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あの「悪夢の紛争」が再燃か?ウクライナ戦争の裏側で燻る新たな火種

ロシアによる軍事侵攻から半年が経過するも未だ停戦の道筋が見出だせず、長期化の様相を呈するウクライナ戦争。そんな戦争の裏で燻っているさまざまな火種を、私たちは見逃してしまっているようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、「悪夢の紛争」の再燃が心配されるコソボ問題を始め、世界の人々に忘れ去られた懸案事項を取り上げ解説。さらに台湾を巡る中国の動きに関する物騒な予測を紹介するとともに、島田さんが習近平氏に対して抱いている懸念を記しています。

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私たちが聞き逃し見逃したもの

「私たちは一体、これまで何を聞き逃し、見逃してきたのか?」

これは私も属する紛争調停人のグループの会合で出された、シンプルではありますが、容易には答えが出てこない非常に奥深い問いです。

今週水曜日、8月24日に“ウクライナでの戦争”はその発生から6か月が経ちました。

当初、ロシアが圧倒的な軍事力を用いて数日でウクライナがロシアの手に堕ちるという説がありましたが、実際には戦闘は一進一退の攻防となり、長期戦の様相を呈しています。

私は2月24日直前、確か2月21日には、【ロシアがウクライナに実際に侵攻するとは考えていない】とお話ししたかと思います。

また、様々なチャンネルから【ロシア・ウクライナ国境でロシア側から軍事的な動きの兆候がある】という情報を得た際には、「ロシアの“宣言”通り、ターゲットはウクライナ東部のドンバス地方に限られる」と見ていました。

これらの“予測”や分析が大きく外れてしまったことは、誰の目から見ても一目瞭然です。

国連人権高等弁務官事務所(UNCHR)によると、侵攻開始からウクライナ国内だけで5,587人の一般市民がロシア軍による攻撃で命を失い、7,890人が負傷したと言われ、ウクライナ側で母国防衛のための抗戦に加わった“軍事的な人員”については少なくとも1万人、恐らくそれ以上が命を落としています。恐らく実際の犠牲者の数はさらに多いはずです。

そして海外に逃れた1,115万人と国内で避難民となっている664万人を合わせると1,700万人ほどが自宅を捨てざるを得ない悲劇に直面しています。これはウクライナ人口の1/3ほどにあたるそうです。

ロシア軍側も、ウクライナ侵攻に際して間違いなく予想以上の死傷者を出し、軍備も予想をはるかに超える被害を出しているはずです。

米CIA長官が引用した数字では1万5,000人のロシア兵が命を失ったとのことですが、なかなか公式な数字が示されることがないため、ロシア軍側が直面している実情は霧の中です。

しかし今、一つはっきりと分かったことがあります。

それは【ロシアはこの戦争には勝つ見込みがない】ということと、【しかし、軍事大国としてのプライドから、自らが“属国”とさえ認識してきたウクライナに敗北することもできない】というジレンマです。

ウクライナ軍と、その背後で支えるNATO各国は、ロシアが半年前にスタートした蛮行に対抗すべく、軍事的には本当によくやっていると個人的には思います。

しかし【決してNATOもウクライナもロシアに対して“勝利すること”もない】というのも事実だと考えます。

経済制裁や移動の制限などでロシアの自由を奪い、軍事的な反攻で「簡単には勝てないことを思い知らせる」という点ではある程度の成果を、ウクライナと欧米社会は得ていると思われます。

しかし、天然ガスという“武器”をもつロシアは、まだロシア産の天然ガスに依存するドイツをはじめとする欧州各国の首根っこを掴み、ロシアに“反対しない”国々からの支援を得て、十分に生きながらえており、ウクライナにおける戦争も遂行しており、まだまだ余力を残していると思われます。

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ここまでの見解を覆すようなことがあるとすれば、それはプーチン大統領とロシア政府・ロシア軍が【国家安全保障に対する脅威が与えられた】と考えるような事態が起きるときで、それはもしかしたらプーチン大統領による対ウクライナ(とその周辺国に対する)戦術核兵器の使用という想像したくない事態を招く可能性は否めません。

もちろん“核使用”があった場合、ロシアが無傷で済むようなことはないですが、その際にカギを握る要素が【いかにロシアによる蛮行に全面的に反対する国々が一致団結して、迅速に行動を取ることが出来るか】です。

