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デジタル人民元が、対プーチン露の金融制裁“抜け穴”説は本当なのか?

中国が通貨覇権を目論み繰り出し、今や2億人以上がウォレットアプリを利用しているとも言われるデジタル人民元。そんなデジタル通貨が、ロシアへの経済制裁の抜け穴になりうるとされ議論を呼んでいます。果たしてそのような可能性はあるのでしょうか。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、著者で多くの中国関連書籍を執筆している拓殖大学教授の富坂聰さんが、タイムスパンを短期・長期に分け、デジタル人民元が抜け穴として機能するのか否かについて考察。さらにこのデジタル通貨の未来についての予測も試みています。

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「中国『デジタル人民元』は、対ロシア経済制裁の『抜け穴』になる」は本当か?

ウクライナ戦争の停戦は遠のいたのか。

中国メディアの多くは、ロシア軍によるウクライナ侵攻直後から「アメリカ・北大西洋条約機構(NATO)の目的は、戦いの長期化」と予測していた。ゆえに停戦が具体化した3月29日の協議直後から、米・NATOがにわかに攻撃型兵器の支援に踏み切ったのを受け、「やっぱり」と大見出しで報じた。

アメリカの支援は侵攻後50日間で計25億ドル(3,125億円)に達した。ウクライナ国防予算の約40%に匹敵する莫大な額で、間接的にウクライナの戦いを支えている構図が透けて見えるのだ。

当然、ロシアは敏感に反応し、兵器供与への正式な抗議として外交文書「デマルシェ」を米国務省に送付した。同時にキーウへの攻勢を再び強めようとしている。

戦争が泥沼化へと向かうことへの世界の苛立ちは、ロシアへの経済制裁の有効性への疑問や、これに参加しない中国へも向けられている。そして対ロ制裁の要、金融制裁の抜け道として中国が進めるデジタル人民元にもその矛先は向けられ始めた。

デジタル人民元は対ロ金融制裁の「抜け穴」なのだろうか。

結論を急げば答えは「Yes」であり「No」だ。そう言わざるを得ないのは、短期的には「否」で長期的には「是」だからだ。

例えば、対ロ制裁の切り札である国際銀行間通信協会(SWIFT=金融機関の国境を跨いだ取引のメッセージ通信を提供する国際的ネットワーク)からの排除は、一時的にルーブルの価値を大幅に損ねた。だが現状、ルーブルの価値は侵攻前の水準に戻っている。つまり制裁の不発を思わせるが、それは世界がロシア産天然ガスなどエネルギーに依存──とくに欧州が──していることが前提であり、対ロ貿易の決済をルーブルで行うとプーチン大統領が宣言したことが影響したと考えられる。エネルギーが不可欠であれば決済方法は多種ある。

アメリカの金融制裁にはさらに広範で強力な「二次制裁」もあるとされるが、プーチン大統領が「困るのは買い手」と発言したように、かえって買い手が決済方法を模索することになる可能性は排除できない。

いずれにせよここにデジタル人民元が抜け穴の役割を果たしたという話は寡聞だ。

一方でデジタル人民元が将来的な制裁の抜け穴となるかもしれないとの指摘はアメリカ国内からも聞かれる。

例えば、元米国防次官補のアディティ・クマール氏は「デジタル人民元とドル── 脅かされる米ドルの覇権」(『フォーリン・アフェアーズ』2020年7月号)のなかで「デジタル通貨は、現行システムを回避するスケーラブル(計測可能)なクロスボーダーメカニズムを提供できるため、米ドル取引とアメリカによる金融監督を回避するという目標の実現に貢献できる」と記している。

重要なことはこの抜け穴が実現するのか否かだ。そしてそれはアメリカ次第なのだ。

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SWIFTと国際決済を実行する仲介役を担うコレスポンデント(略称コルレス)銀行のネットワーク(以下、ネットワーク)はアメリカの金融支配の屋台骨である。このネットワークから締め出されることは経済的死刑宣告に等しい。これがアメリカの強みだが、ワシントンが過剰に政治利用すれば、当然、被制裁国は反発し、脱ネットワークの手段としてデジタル通貨への移行を加速する。

