厚労省は9月、残業時間が過労死ラインに近ければ、休日のない連続勤務や深夜勤務の多さ、身体的負荷などを総合的に考慮し、労災を認定できると基準に明記したのです。

むろん、これだけで過労死が救えるとは到底思えません。科学的なエビデンスにもとづけば、過労死ラインは「週労働時間を50時間超」。過労死と長時間労働の因果関係は国内外を含めた多くの研究で認められていて、「週50時間労働」を超えると、脳血管疾患、もしくは心臓疾患(=過労死)のリスクが2倍以上まで高まることわかっているのです。

深夜勤務などで、長時間労働に睡眠不足が加わると、さらに危険度は高まります。

九州大学の研究グループが、「心筋梗塞の男性患者260人」と「健康な男性445人」の労働時間と睡眠時間を比較し、発症のリスクを検証したところ、

このような結果を踏まえれば、過労死ラインを「1ヶ月の残業時間50時間」にすべきです。

実際、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について、国の検討が始まった当初、研究者側は「60~65時間」を主張していました。当時、私は何度も検討会を傍聴していましたので、企業側から「それは無理!」と反発が大きく、その結果として、件の基準になったと記憶しています。

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そもそも過労死は、高度成長期に生まれた言葉です。

1970年代後半から、中小企業の管理職層で心筋梗塞発症が急増し、1980年代に入ると、サラリーマンが突然、心筋梗塞・心不全、脳出血・くも膜下出血、脳梗塞などの命を失うという悲劇が相次ぎました。

最初に「過労死」という言葉を使ったのは、日本の医学者であり、旧国立公衆衛生院の上畑鉄之丞名誉教授です(2017年11月9日没)。

上畑氏は遺族の無念の思いをなんとか研究課題として体系づけたいと考え、1978年に日本産業衛生学会で「過労死に関する研究 第1報 職種の異なる17ケースでの検討」を発表し、過重な働き方による結末を「過労死」と呼んではどうかと提案したのです。

新しい言葉は常に「解決すべき問題」が存在するときに生まれます。

そして言葉が生まれることで、それまで放置されてきた問題が注目されるようになり、悲鳴を上げることができなかった人たちを救う大きなきっかけになります。

「過労死」も例外ではありませんでした。

上畑氏が学会発表した翌年から事例報告が相次ぎ、「過労死」という言葉は医師の世界から弁護士の世界に広まり、1988年6月、全国の弁護士・医師など職業病に詳しい専門家が中心となって「過労死110番」を設置。すると、電話が殺到したのです。

ダイヤルした相談者の多くは、夫を突然亡くした妻。それをメディアが取り上げ「過労死」という言葉は、一般社会に広まりました。

しかし、40年以上も経った今も、過労死があとを絶ちません。働き方改革が叫ばれ、残業に罰則規定をもうけた時も、「残業100時間未満」などと、「死ななきゃ、別に過労死ラインなんて関係ない!」とでもいうような、とんでも基準を決めたのですから。

みなさんのご意見、お聞かせください。

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image by: Shutterstock.com

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米国育ち、ANA国際線CA、「ニュースステーション」初代気象予報士、その後一念発起し、東大大学院に進学し博士号を取得(健康社会学者 Ph.D)という異色のキャリアを重ねたから書ける“とっておきの情報”をアナタだけにお教えします。
「自信はあるが、外からはどう見られているのか?」「自分の価値を上げたい」「心も体もコントロールしたい」「自己分析したい」「ニューストッピクスに反応できるスキルが欲しい」「とにかくモテたい」という方の参考になればと考えています。

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