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“大国ロシア”という幻想。プーチンは「ウクライナ侵攻」の力など持っていない

ウクライナ危機を巡り強気の姿勢を一切崩さぬロシアですが、その裏で進行しているのは、アメリカやNATO各国が描く「プーチン圧倒的不利」とも言えるシナリオのようです。今回、巷間語られている「大国ロシアの復活」について「幻想に過ぎない」と一刀両断するのは、立命館大学政策科学部教授で政治学者の上久保誠人さん。上久保さんはその理由を地政学を用いて解説するとともに、ロシアによるウクライナ侵攻の危機を主張する米英首脳の思惑を推測しています。

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)
立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

ウクライナ危機、「大国ロシア」は幻想でありプーチンのパフォーマンスだ

ロシアによるウクライナ侵攻の危機が高まっているという。ロシアは、ウクライナ国境に約10万人の軍を集めている上に、ウクライナと国境を接するベラルーシにも約3万人の部隊を送っている。これに対して、米国は東欧などに約3,000人を派兵し、英、独もNATO(北大西洋条約機構)戦闘部隊を強化するために増派を検討しているという。

ウラジーミル・プーチン露大統領は、NATOの東方拡大とロシア領土近くへの戦闘部隊の展開を阻止することが軍事圧力の目的と明言している。プーチン大統領は、ジョー・バイデン米大統領、エマニュエル・マクロン仏大統領などなどNATOの首脳と会談した。特に、ウクライナのNATO加盟を認めないと確約するように強く要求している。

米国、NATOは、プーチン大統領の要求を拒否しているが、欧州でのミサイル配備などでの協議をロシアに打診している。それでも、ロシアは歩み寄る姿勢を見せず、英、仏、独などの仲介にも、歩み寄りをみせない。プーチン大統領の強硬姿勢に、米国、NATOが押され気味のようである。「大国ロシア」の復活で今にも戦争が始まりそうな緊張だ。だが、ロシアに米国やNATOを敵に回すことになる、ウクライナへの侵攻を強行するような力が本当にあるのだろうか。

結論から先にいうと、「大国ロシア」は幻想にすぎない。それは、ソビエト連邦が崩壊し「東西冷戦」が終結した後の歴史を、地政学を用いて振り返れば明らかだ。

東西冷戦終結後、ロシアの影響圏は東ドイツからウクライナ・ベラルーシまで後退した。

世界地図を広げてみよう。東西冷戦期、ドイツが東西に分裂し、「ベルリンの壁」で西側と東側の陣営が対峙していた。元ソ連の影響圏は、「東ドイツ」まで広がっていたということだ。しかし、現在ではベラルーシ、ウクライナなど数か国を除き、ほとんどの元ソ連の影響圏だった国が北大西洋条約機構(NATO)、欧州連合(EU)加盟国になった。つまり、東西冷戦終結後の約30年間で、元ソ連の影響圏は、東ドイツからウクライナ・ベラルーシのラインまで後退したということだ。

NATO加盟国の変遷 image by: Patrickneil, based off of Image:EU1976-1995.svg by glentamara , CC BY-SA 3.0, via Wikimedia

それでは、2014年の「ウクライナ紛争」で、ロシアがクリミア半島を占拠したことはどう考えるのか。あれこそ、「大国ロシア」復活を強烈に印象付けたというかもしれないが、それは違う。

むしろ、ロシアによるクリミア半島占拠とは、ボクシングに例えるならば、まるでリング上で攻め込まれ、ロープ際まで追い込まれたボクサーが、かろうじて繰り出したジャブのようなものではないだろうか。

今回のウクライナ危機も、ロシアと米国・NATOの対立の構図は同じようなものだ。繰り返すが、プーチン大統領は、これ以上のNATOの東方拡大を止めること、特に、ウクライナのNATO加盟を認めないことを強く主張している。これは、「大国ロシア」の強気というよりも、ウクライナがNATOに加盟したら、安全保障上ロシアは耐えられなくなるという強い危機感を示しているのではないか。

「大国ロシア」の通説を否定する①:天然ガスパイプラインは政治的駆け引きに使えない

ここで、「大国ロシア」について2つ目の通説を取り上げてみたい。それは、ロシアと欧州をつなぐ天然ガスパイプラインを巡る通説である。

ロシアなど天然ガス供給国は、EUなど需要国に対して圧倒的交渉力を持つというものだ。ロシアの資源量が圧倒的なのに対し、EUはエネルギー資源に乏しい。そのため、EUはロシアの強引な天然ガスを利用した外交攻勢や価格引き上げ構成に悩まされる。だから、EUは対ロ経済制裁に慎重にならざるを得ないというものだ。

