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安倍元首相の死をきっかけに今一度考えたい「言論とは何か」ということ

凶弾に倒れた安倍晋三元首相。犯人の意図が「言論封殺」や「民主主義への反駁」などになかったとしても、一人の政治家の死は、その人と反対意見を交わすなどの言論活動を奪い、言論を核とする民主主義をも脅かすと考えるのは、朝日新聞の校閲センター長を長く務めた前田安正さんです。今回のメルマガ『前田安正の「マジ文アカデミー」』では、事件を機に「言論」について再考。「文書改ざん・破棄」や個人の自由な発言を組織が許さない空気も言論を否定する行為と批判して、ジョンソン首相を追求する声が身内から起こるイギリスに、成熟した言論や民主主義の姿を見たと綴っています。

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自らの考えを伝えるということについて

参院議員選挙期間中に、安倍晋三元首相が凶弾に倒れる、という衝撃的な事件が起きました。何とも痛ましく、いまだに気持ちの整理がつきません。

事件直後、「暴力による言論封殺は許されない」とか「民主主義への挑戦だ」といったコメントを多く見聞きしました。しかし警察から「政治信条への恨みではない」という容疑者の供述が発表され、それがまた混乱の度合いを深くしたのでした。

この事件の根幹にあるものが、「言論封殺」や「民主主義への反駁」ではなかったとしても、言論、民主主義の担い手の一人が命を絶たれたという事実は、重く受け止めなくてはならないと思います。今回は「言論」ということについて、考えてみようと思います。

ことばによって自らの考え・思想を伝える

「言論」ということばの解釈は、恐らくたくさんあるのだろうと思います。しかし平たく言うと「ことばによって自らの考えや思想を伝えること」です。これは10人いれば10人の考えや思想があるということでもあります。

ある人の意見に対して反対の意見を表明する。この単純なやり取りが言論活動であるとすれば、意見を表明した人がいなくなると、やり取りが成立しなくなってしまう。意見を届ける相手があって成り立つ言論の場が失われてしまう、ということになります。

さまざまな意見が、言論を支えているとも言えます。会社や組織のなかでも、さまざまな意見があるはずです。それを一方的に押さえ込めば、パワーハラスメントにもなります。

今回の事件は、容疑者に安倍元首相の言論を封じ込める意図がなかったとしても、結果的に彼の言論を奪ってしまったことは事実です。これは、安倍元首相の政策や言動に諸手を挙げて賛成する立場にない人の言論をも奪ってしまった、ということになります。いまの状況では、安倍元首相に対してものが言えなくなってしまいました。彼に聞きたいこと、質したいことも、もう叶わなくなってしまったからです。

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民主主義は言論に時間を要する

民主主義という概念の基本となるものが、言論です。民主主義は言論コストがかかります。それをスピード感という現代社会のキーワードのなかに沈めて、ワンフレーズで直線的に、さも強さをアピールすることがリーダーの資質であるという考えにも疑問を持つのです。ある一人の意見を無批判に受け入れるのは、専制にほかなりません。

白か黒かをはっきりさせるというわかりやすい二元論は、結論のでないことを考え続けることを拒んでしまいます。「YES or NO?」と尋ねられたときに、YESでもNOでもない答えを選択する余地を残しておきたいと思うのです。

「見つからない答えを考え続けることこそが教養だ」とも言えます。煮え切らない、現代社会に似つかわしくないという意見もあるなかで、じっくり考えを尽くすという作業は、言論を守り、民主主義を守るためにも必要なことだとつくづく考えるのです。

公文書改ざん・破棄は言論を否定する

公文書の改ざんや破棄も、その時に行われた言論をないものとする行為です。公文書に書かれた記録は、民主主義を担保する言論の集合です。また、言論をたたかわせるべき国会の場で言を弄して事実を語らないことは、一つの言論の姿かもしれませんが、果たしてそれで民主主義を守ることができるのか、という大いなる疑問も出てきます。

組織のなかでの個人が自由にものを言えない社会は息苦しいばかりでなく、個と組織の関係についても考えさせられます。同じ思いを持つ個々人が集まって組織をつくっているはずなのに、いつの間にか組織を守るための個人になって自由に意見を言う場を失うこともあります。

投票行動は言論表現の一つ

選挙の度に考えさせられることがあります。組織が一定の政党を支援するということについてです。選挙は票を集めるために、有権者に政策を訴える場でもあります。ところが、大きな組織はその立場を守るために支持政党を決めて、組織内に投票を促します。社会の仕組みとしては理解できるのですが、ここにも言論の不自由さを見てしまうのです。

投票行動も一つの意見表明と考えるならば、一つの言論のあり方です。「投票しても変わらない」という意見は、こうした組織下にある個の無力を感じ取っているからではないか、とも思います。個の意見が吸い上げられないことのむなしさは、投票という言論行動を無意識のうちに抑制してしまうのではないか。そんなことを考えてしまうのです。

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自浄作用を促す個の言論

ところが、イギリスのジョンソン首相が保守党の党首を辞任することになった過程に、言論の原点を見たような気がしました。コロナ禍で厳しい行動規制が行われるなか、ジョンソン首相が官邸などで何度もパーティーを開いていたこと、与党・保守党幹部の性的問題への対応が不誠実だったことを理由に、主要閣僚や50人ほどの政府高官が辞任する事態になりました。

辞めた閣僚が辞任を促す発言をするなど、与野党から厳しい批判を受けたのです。組織にありながら、個としての意見をしっかり伝えられる土壌があることに、言論、民主主義の成熟した姿を見た気がしたのです。

組織からの造反という形が、個の存在として許される自由があるように感じたのです。もちろん政治の世界ですから、きれい事では片付かないことは承知しています。しかし少なくとも、黒を白とは言い含めない潔さは、自浄作用ということばを信じさせるにたる政治家の矜持が示されているように思いました。

文書改ざん・破棄などの報道に接していた僕には、イギリスの政治のあり方がとても新鮮に見えました。これなら若い人の選挙離れもなくなるのではないか。言論と民主主義のあり方に密かな期待を抱いたのです。

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image by:Chengwei Tu/Shutterstock.com

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未來交創株式会社代表取締役/文筆家 朝日新聞 元校閲センター長・用語幹事 早稲田大学卒業、事業構想大学院大学修了 十数年にわたり、漢字や日本語に関するコラム「漢字んな話」「漢話字典」「ことばのたまゆら」を始め、時代を映すことばエッセイ「あのとき」を朝日新聞に連載。2019年に未來交創を立ち上げ、ビジネスの在り方を文章・ことばから見る新たなコンサルティングを展開。大学のキャリアセミナー、企業・自治体の広報研修に多数出講、テレビ・ラジオ・雑誌などメディアにも登場している。 《著書》 『マジ文章書けないんだけど』(21年4月現在9.4万部、大和書房)、『きっちり!恥ずかしくない!文章が書ける』(すばる舎/朝日文庫)、『漢字んな話』(三省堂)など多数。

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