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また“安倍絡み”。朝日記者が『週刊ダイヤモンド』記事に「検閲要求」の傲慢

権力を監視する役割を果たすべきマスメディアに身を置く人間が、元首相の依頼を受け他社の雑誌編集部に対し原稿チェックを要求するという「暴挙」に出たことが大きな波紋を呼んでいます。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、安倍晋三氏からの頼みを受け入れ週刊ダイヤモンドの編集に口を挟んだ朝日新聞記者の弁解を引用しつつ、事の次第を解説。さらに政治家とジャーナリストが一定の距離を置く必要性を訴えるとともに、件の記者がネット上で公開した釈明文を「大仰で傲慢」と強く批判しています。

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朝日記者が安倍元首相に頼まれ週刊ダイヤモンドの編集に介入

朝日新聞の記者が、自分には重大な誤報を止める使命があるのだと気負い込み、他メディアである週刊ダイヤモンドの編集部に、ある記事のゲラを見せろと要求したそうである。

週刊ダイヤモンドは編集権の侵害だと、朝日新聞に抗議。その記者は「報道倫理に反し極めて不適切」とされ、停職1か月の懲戒処分を受けた。

なぜ記者が、そんな奇怪なことをしたのかというと、安倍元首相に頼まれたからだった。

外交問題の解説でテレビでもお馴染みの朝日新聞編集委員、峯村健司氏。社の仕打ちに納得がいかないようで、4月7日付けで、noteに「朝日新聞社による不公正な処分についての見解」と題する抗議文を投稿した。

それによると、安倍元首相から相談があったのは3月9日、ロシアによるウクライナ侵攻など最近の国際情勢について峯村氏がレクチャーをしていた時のことだ。

安倍氏 「先ほど週刊ダイヤモンドから取材を受けた。ニュークリアシェアリング(核兵器の共有)についてのインタビューを受けたのだが、酷い事実誤認に基づく質問があり、誤報になることを心配している」

核シェアリングといえば、2月27日に放映されたフジテレビ「日曜報道THE PRIME」における橋下徹氏との対談で安倍氏が以下のように発言したのをきっかけに、メディアが取り上げるようになった。

「NATOでも例えば、ドイツ、ベルギー、オランダ、イタリアは核シェアリングをしている。自国に米国の核を置き、それを(航空機で)落としに行くのはそれぞれの国だ。…世界はどのように安全が守られているか、という現実について議論していくことをタブー視してはならない」

峯村氏は外交・安全保障について議員会館内の安倍氏の事務所で定期的にレクチャーをしていたという。核シェアリングは、いわば専門分野なのだろう。

安倍氏にインタビューしたのは、週刊ダイヤモンドの副編集長で、たまたま峯村氏の知り合いだった。安倍氏にどのような質問をしたのか。峯村氏はこう書く。

ニュークリアシェアリングについて、「拡大抑止と概念的に同じ」「日本と韓国による拡大抑止」といった発言のほか、あたかも中国と北朝鮮がニュークリアシェアリングしているともとれるような誤認をしたままの質問がなされていたそうです。

核シェアリングが「拡大抑止」に結びつかないことを知らずに副編集長が質問していたため、安倍氏が不安になったということらしい。

「拡大抑止」は、同盟国に対する攻撃を「自国への攻撃」と見なして報復するとあらかじめ表明しておくことで、敵国の攻撃を思いとどまらせる安全保障の考え方で、「核の傘」とも呼ばれる。

核共有されるのは、眼前に迫る敵に対して使用する射程の短い戦術用の核兵器であり、それが国内にあるからといって、核抑止力を持つわけではない。

そのことは、安倍氏自身が質問者に対してきちんと説明すればわかることだが、なぜそうしなかったのか。核保有議論を活発化させる思惑から、あえて曖昧にしておきたかったという疑念が拭えない。

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週刊ダイヤモンド3月26日号に掲載されたこのインタビュー記事で、核シェアリングについて安倍氏はこう発言している。

「核の議論をめぐってはドイツを見習えという人がいます。…ドイツは同時に、国内に米国の核を配備しているのです。…日本は拡大核抑止という形で米国の核の傘の下にあります。しかしドイツの中に核が配備されているのと、日本国内には配備がなく米国本土にあるものに頼るということでは、抑止力においての違いは大きい」

これは、あえて拡大抑止と核シェアリングの概念をゴチャマゼにした論理展開である。

この答えを導き出した質問のなかに、核シェアリングが「拡大抑止と同じ」などとという文言が出てきたら、安倍氏自身が核シェアリングの概念を誤解していると思われてしまう。そこに不安を覚えたのではないか。

