8月17日、受託収賄の疑いで東京地検特捜部に逮捕された、元電通専務で東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の高橋治之元理事。容疑を否認していると伝えられる高橋氏ですが、そもそも彼はどのような人物なのでしょうか。今回のメルマガ『モリの新しい社会をデザインする ニュースレター(有料版)』では著者でジャーナリストの伊東森さんが、日本のスポーツマーケティングの祖とも言える高橋氏の実績を紹介。さらに彼及び電通がオリンピックに対して果たした「役割」を明らかにしています。
この記事の著者・伊東森さんのメルマガ
五輪組織元理事逮捕 高橋治之容疑者とは? この人物がいなければ、東京五輪・パラどころか、2002年サッカーW杯もJリーグも存在しなかった 五輪スポンサーの原則「1業種1社」をぶち壊す
“日本のタブー”を構成するものが、統一教会に続き、また暴かれようとしている。
東京五輪・パラリンピックのスポンサー選定などに関し、紳士服大手AOKIホールディングス(HD)側から合計5,100万円を受け取ったとして、東京地検特捜部は17日、受託収賄の疑いで、大会組織委員会の元理事であった高橋治之容疑者を逮捕。
さらに賄賂の容疑でAOKI(HD)の前会長の青木拡憲容疑者(83)ら3人を逮捕した。
特捜部がほかに賄賂の容疑で逮捕したのは、拡憲容疑者の弟で、AOKIHDの前副会長で青木宝久容疑者(76)と、子会社のAOKIの前社長でAOKIHDの専務執行役員である上田雄久容疑者(40)(*1)。
ただ、特捜部は4人の認否を明らかにしていない。
高橋容疑者は、広告代理店・電通の元専務であり、東京大会のスポンサーの選定は、事実上、電通からの出向者が多数在籍する組織委員会のマーケティング局が担っていた(*2)。
特捜部は、AOKI側の意向を受け、マーケティング側に働きかけた疑いがあるとみている。
公務員が職務に関し賄賂を受け取ったり、要求したりすると「収賄罪」に問われる。さらに、一定の職務行為を依頼する「請託」を収賄側から受けた場合、受託収賄罪か成立する(*3)。
目次
- 高橋容疑者がいなければ、東京五輪も2002年サッカーW杯も、Jリーグも存在しなかった
- 電通「1強」体制の象徴 オリンピックのスポンサー体制の原則「1業種1社」をぶち壊す
- そもそも五輪の開催費用は“奉仕”の精神のもと開催費用は自国負担が大原則 マーケティングの結果、「電通の、電通による、電通のためのオリンピックに」に
高橋容疑者がいなければ、東京五輪も2002年サッカーW杯も、Jリーグも存在しなかった
逮捕された高橋容疑者は、日本市場において、「スポーツマーケティング」というものを本格的に確立した人物。
その分野の教科書やビジネス書でも当たり前といってよいほど、記載されている。この人物がいなければ、東京五輪・パラリンピックどころか、2002年サッカーW杯も、そしてJリーグも存在しなかっただろう。
1977年9月、前の国立競技場が7万人の観衆で埋め尽くされる。まだ、日本で人気とは程遠かったサッカーの試合で、異例ともいえる観客だった。
「神様」と呼ばれたペレ(81)が世界各地で行った引退興行試合の日本開催を導いたのが、当時30代で電通に勤務していた高橋容疑者だった(*4)。
高橋容疑者は、試合の名称を、「ペレ・サヨナラゲーム・イン・ジャパン」とし、飲料メーカーとスポンサー契約を結び、瓶の王冠を集めると抽選でチケットが当たるキャンペーンを実施。
電通OBは、
「ペレの試合が、電通のスポーツビジネスの原点と言われる仕事だった」(*5)
と振り返る。この成功を機に、Jリーグの創設、W杯誘致が実現していく。
この記事の著者・伊東森さんのメルマガ
電通「1強」体制の象徴 オリンピックのスポンサー体制の原則「1業種1社」をぶち壊す
高橋容疑者は五輪・パラリンピックの「スポンサー集め」にも関与していたが、その手法からして異例。
これまでの大会の原則は1業者1社。しかしながら、東京大会では、同じ業種の複数社が併存できる仕組みをよしとし、IOC(国際オリンピック)の了承を取り付けた(*6)。
「例えば、電機業界でもNECは「顔、指紋認証などの安全技術」、富士通は「データを扱うサーバー」と契約カテゴリーを分け、ともに国内最高位の協賛社に。
最終的に、国内スポンサー収入で史上最高の約3,700億円を生み出した」(西日本新聞2022年8月16日付朝刊)
五輪・パラリンピックにかかわらず、海外の広告代理店業では1業種1社が基本。
たとえば一つの代理店がトヨタの広告を扱うならば、日産の広告は扱わないという慣習がある。それは、代理店を通じて同業他社に情報が漏れないことを防ぐため。
ところが、日本の広告業界ではそのような、海外では当たり前の商習慣が徹底されず、結果、電通という巨大ブラック・ガリバー企業を生み出すようになった。
東京大会では、電通をめぐるさまざまな不祥事が浮き彫りに。エンブレムの選定では専門家任せの密室選考が問題の一因に。
開閉式の演出を担った電通出身の佐々木宏氏は、女性タレントを侮辱する内容の演出を提案してことが発覚、辞任した。
そもそも五輪の開催費用は“奉仕”の精神のもと開催費用は自国負担が大原則 マーケティングの結果、「電通の、電通による、電通のためのオリンピックに」に
基本的にオリンピックというものは、「開催費用の自国持ち出し」が原則だという説もある(*7)。
五輪・パラリンピックの開催国(ホスト国)は、自らの利益を度外視したうえで、オリンピック憲章に則ったオリンピズムの精神への支持を明確にし、そのうえで開催費用を自国が持ち出す。これが開催国の務めだという。
オリンピック憲章は、冒頭で精神と肉体のバランス、平和主義、差別の撤廃などを謳う。それは、オリンピズムとはなにかを明示したもの。
この考えに賛同したうえで、オリンピズムの精神をさらに発展させることための“覚悟”のある都市だけが、五輪の開催国のなる資格を持つことができるとする。
1960年代以降、オリンピックは常に“政治化”された。1968年のメキシコシティ大会では黒人差別を訴える場に、1972年のミュンヘン大会では、イスラエル選手団に対するテロ事件が、1980年のモスクワ大会では西側諸国がボイコットするにいたった。
それとともに、五輪も「冬の時代」へ。1976年の夏季大会では、大幅な赤字を出し、その後も夏季・冬季大会ともに立候補都市が1~2都市という時代が続く。
それを打開するための手段がオリンピックの“商業化”であった。その指南役が高橋容疑者であり、電通であったのだ。
■引用・参考文献
(*1)西日本新聞 8月18日付朝刊
(*2)西日本新聞 8月18日付朝刊
(*3)西日本新聞 8月18日付朝刊
(*4)最上和喜、飯田憲、加藤佑輔、北村秀徳、遠山和宏、小林悠太、田原和宏「『W杯は俺が呼んだ』 剛腕元五輪組織委理事、原点は『ペレ』興行」毎日新聞 2022年8月19日
(*5)毎日新聞 2022年8月19日
(*6)西日本新聞2022年8月16日付朝刊
(*7)「間違いだらけの2020年東京五輪」ビデオニュース・ドットコム 2016年9月3日
(『モリの新しい社会をデザインする ニュースレター(有料版)』2022年8月27日号より一部抜粋・文中一部敬称略)
この記事の著者・伊東森さんのメルマガ
image by: A.RICARDO / Shutterstock.com