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世界的エンジニアが株主として提案。ソニーが撤退すべき分野、分社化すべきビジネス

かつては高い技術力とブランド力の双方で、世界のエレクトロニクス・ビジネスシーンのトップを走っていたと言っても過言ではないソニー。しかし今や同分野においては、米韓メーカーの後塵を拝する事態となっているのが現状です。ソニーが再び輝きを取り戻すためには、一体何をすべきなのでしょうか。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では、「Windows95を設計した日本人」として知られ自身もソニーの株主でもある中島聡さんが、同社に対する大胆な改革案を提言。さらに先日ソニーが参入を発表した電気自動車についても、彼らが目指すべき方向性を提示しています。

プロフィール中島聡なかじま・さとし
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

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ソニーへの提案

私の投資戦略は、基本的に「私自身が製品やサービスを気に入っている企業の株を長期保有する」もので、結果として、Apple、Tesla、Google、Microsoft、Nvidia、Netflixなど、米国のIT企業の株が中心のポートフォリオとなっています。

株を持っている日本企業は3社しかありませんが、その中で最も持分の多い株がソニーの株です。日本の家電・パソコンメーカーの国際競争力が大きく落ち込む中、ゲーム・音楽・映画ビジネスではしっかりと高いブランド力を保ち、イメージ・センサー市場では、圧倒的なポジションを持つからです。

とは言え、いくつか現時点での経営方針に気に食わない点もあるので、株主の一人として、私なりの提案をしてみたいと思います。

今のソニーは、会社としての存在意義(ビジョン、企業理念)がどこにあるかが不明確なのが一番の問題です。ソニーグループは、会社の存在意義(Purpose)を「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」として掲げていますが(参照:「Sony’s Purpose & Values」)、これは曖昧で幅が広過ぎ、形骸化しています、こんなビジョンでは、ソニーミュージックやソニーファイナンスを傘下に持っている理由が全く説明できないし、日々の仕事の助けに全くなりません。

会社のビジョンは、社員全員が共有・共感し、それを毎日強く意識して働くからこそ価値があるものであり、ここまでビジョンと実態の差が開いてしまった場合には、会社の分割も含めて、根本的な見直しが必要なのです。

まず第一にお願いしたいのは、エレクトロニクス・ビジネス(略称エレキ)からの(事業売却による)撤退です。古くからソニーにいる人にとっては、エレキからの撤退は屈辱的なものだと思いますが、時代は変わりました。

私自信、昔からソニー製品のファンで、ソニー製のレコーダー、テレビ、パソコンなどを持っていた時代もありましたが、今では、一つもソニー製品は持っていません(最後に持っていたのは、AIBOでしたが、2年ほど前に知り合いに譲ってしまいました)。

消費者向けの製品のブランド力では、Appleに完敗しているだけでなく、SamsungやLGにも負けており、もはや一流ブランドとは言い難い状況です。米国のCostcoでは、かろうじて、LG、Samsungに続いて第3番目のブランドとしてテレビを並べてもらっていますが、それも風前の灯火です。これ以上競争力を失う前に、売却すべきです。

ソニーのエレクトロニクス製品の中で、唯一、力強いブランド力を持ち、かつ伸び代があるのは、ミラーレスの一眼で、これだけは維持すべきだと思いますが、これについては後述します。

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エレキからの撤退と同時に進めるべきなのは、エンターテイメント・ビジネスとイメージング・ビジネスの分社化です。

エンターテイメント・ビジネスは、ゲーム・音楽・映画を合わせたビジネスで、音楽や映像のストリーミング・サービスにより大きく変わりつつあるメディア・ビジネスにおいて、世界で最強のコンテンツを持つ会社として勝負に出ます(その意味では、Walt Disneyが一番のライバルです)。

特に今後、映画とゲームの境が曖昧になり、メタバースやe-スポーツのビジネスが大きく成長するので、そこで所有するコンテンツの力を最大限に活用して、音楽・映画・ゲーム・メタバース・e-スポーツ市場の全てを全方位的に取りに行きます。Meta(旧Facebook)の野望など、コンテンツの力で吹き飛ばすことが十分に可能だと思います。

ゲームの開発環境と映画の制作技術も融合しつつあるので、今のうちにUnityかEpic Gamesのどちらかを買収し、汎用的な3D映像作成環境としての整備を進めるのも悪くないと思います。

ハリウッドでは、クロマキー(グリーンスクリーン)の代わりに巨大なスクリーンを後ろにおいて、リアルタイムで背景レンダリングをしながら撮影する技術が使われ始めていますが(参照:「The Virtual Production of The Mandalorian, Season One」、「The Virtual Production of The Mandalorian Season Two」)、そんな技術にこそ大きな投資をすべきだと思います(Walt Disneyは、Lucasfilmの買収により、Industrial Light & Magicの技術を入手しています)。