事実、「モスクワは『金融メッセージ伝達システム(SPFS)』と呼ばれるロシア版SWIFTを開発し、中国も『クロスボーダー銀行間決済システム(CIPS)』と呼ばれる独自のシステムを立ち上げている」(同前)という。

興味深いのは脱ネットワークを模索するのは制裁対象国ばかりではないということだ。欧州連合(EU)3カ国も「主にイランとの取引を念頭において、SWIFTを経由せず、米ドルを利用しない取引を促進しようと「貿易取引支援機関(INSTEX)」を立ち上げ」(同前)た。イギリス中央銀行のマーク・カーニー総裁も2019年に「世界貿易における米ドルの支配的影響力を抑え込む」国際デジタル通貨の考案を提唱しているのだ。

SWIFTとコルレス銀行を介さずにクロスボーダー取引を完結できるようするという意味では、カナダとシンガポールの中央銀行や香港やタイの金融当局も検討や試行を進めている。

アメリカの仲間のEUや英、カナダが脱ネットワークを模索するのは不思議だが、それを元米財務長官ヘンリー・M・ポールソン・Jr氏は、『フォーリン・アフェアーズ』(2020年7月号)の記事「準備通貨ドルとデジタル人民元──何がドル覇権を支えているのか」のなかで、「経済制裁でドルを兵器化すれば、同盟国と敵の双方をドルに代わる準備通貨の開発に向かわせ、この試みのために彼らは呉越同舟で協調するかもしれない。実際、EUが国際取引でユーロをさらに促進しようとしてきたのは、まさにこの理由からだった」と記している。

対ロ金融制裁でも原油依存度わずか8%のアメリカと40%前後もある欧州では制裁のダメージが大きく異なる。やり過ぎれば亀裂が深まるのも当然だ。ゆえにドル支配を揺るがす「リスクを作り出すのは北京ではなく、ワシントン」(同前)という指摘となるのだ。

今春中国で開催されたグローバル・ガバナンス・フォーラムの報告によれば、過去8年間に米欧が発動した対ロ制裁は8,068件(4月1日まで)に達し、このうち5,314件は今年2月22日以降に発動されたというから凄まじい。ジャック・ルー前財務長官はかつて、「制裁の乱用が、世界経済における指導的立場と制裁自体の有効性を損なう」と警告したというが、このままではいずれ中国のデジタル人民元が「同盟国とならず者国家の双方が求めるソリューションとなる恐れ」(同前)が現実となるかもしれないのだ。

現状、ドルは相変わらず支配的通貨(準備通貨)だ。人民元は通貨別決済シェアで2.7%(昨年12月)と第4位でしかない。

だが世界のGDP(国内総生産)に占めるアメリカのシェアは40%から20%台前半へと低下し、貿易額の世界シェアは10年以上前から1位の座を中国に明け渡している。将来という意味では人民元がドルに匹敵する役割を果たすポテンシャルは否定できない。

直近の国際通貨基金(IMF)の「世界経済見通し」を見ても、先進国経済に対する新興国・発展途上国市場の伸びは顕著だ。なかでも高い伸びが予測されているのが中国だ。世界貿易における存在感と同様に決済における役割も高まると考えるのは自然だ。

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中国は経済成長におけるデジタル経済の比率を高める政策を続け一定の成果を残してきた。デジタル人民元のテスト事業のカバー範囲は北京冬季オリンピック開催時に40万ヶ所。取引金額は96億元(約1,751億円)となり2017年から導入したテストエリアを長江デルタ、珠江デルタ、北京・天津・河北、中部、西部、東北、北西をほぼカバーするまでに成長させた。まさに「着々と」という表現が適当な進化だ。

今後、デジタル人民元の利便性──オフラインでも使用できることなど──を考慮すればアリペイやウィチャットペイを糾合しつつ国境を越えて広がってゆくことは十分に考えられるだろう。

もしアメリカがデジタル人民元の流れを制裁によって止められると考えるのであれば結果は不都合なものとなるかもしれない。

アメリカが発動する経済制裁が度を越していれば、世界はそれを警戒し、回避する別の手段を持ちたいと考えるからだ。

ロシアに対して抜いた強大なアメリカの武器は、ひょっとすると両刃の剣かもしれないのだ。

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image by: humphery / Shutterstock.com

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

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