MAG2 NEWS MENU

沖縄の小さな岩の塊など二の次。米国が尖閣より台湾防衛を優先する訳

台湾統一に関して、武力行使も辞さない姿勢を強調する習近平政権。中国が台湾侵攻に出た際には、尖閣諸島周辺も有事となる「複合事態」が生じる可能性が指摘されていますが、我が国は自国の領土を守り切ることができるのでしょうか。政治ジャーナリストで報道キャスターとしても活躍する清水克彦さんは今回、「複合事態」が発生した際にアメリカが日本より台湾防衛を優先する理由を解説。さらに中国が台湾統一に動き出せば日本は戦後最大の国家の危機に陥るとして、日本政府が急ぎ取るべき対策を提示しています。

清水克彦(しみず・かつひこ)プロフィール
政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師。愛媛県今治市生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得期退学。文化放送入社後、政治・外信記者。アメリカ留学後、キャスター、報道ワイド番組チーフプロデューサーなどを歴任。現在は報道デスク兼解説委員のかたわら執筆、講演活動もこなす。著書はベストセラー『頭のいい子が育つパパの習慣』(PHP文庫)、『台湾有事』『安倍政権の罠』(ともに平凡社新書)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)、『人生、降りた方がことがいっぱいある』(青春出版社)、『40代あなたが今やるべきこと』(中経の文庫)、『ゼレンスキー勇気の言葉100』(ワニブックス)ほか多数。

もうアメリカは守ってくれない。日本単独で守り切る体制作りはどうすべきか?

防衛費は実質6兆円台半ばに?

来年度(2023年度)予算の概算要求が出揃った。注目の防衛費は、岸田内閣が掲げる防衛力の抜本的強化に向け、過去最大の5兆5,947億円を計上し、さらに具体的な金額を示さない「事項要求」を多数盛り込んだ。

「事項要求」は、「あらかじめ金額の上限は決めないから、必要な額を算出して要求してくれ」というものだ。最近では、2021年度、2022年度の予算編成で、当時、最優先課題だった新型コロナウイルス対策予算で認められている。

これを防衛費にも認めたことは、それだけ、台湾有事や尖閣諸島有事を日本有事としてとらえ、来年度予算案の編成で防衛力強化を重視している証左と言えるだろう。

具体的に言えば、概算要求では、敵のミサイル発射拠点などをたたく長射程の「スタンド・オフ・ミサイル」の配備、南西諸島など島しょ部の防衛に用いる「高速滑空弾」の量産、さらに、陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」に代わる「イージス・システム搭載艦」の整備費などを盛り込んでいる。

「事項要求」がどの程度になるかはまだ不透明だが、攻撃型無人機の開発、宇宙やサイバー、電磁波といった新領域の研究開発費の増額も含め、100項目以上盛り込むとすれば、過去最大だった今年度の防衛予算、5兆4,898億円を1兆円前後上回り、6兆円台半ばに達する可能性が大きい。

防衛費増額でGDP比は1%をゆうに超える

防衛費の増額は、中国や北朝鮮の脅威を視野に、NATO(北大西洋条約機構)加盟国が防衛費の目標をGDP比2%にしている点に倣ったものだ。

今年度の防衛費はGDP比で1%弱。これを2%まで引き上げるとすれば、さらに5兆円が必要になる。今後5年で段階的に引き上げるとしても、毎年度、1兆円の上積みが必要になる。その意味で言えば、来年度予算は「狙いどおりのペース」ということになる。

現在、日本の国民1人当たりの防衛費は約4万円だ。アメリカの国防費が国民1人当たり約21万円というのは別格としても、NATOを牽引しているイギリス、フランス、ドイツなどの半分以下だ。

ただ、NATO加盟国は、締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみなし、集団的自衛権を行使することが全ての加盟国に求められている。その点、日本とは事情が異なる。

NATOと日本とではGDP比の算出方法にも違いがある。NATOの場合、退役軍人年金や日本の海上保安庁に相当する沿岸警備隊の経費、PKO(国連平和維持活動)への拠出金なども含んでの数字だが、日本はこれらを除外して計算している。日本もNATO基準で計算すれば、防衛費は今でもGDP比で1.2%を超えているが、この比率が来年度予算でさらにアップする点は留意しておく必要がある。

中国が台湾の統一に動けば南西諸島も戦場になる

それでも私は、防衛費の大幅な増額は不可避だと考えている。なぜなら、アメリカは、台湾有事や尖閣諸島有事が起きた場合、日本ではなく台湾の防衛を優先させると見られるからだ。

8月2日、アメリカ議会下院のナンシー・ペロシ議長が台湾を訪問した際、中国は台湾を6方面から取り囲み、大規模な軍事演習を実施して強く反発した。そして弾道ミサイル5発を、日本のEEZ(排他的経済水域)に落下させ威嚇した。

これは、中国が、「台湾や日本の南西諸島など、その気になればいつでも包囲し攻撃できる」という姿勢と能力の高さを示すため断行したものだ。

言い換えるなら、中国が台湾統一へと本気で動き出せば、尖閣諸島を含む南西諸島一帯もともに有事となる「複合事態」が生じる可能性が極めて高いということである。

事実、日本のシンクタンク「日本戦略研究フォーラム」が、ペロシ氏訪台直後の8月6日、小野寺五典元防衛相を首相役に、元自衛隊幹部らと実施した台湾有事シミュレーションでは、台湾と尖閣諸島が同時に侵略を受ける「複合事態」を想定し実施されている。