イメージング・ビジネスは、イメージセンサーのビジネスをコアに、ミラーレス一眼、HalkEye、AI、自動運転技術などを含む、「レンズから取り込んだ情報を処理・活用するデジタル・ビジョン・ビジネス」へと拡張して行きます。

そのためには、深層学習に必須な行列計算を高速にするニューロチップも必須なので、ベンチャー企業を買収するなりして、世界中の優秀な人材を集める必要があります。日本のプリファードネットワークあたりは、良い買収ターゲットだと思います。

イメージ・センサーやニューロ・チップなどのハードウェアだけでなく、センサーから取り込んだ情報を処理するソフトウェアにも多大な投資をする必要があります。特に物体の認識技術は、自動車だけでなく、ドローンやロボットにも必須の技術なので、そこをハードウェアからソフトウェアまでフルスタックで提供出来る会社になることは、とても重要と考えます。

どちらの会社も「サラリーマン経営者」には経営出来ないので、外からカリスマ性のある経営者を連れてくるなり、社内でビジョンを熱く語れる若者を抜擢するなどの荒療治が必要です。

分社化する一番の理由は、それぞれの会社のビジョン(=存在理由)を明確にすることにより、そのビジョンを熱く共有する人々を集め、意思決定のスピードを上げて、資本を集中することにあります。

エンターテイメント・ビジネスにとっては、「コンテンツ」こそが価値の源泉であり、ハードウェアや技術はコンテンツを消費者に届けたり、コンテンツを作るための道具でしかありません。ハードウェアで利益を上げなければならないエレクトロニクス・ビジネスを切り離す理由はまさにここにあります。

イメージング・ビジネスも同じで、会社としてのビジョンを「レンズから取り込んだ情報を処理・活用する」ことに絞り込むことにより、「やるべきこと」と「やるべきではないこと」が明確になります。

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分社化の方法としては、既存の株主に、二つの会社の株を渡す株式分割により、ソニー・グループ株式会社との資本関係を一度完全に経つのが一番良いと思います。これは、eBayがPayPalを分社化した時に使った手法で、それぞれを完全に独立した会社として存続させるのには最適な手法です。

最後に残るのは、ソニーファイナンスですが、ここは既存の銀行などが時代遅れになりつつある今、フィンテック・ベンチャーとして活路を見出すのも悪くないと思います。その場合、Stripe、Square、Paypal、Robinhoodあたりを吸収合併した上で、合併後の会社の経営は買収により手に入れた経営陣に任せるぐらいの思い切ったことをする必要があると思います。

エレクトロニクス・ビジネス等の不要なビジネスの売却には時間がかかるので、エンターテイメント・ビジネスとイメージング・ビジネスの分社化の後に、ソニー・グループ株式会社が積極的な事業・資産の売却により大幅なリストラを進め、最終的にはソニー・ファイナンスだけを100%子会社として持つ少数精鋭のBerkhire Hathawayのような会社に生まれ変わることを目指すのも悪くないと思います。

事業売却による利益は、配当や自社株買いで株主への還元をしても良いし、持ち株会社として積極的な投資をしても良いと思います。株式分割により分社化したエンターテイメント・ビジネスとイメージング・ビジネスに対しても、分社・上場後に市場価格で公募に応じるのであれば株主に対して公平です。

そんな形のリストラをしてくれれば、私は喜んでエンターテイメント・ビジネスとイメージング・ビジネスの株を持ち続けます。ソニー・グループ株式会社の株は、ソニー・ファイナンスが(吸収合併により)どんな形の会社に生まれ変わるかによって判断したいと思います。

【追記】

CES2022で、ソニーが電気自動車市場に本格的に参入することをアナウンスしたようですが、ソニーはTeslaのように自社工場で電気自動車を作るような会社にはなるべきではないと思います。製造はMagnaに任せて、ソニーはファブレスの自動車会社になるという戦略もありますが、私にはそれがソニー全体にとって良い戦略だとは思えません。

それよりは、上に書いたように、イメージ・センサーの上にハードウェアとソフトウェア・スタックを積み重なることにより、自動車メーカーに自動運転に必要な高度な技術を(そのスタックのどのレベルでも)提供するビジネスに特化すべきだと私は思います。この市場で最大のライバルはNvidiaですが、イメージセンサーで圧倒的なシェアを持つ立場を利用すれば、ソニーにも十分チャンスはあると思います。

【参照文献】

(※本記事はメルマガ『週刊 Life is beautiful』2022年1月11日号より一部抜粋したものです。この機会にぜひご登録ください)

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