ロシアによる核使用が、イコール【核使用を含む対ロ報復】を呼び起こすのであれば究極的には世界の破滅へとつながることになりますが、そこまで極端に行かなくても、迅速かつ一枚岩でロシアを国際的に(社会的に)抹殺するようなことができるのであれば、この戦争に勝敗が見えてくるのかもしれません。

しかし、これがいかに難しく、恐らく不可能であるかは、すでにこの6か月の状況を見てお分かりになるかと思います。

その最大の理由は【世界の3極化】が固定したことです。

2014年のロシアによるクリミア半島併合以降、欧米各国とロシアとの間に亀裂が生じ、そこに反プーチンのロシア人たちがロンドンやドイツで暗殺されたり、暗殺されかけたりしたことで、より欧米各国からロシアへの風当たりが強くなったのはご承知の通りです。

その間にアメリカではトランプ政権が誕生し、プーチン大統領との微妙な関係が反映された米ロ関係が存在するのと並行して、米中間の対立と緊張が一気に高まりました。その影響は今なお続き、強化されています。

そしてトルコですが、経済的なスランプを経て、独特の地政学的な利点を生かし、NATOの一員としての立場と、ロシアにも近いという独特の立場を巧妙に使い分けてデリケートなバランスを維持して、国際情勢におけるトルコの立ち位置を確保したように思います。

大きく分けて世界はこの3極に分かれてきました。それが鮮明化し、世界の分断を生むトリガーとなったのが、ロシアによるウクライナへの侵攻です。

欧米グループと中ロのグループの特徴については、何度かお話ししていますのであまり詳しくは触れませんが、前者が自由民主主義の社会で人権や経済的な事由が重んじられるグループで、その考えをユニバーサルなものと位置づけ、その理念に反する相手に対しては公然と非難し、制裁発動も辞さないという特徴があります。

後者については、表向きには人権問題や内政上の問題には口出しせず、ただ経済的なパートナーシップと外交的な相互支援を重んじる特徴があり、比較的マイルド・ソフトな独裁・専制政治のグループが属します。

では第3極と目されるニュートラル・パワーはどうでしょうか。欧米とも、中ロとも一定の距離を保ち、国益に応じてケースバイケースで組む相手を変える特徴が見られます。トルコ、インド、サウジアラビア、ブラジル、南アフリカなどが例として挙げられますが、特徴としては近年国力を伸ばし、誰かに依存する体制から脱した国々と言えます。

これらの第3極に属する国家群が、今、国際情勢の裏側において大きなcasting voteとしての立場を持っています。

例えば今回の“ウクライナでの戦争”に対しては、ロシアによる侵攻を非難しつつも、欧米諸国が提言する対ロシア制裁には加わらず、上手に欧米諸国群と中ログループと付き合い、しっかりと立ち位置と利益を確保しています。

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ニュートラル・パワーのグループに属する国々は52か国だったかと思いますが、世界の人口の32%を占めていますが、その行動基準は“民主主義の価値”といった測れないものではなく、あくまでも自国にとって得か損かという点です。

その最たる例は、インドとトルコでしょう。

インドについては、すでに中国との緊張を抱えていることもあり、無碍に中国グループと与することはないですが、口だけ出してきて何も与えない欧米諸国グループとは距離を取り、欧米諸国が制裁を課して締め出しを狙うロシア産の石油や天然ガスの精製を一手に引き受け、中継基地としてニーズのある国々や企業に売るという流通網も確立しています。

結果、インド経済は潤い、ロシアにとっては抜け道を作ってもらう見返りに市場価格よりも安価でインドに天然ガスを販売し、しっかりと外貨収入も得るという仕組みが出来上がっています。同時に、インドから石油や天然ガスを買う企業も多いため(欧米の企業も多い)、一つの市場がインドを中心に出来上がっています。

もちろん欧米諸国もインドのこのような振る舞いを黙認しているわけではなく、再三、欧米側につくように説得していますが、ここでもインドは中国による脅威に対抗するための枠組みという位置づけでクワッド(日米豪印)やIPEF(インド太平洋経済枠組み)に参加し、また安全保障上の協力にも参加していますが、欧米諸国が望む対ロ制裁にも非難にも加わらず、独自路線を貫いています。

