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いま日本に必要な防衛力は?明確にすべき「攻め込まれる」の定義

ロシアによるウクライナ侵攻により、さまざまな不安が渦巻くなかでも、日本が他国から「攻め込まれる」ことを不安視し、防衛力強化を訴える声があがっています。この「攻め込まれる」の定義が曖昧で、ウクライナのように国土を蹂躙されることを示すのであれば、「その可能性はゼロ」と断言するのは静岡県立大学特任教授で軍事アナリストの小川和久さん。今回のメルマガ『NEWSを疑え!(無料版)』では、台湾上陸作戦を例にその理由を具体的に説明。現実的な驚異はミサイル攻撃であるとして、直ちに強化が必要な国防能力が3つあると提言しています。

「攻め込まれる」を定義せよ!

ロシアのウクライナ侵攻に触発されて、日本でも防衛力強化の動きが一気に進み始めています。自民党の安全保障調査会が4月27日に行った岸田文雄首相への提言でも、反撃能力の保有や防衛費の対GDP比2%以上への増額などが謳われています。

その危機感は当然のこととして、少し整理しておかなければならない議論が、政府与党の中にも残っているようです。代表的なものは、「日本は中国、ロシア、北朝鮮から攻め込まれる地理的環境にあるから、防衛力を強化しなければならない」というものです。

それが現実のものになるかどうかはともかく、中国、ロシア、北朝鮮が日本を攻撃する能力を備えているのは確かです。しかし、「攻め込まれる」というのは定義を明確にしておかなければ、防衛力整備を適正に行う目を曇らせることになりかねません。

そこで口にされている「攻め込まれる」とは、あたかもロシア軍がウクライナにしたように日本にも侵攻し、自衛隊や米軍の反撃を撃破して日本を占領する事態を想像しているようです。しかし、その意味で「攻め込む」という言葉を使うのであれば、その可能性はゼロと言ってよいでしょう。

それは、着上陸侵攻が海上輸送能力と上陸適地、そして航空優勢(制空権)、海上優勢(制海権)に規定され、中国、ロシア、北朝鮮にはその能力が備わっていないからです。

一例を挙げれば、中国の台湾侵攻があります。台湾軍と来援する米軍を撃破して台湾を占領するには、どんなに少なくとも中国は100万人規模の陸軍部隊を投入しなければなりません。これは第2次世界大戦でのノルマンディーに匹敵する巨大な上陸作戦です。

100万人の部隊を輸送するには、3000万トンから5000万トンの船舶を必要としますが、中国が保有する船腹量は6200万トンほど。その大部分は経済活動に従事しており、簡単に軍事輸送に割く訳にはいきません。いまにも中国軍が台湾に上陸侵攻するかのように語る皆さんは、満員電車状態ですし詰めにされた中国軍が大挙して襲いかかる光景を想像しているようですが、近代軍隊には大量の装備品や補給物資もあり、兵站線も維持できなければなりません。世界に共通する海上輸送の計算式から逸脱した作戦は成り立たないのです。

台湾の場合、中国側は台湾海峡で航空優勢と海上優勢を確保できるほどの戦力は持ち合わせていませんし、近代戦力を機能させるための軍事インフラもまだまだ未整備状態です。対艦戦闘能力を突出させた台湾軍の防御の前に輸送船団の多くが海の藻屑となることは目に見えています。しかも、3000人の部隊あたり幅2キロは必要とされる上陸適地は1200キロ近い台湾本島の海岸線の10%ほどしかなく、そこは台湾軍が守りを固めています。中国側は空挺部隊や特殊部隊で台湾軍の背後を突く能力にも欠けています。

中国で4万トン級の強襲揚陸艦2隻が就役しましたが、それで可能なのは島嶼部などへの限られた作戦であり、台湾本島の占領を目的とする本格的な上陸作戦は最初から成立しないのです。それを自覚している中国側が、台湾国内の世論形成に始まるハイブリッド戦を最優先し、あたかも熟柿が落ちるように台湾を統一する道に注力しているのは自然の流れなのです。

台湾でこの状態ですから、日本列島への上陸侵攻能力などありません。ロシアについても、1970年代の北方脅威論以来、北海道侵攻が成り立つような能力を備えたことはなく、まして北朝鮮は自国の近海を航行するのも覚束ないレベルなのです。

この現実を前に日本が取り組まなければならないのは、中国、ロシア、北朝鮮がそれなりに日本への攻撃能力を有しているミサイルへの防衛能力、そして1発でもミサイルを日本に向けて発射したら「1000倍返し」するだけの反撃能力を備えること、さらには日本が先進国で最も遅れているサイバー防衛能力、この3点を同時進行で可及的速やかに整備することです。

整備がイージス・アショア問題で頓挫したミサイル防衛は、戦場で友軍から武器・弾薬を借りるのと同じ発想で、米海軍のBMD対応のイージス艦2隻を日本の資金負担で借り、米海軍の人員不足に対しては艦長ら以外の人員は米国の民間軍事会社(PMC)でイージス艦経験者を雇用して運用するのです。ミサイル防衛専用の艦船の建造を待つのでは、いまそこにある危機に対処できず、それは常在戦場、有事即応という言葉と矛盾することを忘れてはなりません。

反撃能力は、近々2000発の規模に整備される韓国のキル・チェーン(弾道ミサイル、巡航ミサイル)の規模と能力を参考に、例えば日本に適したトマホーク級の巡航ミサイルを海上自衛隊、陸上自衛隊に1000発規模で配備することなどに着手するのです。

サイバー防衛能力は、世界最高レベルの専門家に侵入を試みてもらい、その結果を受けて能力構築の計画を進めなければなりません。「セキュリティ会社が侵入できなかったから大丈夫」などと安心していては、常に能力を磨き、虎視眈々と狙っている外国のサイバー攻撃に耐えられる訳がないのです。

とにかく、「攻め込まれる」といった科学的根拠を欠いた言辞や報道に目を曇らされることなく、順序正しく防衛力整備を進めなければ、どんなに高性能な兵器を導入したところで税金の無駄遣いになることを自覚したいものです。(静岡県立大学特任教授 軍事アナリスト 小川和久)

image by: Shutterstock.com

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