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国産コロナ飲み薬「早期承認」に違和感。上昌広医師が疑問を呈した訳

2月25日に塩野義製薬が厚生労働省に製造販売承認を申請した、国産初となる新型コロナ感染症治療の飲み薬「S-217622」について、早期承認を前提に手続きが進められています。この動きに疑問を投げかけるのは、医療ガバナンス研究所理事長の上 昌広先生。上先生は今回、現在特効薬として現場で使用されているファイザー社製の経口治療薬と「S-217622」の薬効等を比較しつつ、自分を含め多くの臨床医が塩野義製の治療薬は使わないと指摘。さらに正しい情報を国民に伝えない日本政府の対応を不十分とするとともに、塩野義製薬に対してはより一層の奮起を促しています。

プロフィール:上 昌広(かみ まさひろ)
医療ガバナンス研究所理事長。1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。

マスコミがほとんど報じなかった「国産コロナ治療薬」早期承認への疑問

3月25日、後藤茂之厚労相は閣議後記者会見で、塩野義製薬が開発中の新型コロナウイルス(以下、コロナ)治療薬S-217622が承認されれば、100万人治療分を購入することで合意したと発表した。マスコミが大きく報じたため、ご存じの方も多いだろう。国産治療薬の誕生は、我が国のコロナ対策にとって大きな一歩だ。

実は、多くのメディアは報じなかったが、その数日前に正反対の内容の記事が発表されている。それは共同通信が配信したもので、3月22日の岩手日報では「塩野義コロナ飲み薬 効果明確に示されず 条件付き早期承認 疑問も」という見出しで報じられている。そして、この記事では「臨床試験(治験)では、さまざまな症状を総合的に改善する効果が明確に示されていないため」に、塩野義は「迅速な審査が可能な「条件付き早期承認制度」の適用を求めているが、制度の趣旨に沿わないのではないかと疑問視する意見もあり、先行きは見えない」と結んでいる。常識的に考えて、厚労省で医薬品の審査を担当する薬系技官のリークだろう。背景には、臨床試験で効果が証明されずとも、政治主導で承認を強いることへの反発がある。この状況、どう考えればいいだろう。

まず、S-217622の効果だ。塩野義は、2月25日にS-217622の承認を厚労省に申請している。同社によれば、軽症、中等症の感染者69人を対象とした臨床試験で、「速やかにウイルス力価およびウイルスRNA量を減少」させ、「ウイルス力価の陽性患者割合をプラセボ群と比較して約60~80%減少」させたという。ただ、これは検査データの改善に過ぎない。重要なのは症状や予後などの臨床データの改善だ。どうだったのだろうか。詳細は不明だが、塩野義が厚労省に提出したデータから、厚労省は、前述したように「さまざまな症状を総合的に改善する効果が明確に示されていない」と判断したようだ。

この段階でS-217622を承認すべきか。それは状況次第だ。現時点でいえるのは、S-217622が臨床的改善をもたらさないということではない。今後の臨床試験により臨床的な有効性が証明される可能性はある。もし、経口治療薬が何もなければ、この段階で仮免許を与え、その後の臨床試験で検証するのも一つの手だ。ただ、現状は違う。既に、経口治療薬が開発されている。

S-217622の承認審査で対比すべきは、米ファイザー社が開発したパキロビッドパックだ。いずれもウイルス複製に必要な酵素を阻害する3CLプロテアーゼ阻害剤に分類される同効薬だ。

では、現時点で、両者はどのように評価されているのだろうか。まずは薬効だ。両剤を比較した臨床試験はないため、現時点で参考になるのは基礎的な検討だけだ。残念ながら、S-217622の旗色は悪い。抗ウイルス薬の薬効の指標となるEC50(薬物の最大効果濃度の50%濃度)は、パキロビッドパックは78ナノモルに対し、S-217622は310~500ナノモルもある。パキロビッドパックの方が遙かにコロナに対する抗ウイルス作用が強い。

一方、臨床医にとって使い安いのは圧倒的にS-217622だ。最大の長所は、パキロビッドパックと違い、併用禁止の薬剤がないことだ。実は、パキロビッドパックは使いにくい。それは、主成分のニルマトレルビルの濃度を上げるために、リトナビルを併用しているからだ。リトナビルは、ほかの併用薬の濃度も上げてしまうため、厚労省は32種類の薬剤の併用を禁じている。その中には降圧剤などありふれた薬も含まれる。パキロビッドパックを処方する度に、このような薬剤を休薬しなければならないのだから、面倒だ。

では、臨床医は、どちらを使うのか。私は、現状では、パキロビッドパックに分があるのではないかと考えている。それは、「エビデンス」が多いからだ。例えば、昨年11月、ファイザー社は重症化リスクのある外来患者774人を対象とした第3相臨床試験の結果を発表した。この試験では、パキロビッドパック投与により、入院や死亡のリスクが89%も低下した。「特効薬」と言っていい。

一方、S-217622の臨床的有効性については、前述の通りだ。現時点で臨床的有効性は不明だ。医薬品開発の世界では、検査データは改善するが、臨床的な効果は証明できなかった薬剤は枚挙に暇がない。この様な事情を考えれば、臨床的有効性が証明されているパキロビッドパックが存在するのに、臨床的には無効の可能性すらあるS-217622の処方は慎重であるべきだ。現時点でS-217622を処方することは、患者に不利益を与える可能性すらあるため、私を含め、多くの臨床医は使わないだろう。これが、S-217622の現時点での評価だ。

日本政府が、S-217622を確保して、医療現場の選択肢を増やそうと努力していることは大いに評価すべきだ。ただ、それなら、現状を正確に国民に伝えなければならない。この点で、日本政府の対応は不十分だ。

一方で、塩野義にはいっそうの奮起を期待したい。世界的メガファーマであるファイザーを相手に臨床開発競争をするのが大変なことは、私も理解している。ただ、塩野義には、S-217622とパキロビッドパックを比較した臨床試験を行い、その有効性を証明してもらいたい。医師、患者は、より有効な薬を待ち望んでいる。

上 昌広(かみ まさひろ)
医療ガバナンス研究所理事長。1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。

image by: soraneko / Shutterstock.com

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