トルコについては、NATOのメンバーでありつつも対ロ制裁には加わらず、ロシア機や船舶の受け入れも通常通りに行い、滞りがちの国際物流のハブ的な役割を果たすことで、しっかりと立ち位置をキープしています。

ロシアに対しては、7月19日そして8月5日にプーチン大統領と会談し、両国間の経済協力強化で合意していますが、それと並行してウクライナにKargu-2を含む自律型致死兵器システムや無人軍用機を売り、しっかりと両にらみで経済的な利益を得ています。

そして、これまでのところうまく行ってはいませんが、ロシアとウクライナの停戦合意の仲介役を買って出たり、UNを引きずり出して黒海の封鎖問題の解決役にしっかりと顔を並べ、国際情勢におけるプレゼンスをしっかりと保ったりしています。

トルコ政府の外交アドバイザーの言葉を借りれば、「トルコはNATOの一角に甘んじるつもりはないし、かといってロシアに媚びることはない。あくまでもトルコはトルコ独自の路線を進むのだ」ということで、ウクライナ危機を機にトルコ自身を国際情勢上の一極に位置付けようとしていることが分かります。

他にはサウジアラビア王国にリードされる産油国群は、ロシア産天然ガスと石油が欧米の制裁対象になっていることで暴騰する原油・天然ガス価格を盾に、国際情勢における発言権を行使しています。僅かな増産を(OPECプラスのメンバーでもあるロシアと合意する形で)行いましたが、世界的なエネルギー危機を一転させるほどの規模には到底達しないレベルで、ここでも戦略的な計算が見て取れます。

この世界の3極化は、実際にはペロシ議長の訪台以降高まる米中間の緊張を受けてさらに鮮明化してきています。アメリカは明確に台湾支持を掲げ、軍事・経済両面で本格的に台湾支援に乗り出す方針のようですし、欧州各国も、すでにクワッドへの連帯を示している独仏英を中心に、台湾シフトが明確になってきました。

もちろん中国は【核心的利益】と位置付ける台湾に欧米の手が伸びることを毛嫌いして、様々な挑発行為に出ています。ただ、挑発以外の手段が繰り出せず、秋に共産党大会を控える時期でもあることから、対立構造のアピールは国内向けにとどめ、対外的には威嚇はしつつもできるだけ静かにやり過ごしたいという思惑も見え隠れする、非常にデリケートな情報運営に思えます。

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ロシアによるウクライナ侵攻から、中国がどの程度、自国の台湾併合戦略に対する教訓を得ているかは見えてきませんが、かなり精密に研究・分析が進められ、何通りもの戦略・戦術が組まれているようで、それがまた日米とその仲間たち(G7)の警戒レベルを上げさせるというエスカレーション傾向に火をつけています。

といった国際案件の裏側で、他の火種がまた燻っています。

そのどれもが「欧米諸国とその仲間たち」と「中ログループ」の双方が、現在、ウクライナでの戦争にリソースを割かれているから起きていると思われますが、その一つが、私も深く関わってきた【コソボ問題】です。

火種となったのは、2008年にコソボ(アルバニア系)がセルビア共和国からの独立を宣言し、コソボ共和国となったことですが、その際に独立を支援したのが欧米諸国で、独立に強く反対したのがロシアと中国でした。

その際、中国とロシアの反対理由は、自国内の少数民族グループへの独立機運の高まりを警戒したという背景がありますが、欧米諸国側としては、自らが掲げる人権などの民主主義的な価値観をアピールし、暗に中ロの閉鎖的な姿勢を非難するための道具に使いたかったという背景もありました。そのために、EUはコソボ共和国の通貨をユーロにし、EUのIT産業を多くコソボに移転するという離れ業まで繰り出しました。

言い換えると、「どちらがよりたくさん仲間を集め、勢力圏を拡大できるか」という、両陣営による世界における陣営拡大戦の道具に使われてしまいました。

一応、多数からの支持を得てコソボ共和国は独立した形になっていますが、コソボ政府がこのところ、国内の少数派であるセルビア系住民に対して「セルビアのIDと車両のナンバープレートの使用を禁止する」と宣言したことで、コソボ共和国北部のセルビア系とその他のアルバニア系のコミュニティ間で衝突が起き、あの悪夢の紛争が再燃しかねないと懸念されるほど、緊張が高まっているようです。

