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ふじみ野「猟銃立てこもり事件」が奪った、貴重な“機会”と尊い心

埼玉県ふじみ野市で発生した立てこもり事件では、訪問診療に尽力していた医師が射殺されていまいました。この痛ましく、やるせない事件の報に接し、同じ地域で訪問支援もしている立場から思いを綴るのは、メルマガ『ジャーナリスティックなやさしい未来』著者の引地達也さんです。引地さんは、超高齢化社会に加えてコロナ禍により「訪問」して「感じる」機会がますます貴重になっている現状を伝え、その機会を地域で生み出していた医師の死を悼んでいます。

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訪問する支援の重みとこの社会での尊さ

埼玉県ふじみ野市で訪問医療の地域の中心的存在だった医師が、患者の家族によって射殺された。死亡した90代の母親の治療をめぐってのトラブルとの報道がなされている。

事件のあった現場の地域には私も支援している方が住んでおり、支援のために訪問する現場でもある。あらためて「訪問する」という支援行為の意義を考えながら、この医師の行動の尊さをかみしめて、冥福を祈りたい。

それは私たちが安心して医療や支援を受けられ、そして提供者も安心して活動できるようにするためでもある。特に超高齢化社会にあって訪問医療をはじめとする訪問支援はますます必要となっているが、この「訪問」という行為は新型コロナウイルスにより人との接触が制限されることでの行動変容と同様に、社会のコミュニケーション形態を変えていることも意識したい。その自覚を社会全体で共有し高齢化とコロナ禍の2つの波に対応する適切なコミュニケーションを考えていければと思う。

これまでの公共におけるコミュニケーションは、人が必要に応じて集まる集合型と、必要だと思う人が然る場所を訪ねる来訪型が基本であった。集合することは多くの他者との交わりが必然となるから、目的に達する過程では目的外の出会いや出来事にも遭遇し、その偶発性に社会で生きる面白さも含まれてくる。

一方で集合の中での個人はその個性を発揮できない側面もある。コロナ禍による「集まる」から「離れる」、リモートによるオンラインによる交流や会議は、その偶発性が起こりにくく、情報を交換したり、伝達したりすることの目的への即効性があるが、「感じる」ことに鈍くなってしまうとの指摘は多い。

コロナ禍におけるリモートコミュニケーションは感受性を棄損させる可能性がある中で、超高齢化社会での訪問によるコミュニケーションは、生で行う個別の対応となり、相互の関係性は深まり、それぞれの「個人」を感じられる密着型になる。

この訪問による密着型の「感じる」行為は、リモートのコミュニケーションが社会で幅を利かせている中では貴重な営みである。「会わないより会ったほうがいい」のは今のところ誰もが口にすることかもしれないが、その行為が少数派になってしまうと、その良さを証明する人もいなくなってしまう恐れがある。誰もがわかることを、体を動かし、会って、交わって、そして、治療することは現代社会ではとりわけ大切な活動だ。

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私の場合は医療行為ではなく、福祉サービス上の支援行為もしくは任意の取組としての訪問支援。通所型の福祉サービスは、当事者が家から出て社会に出て活動することを前提にしており、訪問とは家から出られない要因があることで成り立つから、精神疾患にしても症状に改善が必要な場合が多い。

この「重い」症状の方々の訪問支援は崖っぷちにいる人との真剣な対面でもあるのだ。私も精神疾患の方の自宅におうかがいしてコミュニケーションをとることで信頼をベースにした関係性を構築でき、その後の支援がスムーズになる。私個人は積極的に行っているものの、それには時間と手間、そしてエネルギーを要することなので、勤務外の時間でやることが多い。

つまり、業務上で実践することは通所する方への対応などで追われた中では難しい。家に行くことでのリスクもある。だから、組織の管理者である私として支援するものは関係機関と話し合いを行い、福祉サービスを受給していない当事者で支援を求めている人へは、個人的な活動として訪問を行っている。

訪問支援が必要な困難な状況の当事者とその人の家で対話することで見えてくるものは多い。「困難」は言葉にはしにくい。言葉での説明だけでは実感がわかないことも多いから、感じることから始まる。同時に当事者と初めてコミュニケーションが成り立つことも多い。その感覚を持って当事者に向かおうとする心に支援の本質があると私は信じている。

冒頭の亡くなった医師は、その本質を知ったからこそ地域で8割もの訪問医療をし、仲間からも患者からも信頼を得ていたのだろう。彼の尊い命は、その尊い心とともに亡くなってしまったと呆然とした気持ちになる。支援や医療が必要な人に訪問し、会って、感じて、つながっていくことの尊さをかみしめたい。

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image by: Shutterstock.com

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特別支援教育が必要な方への学びの場である「法定外シャローム大学」や就労移行支援事業所を舞台にしながら、社会にケアの概念を広めるメディアの再定義を目指す思いで、世の中をやさしい視点で描きます。誰もが気持よくなれるやさしいジャーナリスムを模索します。

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