だが、現実の天然ガスの長距離パイプラインによるビジネスでは、供給国と需要国の間で、一方的な立場の有利、不利は存在しない。パイプラインでの取引では、物理的に取引相手を変えられないからだ。その一方で、天然ガスは石油・石炭・原子力・新エネルギーでいつでも代替可能なものであり、供給国が人為的に価格を引き上げたりすると、たちまちに需要不振になってしまう。なによりも、供給カットなどを行うと、供給国は国際社会での信頼を一挙に失ってしまうのだ。

要するに、ロシアなど供給国が、需要国に対して価格引き上げや供給カットで外交攻勢をかけることは事実上不可能だ。現実の天然ガスビジネスでは、供給国と需要国の交渉力は、ほぼ対等の関係にあるのだ。

ロシアが、これまで何度も天然ガスを国際政治の交渉手段として使ってきたじゃないか、という反論があるかもしれない。だが、これまで度重なったロシアによるウクライナへの天然ガス供給カットは、ウクライナによるEU向け天然ガスの無断抜き取りとガス輸入代金未払いが理由であった。ロシアが正当な理由なく「政治的」に供給カットしたことはない。ロシアはソ連時代から欧州にとって、最も信頼できるガス供給者だったというのが事実だ。

現在、ドイツとロシアをつなぐ2本目の天然ガスパイプライン「ノルドストローム2」が昨年9月に完成しながら、EUの承認が遅れていまだに稼働していない。EUは、天然ガスがロシアに武器として利用されないよう、あらゆる手段を尽くすと表明している。

だが、EUはロシアの出方を警戒してはいるが、着実に手を打っている。EUは米国などから天然ガスを調達しようとしている。パイプラインでなく、LNGとして輸送するのでコスト高ではある、だが、それを我慢すれば、他から調達可能ということは事実なのだ。

「大国ロシア」の通説を否定する②:ロシア経済の脆弱性

さらに、ロシア経済の脆弱な体質も指摘したい。ロシアは旧ソ連時代の軍需産業のような高度な技術力を失っている。モノを作る技術力がなく、石油・天然ガスを単純に輸出するだけだ。その価格の下落は経済力低下に直結してしまう。

実際、2008年のリーマンショック後や、2014年のウクライナ危機の後の経済制裁、その後の長期的な原油・ガス価格の下落は、ロシア経済に深刻なダメージを与えてきた。輸出による利益が減少、通貨ルーブルが暴落し、石油・天然ガス関係企業の開発投資がストップし、アルミ、銅、石炭、鉄鋼、石油化学、自動車などの産業で生産縮小や工場閉鎖が起きたのだ。

現在、原油・ガス価格は高騰しているが、その決定権を持つのは、「シェール革命」で世界最大の産油・産ガス国に返り咲いた米国だ。米国がシェールオイル・ガスを増産し、石油・ガス価格が急落すれば、ロシア経済はひとたまりもない。

バイデン政権は、環境関連団体との関係もあり、シェール増産には慎重だが、ロシアの生殺与奪の権利を有しているのは間違いない。

「ロシア大国主義」の幻想

要するに、プーチン政権下で「ロシア大国主義」が復活しているというのは、実は虚構に過ぎないのである。ソ連崩壊後、ロシア人には様々なコンプレックスが残り、明確なアイデンティティがなくなっている。明確な国家的思想もなく、国家を団結させる唯一の路線もない。社会はソ連のアイデンティティから、新しいロシアのアイデンティティを探し求めながら揺れ動いてきた。

プーチン大統領は、2000年の就任演説以降「大国ロシア」という言葉を頻繁に使用してきた。2000年代前半には、エネルギー価格の高騰もあいまって急速な経済力の回復を実現させたことで、プーチン大統領の掲げる「大国ロシア」は、自信を取り戻したロシアの新しいアイデンティティとなった。だが、繰り返すが「大国ロシア」は虚構に過ぎない。現在のロシアには、どこかを征服したり、失った領土を再併合しようという国力はない。隣国に対する関心はあるがそれも「ソフトに」優位に立ちたいということであって、厳格にコントロールしようとするものではない。「大国」という概念は、過去の遺物でしかないのである。

バイデン米大統領やボリス・ジョンソン英首相が、ロシアが今すぐにでもウクライナに侵攻すると煽っている。それは、「大国ロシア」への恐怖というより、ロシアの弱みを見透かして追い込んでいるようにみえる。

戦争を回避できれば、それは粘り強い交渉で平和をもたらしたという米やNATOの功績となる。一方、ロシアが耐え切れずに開戦に踏み切れば、それはロシアにとって自殺行為となる。どちらにしても、ロシアにとって非常に分が悪いシナリオが描かれているように思う。

image by: Asatur Yesayants / Shutterstock.com

上久保誠人

プロフィール:上久保誠人(かみくぼ・まさと)立命館大学政策科学部教授。1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。主な業績は、『逆説の地政学』(晃洋書房)。

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