実はこのコソボでの問題は、ウクライナでの戦争における欧米諸国と中ロの代理戦争・場外乱闘とも言われているのですが、その最大の理由は、平和維持の目的で約4,000人のNATO軍が今もコソボに駐留しており、万が一の場合、このNATO軍の規模を拡大して、紛争の再燃を防がなくてはならないという現実が、NATOの対ウクライナ戦略に影響を与えることになると懸念されていることです。

ゆえに早期に緊張緩和のための仲介努力をスタートさせようとしていますが、すでにEUによる仲介は物別れに終わっており、その結果、紛争調停・予防外交のリクエストが入ってきたのですが、検討段階ですでに欧米側とロシア側双方からの圧力がかかってきて非常に困難な状況になっています。まさにウクライナでの対立が、こんなところにも降ってきました。どのように対応すべきか苦慮しているのですが、なぜかここにもトルコの友人が…。

現在進行形のコソボ問題については、あまり詳しくは書けないのですが、マルチフロントでの調停案件に直面することになるでしょう。

ウクライナでの戦争の背後で、ここで触れたコソボ問題に加え、今も悲惨な状況が続き、残念ながら国際社会からも見放された感が否めないロヒンギャ問題、エチオピア北部ティグレイ州で続く戦闘などが、国際協調の機運を根底から覆し、二度とは戻れないポイントを超えさせる火種になる可能性があります。

それに加え、コンゴ民主主義人民共和国では今年に入ってエボラウイルスの感染拡大が確認され、いまだ抑えきれないコロナのパンデミックと合わせ、悲劇の度合いを拡大させ、それがまた新たな紛争の火種となっています。コンゴのエボラについては、一部メディアで報じられていますが、確実に私たちが聞き逃し見逃してしまった事例の一つでしょう。

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そして8月にはアメリカ政府が大きな賭けに打って出て、全面的に台湾への肩入れを表面化し、それがどの方面に飛び火するのか予測もつかない事態になっています。

「秋の共産党大会が終わるまでは、緊張は保たれたままだろうが、大きな動きはない」という予想もあれば、「アメリカ政府からの“挑戦”を受けて、自らのcapabilityを国内外に示すために、習近平国家主席は近々台湾への攻撃を加える。アメリカの準備ができる前に」という物騒な予測もあります。

そして私が懸念を抱くのが、ロシア・プーチン大統領がこれまで用いている“核兵器使用”の可能性を仄めかす戦術を習近平国家主席も真似するのでないかとの懸念です。

中国の核弾頭保有数は、ロシアのそれには遥かに及びませんが、ここで大事なのは、「それぞれの核戦力の能力」と「全体の軍事戦略内での核戦力の位置づけ」です。

ここ最近になって、米ロとの戦力差を埋めるための方策として、宇宙・サイバー戦略と並び、核戦力の急速な拡大が行われています。

先日触れたように、新疆ウイグル自治区の地下核実験施設の拡大が行われている兆候もありますし、昨今、性能を伸ばしかつ実戦配備されているとされ、核弾頭搭載可能な極超音速ミサイルの存在も懸念材料です。

そしてペロシ議長の訪台への抗議として行われた実戦形式での訓練において、東風17号をはじめとする弾道ミサイルを確実に標的に撃ち込んだ技術は、無視できるものではないでしょう。

そこに予測不可能な北朝鮮の核戦力とミサイル能力の伸長は、混乱の国際情勢の中で確実に見逃し聞き逃してきた典型的な脅威だと考えます。

世界中の国々が皆そろって同じ方向を見ている時代は終わり、それぞれがそれぞれの利害に基づいた思考を通じて安全保障戦略を立案・実行する“確実に分断された世界”において、いかに不要な戦いを未然に防ぎ、火種を絶やし、すでに行われている争いを迅速に収めるか。

そのための英知が今、急ぎ必要とされていると考えます。

まとまりのない文章になってしまったかもしれませんが、以上、国際情勢の裏側でした。

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image by: Serhii Mykhalchuk / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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