アメリカはすぐに日本を助けてはくれない

「日本の国土の一部でも攻撃されれば、日米安全保障条約があるのだからアメリカが守ってくれるのでは?」と考えたいところだ。しかし、そうはいかない。

1951年に署名された日米安全保障条約は、1960年の改定で、第5条として次の文言が追加されている。

各締約国は、日本国の施政の下にある領域におけるいずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する

この「日本の領域で日米のいずれかが攻撃された場合、共同防衛しますよ」という取り決めは、言い換えるなら「契約」に近い。

日本は、沖縄などに駐留するアメリカ軍のために、土地をはじめ様々な支援をする見返りに、万一の場合、世界最強とされるアメリカ軍に、条文で定めた「契約」に基づいて助けてもらえるというわけだ。

確かに、第5条では「共通の危険に対処する」としているが、アメリカの「防衛義務」(security commitment)」には足かせがある。

というのも、アメリカが「防衛義務」を行う場合、アメリカ憲法の規定ならびに諸手続きに従うことも明記されているからだ。

つまり、大統領や国防長官の一存では決められず、最終的には連邦議会によって決定されると謳っているのである。

議会で決めるとなると、上下両院で共和・民主両党の議席数がどうなっているか、その時点での大統領への支持率や国民世論がどうであるかに左右される。

日本の場合、アメリカとの間に「契約」が存在するため、最新兵器や軍事物資の支援は望めるだろうが、それ以上となると懸念が残る。

アメリカは、中国が台湾の周辺海域や東シナ海に軍を展開させれば、在沖縄基地が攻撃されないうちに主力をグアムかハワイまで下げることが予想される。そうなると、当面は日本の自衛隊だけで阻止しなければならなくなる。

アメリカ国内の世論も、遠く離れた東アジアの小さな島が攻撃を受けたからといって、「これはアメリカの国益を左右する事態」と認識し、すぐさま軍を派遣することに賛成するとは思えず、日本は単独で強大な中国軍と向き合うことを余儀なくされるだろう。

現に、先に紹介した8月6日の小野寺元防衛相らによるシミュレーションでも、アメリカ大統領役を務めた元沖縄総領事、ケビン・メヒアは、「複合事態が生じたなら台湾優先」と明言している。

アメリカは台湾を守ることで価値観と縄張りを守る

実は、アメリカに、台湾を守る法的義務はない。カーター政権時代に成立させた台湾関係法があるが、あくまで武器などを供与するだけに留めている。台湾を軍事的に防衛するかどうかは一貫して曖昧にしてきた。

それにもかかわらず、バイデン大統領はあえて、台湾を守るという趣旨の発言を繰り返している。それはなぜか。

最大の理由は、アメリカと同じ民主主義の台湾が中国の手に落ちれば、香港のように中国化され、アメリカが大事にしてきた価値観、「自由」と「民主」が蹂躙されてしまうからだ。これはアメリカとしては看過できない。

もう1つは、台湾が中国の一部になってしまえば、中国の太平洋におけるプレゼンスが強大化してしまうという点だ。

これまで、太平洋を挟んで、海洋国家であるアメリカと大陸国家である中国のせめぎ合いが続いてきたが、海洋国家対海洋国家の構図となり、台湾という防波堤を失ったアメリカのプレゼンスが圧倒的に低下すると見られるからである。

もちろん、世界最大で最高水準にある台湾の半導体技術を中国に渡すわけにはいかないといった理由もあるが、アメリカは、建国以来の価値観とこれまで築いてきた縄張りが中国によって踏みにじられることだけは許容できない。

ゆえに、アメリカは、台湾有事と尖閣諸島有事が同時に起きた場合、まず、台湾を支援しようと動くことになる。言葉は悪いが、沖縄県に属する小さな岩の塊など、アメリカにとっては二の次なのである。

台湾有事は日本有事

今年秋、習近平は中国共産党大会で総書記として3選を決める見通しだ。そうなると、台湾統一を「中国の夢」「核心的利益」と言ってはばからない習総書記は、中国軍建軍100年となる2027年あたりから、「台湾に高速鉄道を通そう」としている2035年あたりまでの間に統一へと動き出そうとするだろう。

そうなれば、日本は、戦後最大の国家の危機に陥ることになる。

前述した台湾有事のシミュレーションは、2027年、中国が武装漁民を尖閣に上陸させ実効支配するのと並行し、「無人機が台湾軍に撃墜された」と主張して台湾侵攻にも踏み切るという設定で実施されたが、漁民の上陸を「武力攻撃事態」、台湾侵攻を「存立危機事態」と認定するまでに時間を要した。

日本政府としては、防衛費の増額もさることながら、これと併せて、政府レベルでシミュレーションを繰り返し、安倍政権下で成立した安全保障関連法で何ができるのか、どこが足りないのかの検証を急ぐことも急務となる。

著書紹介:ゼレンスキー勇気の言葉100
清水克彦 著/ワニブックス

清水克彦(しみず・かつひこ)プロフィール
政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師。愛媛県今治市生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得期退学。文化放送入社後、政治・外信記者。アメリカ留学後、キャスター、報道ワイド番組チーフプロデューサーなどを歴任。現在は報道デスク兼解説委員のかたわら執筆、講演活動もこなす。著書はベストセラー『頭のいい子が育つパパの習慣』(PHP文庫)、『台湾有事』『安倍政権の罠』(ともに平凡社新書)、『ラジオ記者、走る』(新潮新書)、『人生、降りた方がことがいっぱいある』(青春出版社)、『40代あなたが今やるべきこと』(中経の文庫)、『ゼレンスキー勇気の言葉100』(ワニブックス)ほか多数。

image by : 防衛省 海上自衛隊 - Home | Facebook

清水克彦

print

シェアランキング

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MAG2 NEWSの最新情報をお届け