「明日朝から海外出張するので、ニュークリアシェアリングの部分のファクトチェックをしてもらえるとありがたい」と安倍氏は峯村氏に依頼した。そこで峯村氏は3月10日、副編集長に電話し、ゲラをチェックしたいので送るように求めるとともに、事実確認を徹底するよう助言したという。

そのおかげかどうか、結果的に安倍氏側が心配したような記事にはならなかったが、週刊ダイヤモンド側とすれば、編集段階でいきなり他社の記者から「ゲラを見せろ」と言われたら、「ふざけるな」と怒りたくなるのは当然だ。

朝日新聞社によると、ダイヤモンド編集部から「編集権の侵害に相当する。威圧的な言動で社員に強い精神的ストレスをもたらした」と抗議を受け、同社は峯村氏から話を聞くなど、調査を実施した。

その結果によると、峯村氏は「安倍総理がインタビューの中身を心配されている。私が全ての顧問を引き受けている」「とりあえず、ゲラ(誌面)を見せてください」「ゴーサインは私が決める」などと語ったという。

峯村氏は4月20日に退職することが決まっている。気分のうえでは、もはや記者というより安倍氏の側近だったのかもしれないが、それは言い訳にはならない。

昔から政治家と記者は互いに利用しあうことが多い。記者が政治家の手先となって動くことすらある。それは、報道の公正中立を信じる読者、視聴者に対する裏切りだ。そうしたある種の“共犯関係”ができると、記者がその政治家の不利にならないよう、情報を隠したり、ゆがめたりすることも起こりうる。だから、少なくとも記者である間は、政治家とは一定の距離を置く必要があるのだ。

筆者は、官邸記者クラブに所属する記者が、総理に記者会見対策をアドバイスした「指南書問題」を思い出した。

2000年5月、当時の森喜朗首相が「日本の国、まさに天皇を中心としている神の国」と発言して大きな問題になり、釈明記者会見が開かれた。その前日の朝、首相官邸記者室の共同利用コピー機に「明日の記者会見についての私見」と題した文書が残されているのが見つかった。その内容の一部。

会見では、準備した言い回しを、決して変えてはいけないと思います。色々な角度から追及されると思いますが、繰り返しで切り抜け、決して余計なことは言わずに、質問をはぐらかす言い方で切り抜けるしかありません。先日、総理自身が言っておられたように、ストレートな受け答えは禁物です。…

NHKの記者が、感熱紙に印刷されたワープロ文書をコピーし、FAX送信したさい、感熱紙を置き忘れたものらしい。

記者が有力政治家の懐に飛び込み、情報を得るために、ある程度のギブ&テイクは許されるだろうが、さすがに、ここまでの出来レースとなると、国民を愚弄していると言わざるを得ない。

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峯村氏は政治部ではなく、安倍氏を取材対象としてないので、指南書問題とは話の性質が違うという言い訳ができるかもしれない。事実、「安倍氏からは完全に独立した第三者として専門的知見を頼りにされ助言する関係であった」と峯村氏は強調する。

しかし、政治部であろうとなかろうと、政治家の代理でメディアの編集に口を挟むというのは、記者のとるべき姿勢ではない。峯村氏もわかっているはずだ。峯村氏はnoteにこう書いている。

私はひとりのジャーナリストとして、また、ひとりの日本人として、国論を二分するニュークリアシェアリングについて、とんでもない記事が出てしまっては、国民に対する重大な誤報となりますし、国際的にも日本の信用が失墜しかねないことを非常に危惧しました。また、ジャーナリストにとって誤報を防ぐことが最も重要なことであり、今、現実に誤報を食い止めることができるのは自分しかいない、という使命感も感じました。

記者が政治家に頼まれて他のメディアの編集に口を挟んだことを正当化するためだろうが、なんという大仰で傲慢な言い方だろうか。

峯村氏は「ボーン・上田国際記念記者賞」や「新聞協会賞」を受賞した優秀なジャーナリストだ。大学で教鞭もとっている。だが、その実力は、謙虚な姿勢のなかでこそ輝くのではないだろうか。

峯村氏の問題は、記者が批判的視点を保ったまま有力政治家と付き合うことの難しさをあらためて示した。記者として実績をあげ、政治家にも進講できるようになって鼻高々になるのは、ある意味自然なこととはいえ、そこに落とし穴があるのは確かだ。傲慢の虫は誰の中にも潜んでいるが、つけ上がらせると、ろくなことにならない。

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image by: 安倍晋三 - Home | Facebook

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